第三十六話「ミアナ」
優しい世界に包まれて二階堂天は再び頑張ろうと決意し行動に移していく。
その一方、現在の勇人は仕事へと出掛けているのだった。
役場を出て人が多い大通りを大きく迂回するようにして暫く進むと、最初ネーチスと共に入った出入り口に辿り着く。
そこから街を出て壁伝いに歩いていくと一つの小屋が見えてくる。
近付いて行くと小屋から腰の曲がったご老体の女性が出てきて、こちらに気付くと手を振りだす。
役場を出て十分ほど。「付いてきてください」から一言も喋らなかったこの無表情の女性が手を振り返すとは思えない。
俺は空気を察してそのご老体の方に手を振り返す。
「あっ、すみません。私です」
ほぼ変わらないその表情のまま手をひらひら~とさせて女性が返すと「ミアナちゃんこんにちわ~」とご老体の方は朗らかに笑った。
いや返さないような雰囲気出すなよ。俺はとんだピエロじゃねぇか。
「こんにちわ。あら?まーった別嬪さんになってぇ。ミアナちゃんが嫁に来てくれると嬉しいんだけどもねぇ」
「申し訳無いのですがあんな筋肉ダルマ興味にがありません。」
ベタベタと触れるご老体を嫌がる事なくされるがままの女性-ミアナさんはぶっきらぼうに答える。
「まーたぁそんな事言ってぇ。聞いたよ?また看病してくれたんだってぇ?」
ビクッと一瞬、肩を震わせたミアナさんだったが、一つ咳払いしてすぐに平静を保つ。
「いえ。たまたまその場に居合わせただけですので」
「えつ、たまたまって早朝だよな?」
その言葉にキッ!とミアナさんから鋭い視線が突き刺さる。
やべっ、思ってること口に出ちゃった。
それ以上喋ると殺す、と顔が言っている。
「あらぁ~ま~ったゴウマンに付き合ってくれていたのかい?本っ当にあの子は-」
「いえ!たまったまですッ!」
堰を切ったようにご老体の言葉をぶった斬ると「はぁはぁ⋯⋯」と激しめに肩で息をするミアナさん。どんだけ必死なんだよ。
それに危ないって言われている早朝に起きていたって事は、一緒にBARで呑んでいたって事なんだよなぁ。
「それでも朝から無理言って求人出してくれてありがとうね。報酬もそこまで出せないし、誰も来ないと思ってたから」
ご老体は目を伏せて申し訳なさそうに呟いた。
「いえ、その場合なら私が無償で働くつもりでしたのでご心配なく」
ミアナさんはバッと足を揃えてキリッと強い瞳をごろへ向ける。その瞳の下には薄らと黒いクマの様なものが見えた。
「ミアナさんって寝てないの?」
「えぇ。それが?」
えぇ⋯⋯さも当然のような顔をしてくるとは。
俺が変なのか?
「そもそも仕事が残っているんじゃないのかい?」
「いいえ。私は急遽休みをいただきましたので」
「ふぅん⋯⋯やっぱりミアナちゃんはゴウマンと-」
「-有り得ませんッ!」
ミアナさんは「さぁっ、朝から働いてくださいッ!」と八つ当たりの如く俺に言い放った。
いつの間にか当初の予定とは違い朝から働かされる事になってないか?
「えぇっ!?良いのかい?報酬だって大したことないのにそんなこと⋯⋯」
困惑しておろおろとするご老体。そんな姿見せられたらNOなんて言えるわけない。
それに特にやること無かったのは本当だし。
困ってるなら俺が力になるか。筋トレにもなるしな。
「任せてくれよ!俺は素振り千回余裕でこなす逸材だぜ?」
俺は袖を捲りあげて強く拳を突き出してキメ顔(イケメン風にやったつもり)を二人に向ける。
「えっ?それって普通じゃ?」
キョトンとしたミアナさんにそう一蹴される。
え?それって普通なの?この世界ハードル高いな。
ミアナさんの言葉にショックを受ける俺にご老体は大きく笑った。
「普通な事じゃないさ。すごいよ、あんた。うちの子が異次元なだけさ。それにミアナちゃんの発言⋯⋯他の人のことを知らないなんて。やっぱり嫁に-」
「-行きませんッ!!」
それから何度かご老体とミアナさんのやり取りは続き、放置され気味となった俺に声が掛かったのはおよそ二十分くらい経ったあとだった。




