三十九話「幸せな空間」
漬物を取りに行ったおばあちゃんを襲ったゴブリン。
単体だが武器を所持しており、判断が鈍り立ち向かった勇人により何とかその場を収めることができたが、普段ならここにいるはずの無いゴブリンが何故ここに居たのか⋯⋯。
「よぉーし⋯⋯開けるぞぉ~⋯⋯」
戻り木の宿の前で俺は両頬を叩いて気合いを入れた。
明かりの灯る宿からは良い匂いが漂い夜ご飯の時間が迫ってきていた。
俺は扉のドアノブに手を掛けようとするも、触れずに離れるを何度か繰り返して宿に入ることが出来ずにいた。
どうしたんだ俺。せっかく二階堂が出てきてくれたってのに何を躊躇っているんだ。
震える手をもう片方の手で掴んで固定してドアノブに触れようとする。だがドアノブには電気が走っているように一定の距離から近付けない。手がぞわぞわして触れてくれようとしないのだ。
まるで五指が各々独立して勝手に動き出していた。
「よぉーし⋯⋯⋯⋯いくぞッ!」
俺は意を決して扉に手を掛けると開け放つ。
「えっ-」
瞬間、視界いっぱいに広がるのは真っ白い光景。
あれ?もっと緑っぽい配色してなかった?
それを最後に迫り来るそれが俺の顔面へと押し当てられてバフッとした柔らかな衝撃が襲う。
「ンゴッ⋯⋯ゴッ⋯⋯」
-息しずらい。
逃れようにも頭を誰かに掴まれて固定される。
仕方なく纏わりつくそれから香るほんのりと甘い匂いにペロッと舐めてみるとホイップクリームだと分かる。
「-ってか、いつまで押し当ててんだよッ!」
両手をバタつかせた瞬間、固定された頭は解放され視界が開ける。
「⋯⋯よっ」
手をひらひら~とさせてそこに立っていたのはメイド服を着た綺麗な女性だった。
「二階堂⋯⋯」
そう呟いて俺は思わず見とれてしまっていた。
二階堂が纏う黒いドレスはフリルを押しのけて胸元が大きくはだけて健康的な双丘が顔を覗かせていた。
そこから下に引き締まった細い腰と、フワッと広がるミニ丈のスカート。そこからすらっと伸びた長い脚はニーソックスで絶対領域を顕し、ガーターベルトで更に魅力が上がっていた。
確かフレンチってタイプの性的な目的のメイド服。そのせいもあり目が離れたい紳士的な気持ちと釘付けになる、見ていたいという気持ちの狭間で引き寄せられるを繰り返す。
何度も行ったり来たりしていると、見ている場所がバレたのか二階堂は短い裾をめいっぱい下に引っ張って潤んだ目でこちらを睨みつけると、「あんまり見ないで⋯⋯」とか細く呟いて照れくさそうに頬を赤く染める。
「お、おう⋯⋯」
俺は言われるがまま後ろを振り向いて二階堂から視線を逸らす。
-綺麗だ。
俺はゴクリと生唾を呑み込み冷や汗が頬を流れる。
心臓の鼓動が早く脈打っているのが伝わる。
あまりに煩くて二階堂に伝わっていないか心配になる。
そういうタイプの服装である事もさることながら、元々モデルのように整った顔つきとスタイルが危うさを加速させている。
更に絹糸のようなブロンドヘアがそこに女神とも思わせる神々しさでもう見るというか拝む行為に等しい。
-ありがとう。
俺は拳を強く握りしめて誰かに言うでもなく感謝をした。
「ねぇねぇ!どう?ミカちゃん可愛いでしょ!?」
俺の腰辺りからヒョイっと顔を覗かせるのはフウカ。
「フウカもメイド服着ているのか」
フウカのメイド服は子供用なのかフリルが大きく可愛らしさが強調されていて、ニパッと笑うその無邪気さが天使をも思わせる。
「フウカも可愛いな」
「へぇっ!?」
瞬間、フウカは下を俯いたかと思えば茹でたこのように耳を真っ赤にさせて「ふみゅ~⋯⋯」と段々と萎れていく。
「私、カワイイ⋯⋯?」
「えっ?うん?」
フウカは「へへへっ」と小さく歓喜の声を漏らしてはまた更に耳を真っ赤に染めて今にも湯気が出そうなくらいだ。
「じゃなくてっ!ミカちゃんのほうっ!」
フウカは真っ赤にさせた顔のまま騒がしく二階堂に手を向ける。
「何よ⋯⋯」と腕を組んで脚を絡ませる二階堂は色っぽく、その妖艶な姿に俺はまたすぐに目を逸らしてしまう。
「ユウト君?うちのフウカをいじめないでよ?」
その二階堂を後ろから両肩を抱いて優しく微笑むユキさん。
ユキさんはいつもと変わらない服装だがこの人は綺麗と言うよりも髪を結てあるからか大人っぽい魅力を感じる⋯⋯大きな胸で判断したわけじゃないぞ?
