第四十話「また会う明日の為の夜に」
宿に入るといつもの不貞腐れたような二階堂の姿。
いつの間にか立ち直り始めて夕食を共にする。
ユキさんから振るわれる美味しい食事に話を盛り上げてくれるフウカ。そして自然と笑うようになった二階堂は以前と変わらぬ様子となっていた。
こんな日が続けと勇人は心から願って。
「そろそろ寝るかぁ」
俺はふあぁ~と緩んだ顔のまま伸びをして凝りをほぐす。
「そうね。私もそろそろ部屋に戻るわ」
俺の前-ベットに腰掛ける白いローブを身に纏った二階堂は長い髪をかき上げて眠い目をこする。
明日からまた情報収集をしつつ俺は仕事をする。当分はこの宿を拠点に動くと二階堂と話をした。
「⋯⋯まだ痛い」
俺は伸ばした時にグキッと痛む腕をさする。
そんな俺に二階堂はじとーっした目を向けてくる。
「いきなりフウカちゃんに闘ってくれって、何事かと思ったわ」
「いやだってよ⋯⋯勝てるって思ってたんだよぉ」
ボヤく俺に「私もびっくりしたわ。まさかマリョクなんて力が有るなんてね」と二階堂は答えた。
あれから、おおらかな気持ちになった俺は性懲りも無くフウカに再度闘いを挑んだ。
ゴブリンも倒した俺は気分が乗っていたってのもある。しかし朝よりも粘ったが惨敗。
まぁちょっと考えれば解っていた事だけど。
「フウカちゃんって強かったんだね」
「まぁな。民兵隊副団長様だしな」
二階堂は「凄いなぁ⋯⋯」と何処か嫉妬したように呟いてベットから勢いをつけて立ち上がる。
「そういや最後何話してたの?」
「んー?」
俺はグイッと寄せてくる二階堂から逃れるように目線を落として思考を巡らせる。
昼間に現れたゴブリン。
ミアナさんは明日にまた民兵隊に話すと言っていたけど、近くに副団長が居るならと伝えたのだ。
あの時フウカは「そっか。伝えてくれてありがとうッ!」って笑ったけど、一瞬、神妙な面持ちをしたのを見逃さなかった。
「⋯⋯いや、お昼の求人の話をだな」
のらりくらりと口をどもらせる俺に二階堂は不信感を露わにする。
「ほーん?」
ズイッと更に寄せてくる二階堂の圧に口を滑らしそうになるが俺はそれ以上話さずに口を縫ったように固く閉ざす。
いま魔物やイビルの事を話したらフラッシュバックしてしまうかもしれないからだ。
せっかく良くなってきたんだ。邪魔したくない。
「⋯⋯そ。まぁ、いいわ」
二階堂が折れてくれたのか顔を離してそう言い放つ。
「あ、明日と今日の宿代払わなくて良いからね」
「は?もしかして友人になったから無料にしてくれたとか?」
「んなわけ。私が払うって言ったの」
二階堂は胸を張って手を置いて当然とばかりに言い放った。
「はぁ?」
俺の声に二階堂はポケットから銀貨四枚を取り出す。
「え、どこで手に入れたんだよ」
「この宿で働いた分。ほら、あんたにもお弁当届けたでしょ?バイトよバイト」
「あっ⋯⋯そういえば昼間に来てくれたな」
「そう。ここお弁当が人気らしくてユキさんがずーっと作っていたから私が届けに行ったのよ」
やっぱり日本食はどこに行っても皆から愛されているのか。
この宿、泊まる人が少なくても存続できている理由が分かった気がした。
「へー⋯⋯」
適当な返事とは裏腹に俺はまじまじと二階堂に視線を送る。
「なに?」
あれだけ人の視線からもトラウマレベルで隠れていた二階堂が少しずつ慣れようとしている。
一体誰の為なんだ?
「言っておくけどあんたの為じゃ無いから。自分の為よ?自分の為。借りを作ったままじゃ気持ち悪いし」
しかし聞いてもいないのに二階堂は続ける。
「それに、あんたには迷惑掛けちゃってたからその分も⋯⋯そう!その分も含めて明日の分も払うって言ってるのッ!」
またズイッと顔を寄せる二階堂は顔を真っ赤にしていた。それでも美人で整った二階堂の顔を俺は直視するのが難しい。
「おっ⋯⋯おう」
やっぱり恥ずかしさが俺を襲い反射的に顔を背ける。
それがムカついたのか「なにその態度」と二階堂から頬を両手で掴まれて無理やり正面を向かさせる。
正面には興奮して顔を赤らめている二階堂。
残念ながらこいつはどんな性格だろうと美人である事は疑いようのない事実だ。
潤んだ大きな瞳にぷるんと揺れる唇は小さく開いては艶っぽくパッと音を鳴らす。
「あっ⋯⋯」
二階堂もこの状況に思わず声を漏らしては困ったように眉を八の字に寄せる。
これは二階堂も意識している証拠-チャンスだ。
俺はゆっくりと目を瞑り、タコのように唇を尖らせて二階堂へと伸ばす。
これで二階堂からも来やすいだろう。
「えっ?キモッ⋯⋯」
しかし思ってたのとは違う言葉が返ってくる。
「へっ?」
目を開けるとそこには軽蔑の眼差しを向ける二階堂の顔があった。あれ?思ってたのと違うシチュエーション。
次の瞬間、俺はベットにポイッと捨てられて二階堂はすたすたと扉に手を掛けて部屋を出ようとする。
「-勇人」
ぐすんと涙ぐむ俺に二階堂から声が掛かる。
ぐるりとそちらに顔を向けると二階堂と視線が絡む。
「-また明日」
二階堂は手をひらひらとさせてそう言い放った。
俺は暫くの間、ポカンとした顔で固まってしまった。
俺の心の中でドキドキと早くなる鼓動がうるさい。
「おうっ⋯⋯また明日」
俺は素っ頓狂な声でそう答えてしまった。
二階堂は聞き終えると「うんっ」と女神のようにニコッと微笑んで部屋を後にする。
-あの二階堂が俺に微笑んだ?
あまりの嬉しさにしばらく余韻に浸った後、「また、明日か⋯⋯」と独りでに零して口角が上がるのを感じた。
また話せると思うとすぐにでも明日が来て欲しいと願った。




