第三十七話「お弁当を届けに来たよ」
役場で会った女性-ミアナさんに連れられ向かったところは小さな小屋のような家の畑仕事。
出てきたのは腰の曲がったご老体の方。
勇人はさっそく仕事に取り掛かるのだった。
「次はここから-」
ご老体の方の指示で俺は手にした鍬を振るって畑を耕していた。
やり始めてかれこれ二時間。休みなく働いていた俺の額からは大量の汗が滴り落ちて服もびっしゃりとしていた。
借りた服であるのが救いだが肌に張りつく不快感は拭えないし、なにより腕が痛い。
畑仕事なんてやったこと無かったけどまぁまぁ辛いんだな。
そんな弱気な自分にむち打ち俺は雄叫びを上げて進み続ける。
「すごいですね⋯⋯彼」
ポリポリとお菓子を咀嚼しながら軒下で足をぷらぷらとさせていたミアナさんはそう呟いた。
いやそう思うなら休ませてくれよ。
「そうよぉミアナちゃん。休ませてあげないと」
隣のおばあちゃんの声もありチャンスと俺が必死な形相でミアナさんに視線を向けると、「あっ、こっちも」と無情にも指示してくる。
「チクショォオオオオオオオオォッ!」
俺は怒り狂ったように鍬を振るって畑を爆速で耕す。
この野郎⋯⋯やれるだけやってやるッ!
これは自分の筋肉の為だと頭に課して無理やり落とし込んだ。
「-はい。一旦お昼にしましょう」
それから暫くして、いつの間にか仕切り出していたミアナさんが両手を叩いてようやく畑仕事から解放-休憩が設けられる。
俺は半ば脱力気味に尻もちをついて肩で息を切らす。
キツい⋯⋯というか途中休みくれ。
顔を歪ませつつ空を見上げれば、ようやく頂上に昇った太陽?が煌々と地上を照らしていた。
え?夕方まであと四時間位は仕事残ってるよね?
「こっちにおいで。お昼ご飯食べましょう」
絶望した表情を浮かべる俺におばあちゃんは優しく手で手招きをする。俺は泣きそうな顔をぶら下げておばあちゃんの優しさに飛びつく。
それを見たミアナさんは「やれやれ」とため息を漏らす。
「この程度で情けない。ゴウマンだったら⋯⋯ぶつぶつ」
やっぱりこの人ゴウマンさんのこと好きだよな?
俺が呆れた顔をそちらに向けると「違うッ!」と頑なに否定する。俺まだなんにも言ってないんですけど。
「ごめんくださーい」
そんなやり取りをしていると、小屋の玄関口の方から誰かの声が掛かる。
俺たちは一斉に振り返ると「あぁ、ちょうど来たんだねぇ」とおばあちゃんはヨイショと重い腰を上げようとする。
「おばあちゃんッ!」
「おおっ、と」
倒れそうになるおばあちゃんをミアナさんがすぐに支えた。
腰も九十度に曲がっているし足腰が弱っている分歩かせるのは危険だ。
「すまないねぇ」
「いいえ。大丈夫です」
そう伝えるミアナさんはこちらに「行ってくれ」と視線を送る。言わずもがな俺は立ち上がっていた。
「あぁ、無理しないでくれ。俺が行ってくる」
ミアナさんはおばあちゃんを支えていた。俺が出ていった方が適任だろう。
「頼んでいたお弁当だと思うの。お願いね」
おばあちゃんの声を後ろに俺はずかずかと扉まで進む。
「はーい」
俺は返事をしながらガラガラと立て付けの悪い扉を開ける。
「-えっ?」
声の主-目の前の女性は驚いた声を上げて手にしていたお弁当を落としそうになる。
「おっと!」
俺は反射的にそれを手で受け止めて「ふぅ」と間一髪大きなため息が漏れた。
「-なんであんたがここに!?」
声の主-聞き覚えのある声と俺は顔を上げるとそこにはアニメのように口元に手をあてわなわなと震える二階堂の姿がそこにあった。
「二階堂ッ!?」
出て来られたのか!?
「もう⋯⋯大丈夫なのか?」
俺は驚愕の表情のまま声を掛ける。
しかし二階堂はハッとして表情を戻すと「別に!」と会話を遮断してフイッと顔を背ける。
そのまま暫くの沈黙。実際には数秒だったと思うけどとても長く感じた。
話したいこと、聞きたい事は沢山あるのに何から話せばいいか分からない。
「⋯⋯あんた、ここで働いてたの」
気付けば二階堂はこっちを向いていた。その表情はどこか曇っているようにも見える。
「あぁ⋯⋯そうだけど」
「ふぅ~⋯⋯ん」
二階堂はじーっとこちらを下から上に眺めみると「もっ、もう行くから!」と放つとくるりと回れ右する。
「待ってくれッ!」
さっさと踵を返して去ろうとする二階堂に俺は呼び止める。
振り返る二階堂は顔に「何?」と怪訝そうな普段と変わらない冷たい表情を張り付けている。でもその表情は僅かに温度があるようにも思えた。
「あっ⋯⋯いや⋯⋯」
呼び止めたはいいが何を言おうかまでは考えていなかった。
何個か言葉は浮かんでくるが、それじゃないとすぐに却下して頭でリセット。
しかし幾ら繰り返しても言いたい事がまとまらずどもる俺に二階堂は呆れた様子でまた振り返ると歩きだす。
俺はそれを黙って見届けることしか出来ないでいると、二階堂は数歩進んだところでなぜか足を止めた。
「⋯⋯仕事、頑張ってね」
二階堂はそう消え入りそうな小さな声で呟くと「それだけだからッ!」と言い放ってツカツカと足早にその場を去っていった。
「なんだよ。おい⋯⋯」
俺は髪をクシャクシャにしてふぅ、と息を漏らす。
なんだか俺はフッと肩の力が抜けた気がした。
それは悪い意味じゃなく自然と口角が上がるのを感じる。
おかしいな。
さっきまで疲れていたはずなのにまだ動けそうだ。
上がる口角に俺はどこか晴れた気分になり、スキップするようにお弁当を二人の元へと届けにいった。