「お風呂入っておいで。なぜか顔も汚れてるよ?」
いやあんたらのせい!
なんて心でツッコミながら俺はお風呂場に行った。
暫くしてお風呂から出ると、もう少しで夜ご飯が出来上がるとユキさんから言われ徐ろに席に着く。
「ねぇ。なんで隣に座ってくるのよ」
腰を掛けた隣に座る二階堂は不服そうに呟くと、ハッとしてスカートの裾を引っ張り「見るな変態」とボヤいて睨んでくる。
「昨日からここが気に入って座ってんだよ。嫌ならそっちが移れよな」
「はぁ?なんで私が?あんたが行きなよ。後から来たくせに」
うるさいなぁと俺は穏便に済ます為「はいはい」と呟いて二階堂の前の席へと座る。すると二階堂はまたしても顔を歪めてケチをつける。
「なんでわざわざ前に座ってくるのよ」
「何となく落ち着くんだよ」
「あっそ。あ、下から覗いたりしたら殺すから」
こいつ本当にさっきまで堪えていたのだろうか。
もう威勢が前と変わらないくらいまで戻ってる気がする。それどころか更に威力を増して。
「フフフ⋯⋯」
俺が不敵に笑うと二階堂は眉を寄せて「笑い方キモ」と突っ込んでくる。
俺は構わず頬杖をついて二階堂をまじまじと見る。
「えっ、なに⋯⋯?」
こんな風にやり取りをするのですら嬉しいと感じている自分がいる。
自分にもきっと、心の何処か寂しいと思っていたのかもしれない。
こうして他愛もない会話だって新鮮に感じてしまうのだから。
「何よぉ⋯⋯」
そう頬を赤らめる二階堂はキュッと唇を噤む。そんな恥じらった姿も可愛らしいと思えた。
「その顔キモいからあっち向いて」
あまりに蕩けた顔をしていたのか二階堂は限界がきて俺の顔をグイッと明後日の方向へ押し退ける。
二階堂の手-柔らかい。
「へへへ⋯⋯」
またしてもニヤつく俺を見て二階堂は「うげぇ⋯⋯」と本当に引いている様子。申し訳ないんだけど暫くはこんな感じでいさせてくれ。
「おっまたっせ~!」
フウカの跳ねるような声と共に理が運ばれる。
「わぁ⋯⋯美味しそう」
二階堂もさっきまでの軽蔑した眼差しから一変、瞳が宝石のようにキラキラと輝きだす。
今日もまた美味しそうな料理に俺も腹が鳴っていた。
俺は目の前の料理を食べたいという思いともう一つの溢れた感情と共にごくりと生唾を飲み込んだ。
知っているのだ。これがまだ前菜という事に。
それから幾度となく料理が運ばれて、徐々に運ばれてくる夜ご飯を前に二階堂も少しずつ表情が曇っていく。そして昨日と同じくらいテーブルいっぱいに溢れた夜ご飯を前に二階堂は分かり易く顔が引き攣らせる。
「これ⋯⋯食べ切れるの?」
思わず零してしまう二階堂に俺は同情する。
「あぁ、フウカがな」
俺たちの視線は小柄なフウカへと注がれる。
「うんッ!余裕だよッ!」
元気いっぱいに答えるフウカにまだ疑っている様子の二階堂。しかし食べ始めたらすぐに信じた。
食べ始めると女子同士気が合うのか話に華が咲く。一番話に食いついてきたのはフウカで一つ一つの話を大きく広げていった。
いつの間にか仲良くなった二人は抱きついたりほっぺたを擦り合わせたりとして笑いあっていた。
「あれ?ユウト君顔赤いぞ~?」
「いっ、いえ、別に⋯⋯」
悪戯っぽくユキさんにほっぺたを突つかれて俺はドキッと心拍が上がるのを感じる。
俺は沸き上がる変な感情に蓋をするように視線を逸らすと「あら可愛い」とまたユキさんに小悪魔っぽく笑われる。
「ユート君大丈夫?」
素直に心配するフウカと「ほっておけば?変な事でも考えてたんでしょ」と毒を吐く二階堂。
相変わらず冷たいように感じつつも、いつもの調子に戻ってきたなと思えて俺は何とも言えない心地よい感情に自然と笑顔になれた。
俺は目の前の光景に思いを馳せた。
細めた目から見える世界は輝かしくも温かい。
永遠とも取れる幸せを体現したようなこの空間。
二階堂もこの世界に来てようやく自然に笑っている。
これが俺の望んだ世界なのだろう。
-あぁ、こんな世界がいつまでも続けばいいのに




