西方の裁縫娘バティーン・シェフィ
影の薄い登場人物にスポットを当てるタイプの短編です
今回は仕立て屋として登場していた彼女がメインです
短いので加筆する予定があります
シェフィことバディーン・シェフィは困惑していた。
代々ヴェルクローデン家をはじめとした西方貴族の様々な衣装の注文に応えてきた一家である。歴史も 古く商家としてもそれなりに、いや大層に高名であった。
普段着から礼装のドレスにスーツ。
場合によっては靴に至るまで時間の許す限り一式揃えてきた。
故にこの家で生を受けてから、布の取り扱いについて絶え間なく学び続けてきた。師匠は店主の両親。
シェフィという名は単純だが気に入っていた。
バディーン・シェフィ。
魔力は並程度。術は日常生活に支障のない範囲で行使できた。
「シェフィ、私達がこれから訪れるのはかの家。ご令嬢もいらっしゃるのだから我が家の後継者としてくれぐれも失礼のないよう努めるのだ」
「わかっています」
「シェフィの腕前は問題ない。あとは誠実に、油断なきよう仕えるのだ」
本日は最大のお得意先、決して逆らってはならないヴェルクローデン家への訪問だ。
主上から最初に貴族の位を授かったという伝承が残るかの名家は他の家のようにお抱えの裁縫メイドを雇わない。重用しているバディーン家がいるからだ。
「腕前のいいシェフィなら大丈夫よ。かの方々は貴族の皆様の中でも寛容な方だから。当主様だってそう」
重苦しい父の言葉とは方向性異なる気楽そうな母のそれ。
油断は禁物。万が一にでも怒りを買ってはならない。
「はじめまして皆様、こちら娘のシェフィと申します」
「私が紹介いただいたバティーン・シェフィと申します。ヴェルクローデン家の皆々様に於かれましてはしっかりと務めさせていただきます」
「シェフィというのね。私の名はリーザベル。よろしく頼むわ」
そう微笑み自己紹介を返してくれたのは噂には聞いていた、リーザベルお嬢様。
どのような貴族としての振る舞いも難なくやってのけ、気品に溢れた優雅な令嬢。
紺色の少女用ドレスもよく似合っている。
白晢の肌にピジョンブラッドの双眸もそうだが、特に青の混じった立藤色の流れる髪が明るい色合いでもないのに輝かしい。特別目を惹かれたのだ。
「ねぇ貴女、シェフィと言うのでしょう?私の部屋に来てくれないかしら?
はい?このご令嬢はなんてことを命じるのか。
しかし令嬢の命令とあらば素直に従うしかなくて。
「勿論ですお嬢様」
素直に頷く他なかった。
「わぁ、お嬢様ともなれば家具まで綺麗なのですね」
そんなこんなで招待されたご令嬢の私室。
これが冥界一の貴族の邸宅にある一室か。家具や調度品一つとっても一流の品々が揃っている。
華美すぎないのが却って豪華さが強調される。
「貴女のその服、とてもいい装いね」
「はい。こちらだけでなく自分の服は自身で作る決まりがあるので」
「貴女、かなりの腕前とみた。さて、今度から私の服はシェフィに作って貰いたいのだけれども」
思ってもみなかった飛び上がりたくなるほど嬉しいが、即答できない。令嬢の服は両親が注文を受け待っている。今の私は挨拶に来たただのおまけでしかない。
けれども、お嬢様の期待に応える腕前を認めていただければ願ったり叶ったりだ。
「あのお嬢様、お言葉はとてもありがたいのですが私ではすぐに受け持つ権限がないので事業承継もまだまだ先の話……まずは両親に問わないと難しいのでして」
「なら、私がシェフィの両親に掛け合い、貴女を指名するわ。これで良いでしょう?」
それから念話で両親にすぐ私を指名したい意志を表明。
ちょっとシェフィ、貴女凄いじゃない。お嬢様が認めて下さったのよ!
そうだなぁ、シェフィに出す今後の課題はお嬢様の専属仕立て屋ということにしよう。
ちょっと周囲が進める話の進む速度についてゆけない。
「それから私の事は名前で呼んで。私達そこまで年齢差が無いわけだし」
「それでは、リーザベルお嬢様と呼ばせていただきます」
それらのやり取りをきっかけに、リーザベルお嬢様のお召しになる衣服全てを私が仕立てることになった。
今まで両親から出されていた課題で得られた成果を発揮するとき。
「よーし、お嬢様のために頑張るかぁ!」
外では間違ってもお嬢様の名を口にしない。それが私が己に課した掟。
初等学院ののちの高等学院は当然、裁縫科を選択。
あのお嬢様に指名された娘というだけで注目の的。
さすが最古の貴族。影響力がこっわ。
リーザベルお嬢様がパーティーの最中で倒れてしまった。
側にいた婚約者のアルヴィベリト様が介抱して下さったみたい。何というか、お似合いのお二人って感じ。
リーザベルお嬢様は「素敵な服を仕立ててもらったのに、こんな台無しにしてしまったわね」
それを念話で伝えたきり、長時間の眠りについてしまった。
どうして、誰の目から見ても非のないリーザベルお嬢様がそこまでして責任を感じているのか、いち市民の私には分かりかねる。
冥界で最も高名な貴族令嬢がどれだけの重圧を背負ってきたのか、簡単に推測してはならない。
けれど、こっちから心配くらいはしたっていいはず。
例え私が何もしなくても、リーザベルお嬢様は治るとどこかで判り切っていた。
面会に制限がかけられ、直接会えるのは血縁者及び関係者の皆様のみ。本邸のメイドも専属であるシトニさんくらいしか側仕えが許されていない状況。
つまり、私は部外者。
……お嬢様から謝罪されてしまっては、私の立場はどうなる?
数十年経ったある日、お嬢様への面会制限が緩和された。
私はアトリエに篭ってひたすら定期的にお嬢様の服(ドレスではなく寝巻きが多い)を仕立てて、訪ねてくるシトニさんに渡す日々を送っていた。
私の立場からあれこれ口にするのは憚れるが、側仕えをしているシトニさんだって辛いはずだ。
「シトニさん、リーザベルお嬢様のご様子は?」
「昨夜も魂を口にされていましたよ! 紅茶も食事もとられています」
シトニさんに寝巻きを納品した際は何かと雑談が多い。
……私は単に、リーザベルお嬢様がどうなっているのかの近況を知りたいだけで。
肝心の、目覚めていられる時間は不明だ。機密情報に該当するのかな。それなら一般市民の私には知らされないのも当然。
「ですけれど、おめざめになっているときもお嬢様は頻繁に塞ぎ込んでいらっしゃいます」
「塞ぎ込む? リーザベルお嬢様が?」
強制的に眠りについてしまう時間が増えてしまうのが唯一の症状。
永遠に生きていられるのではなかったのか。
魂を食べなくともそうなってしまう病と呼べるもの。
だからと魂をやけ食いする者もいるという。
…
……
………
あの日から二百年が経過した。お嬢様のお目覚めになる時間が次第に長くなり、面会制限が緩和された。
「本当に私でいいのですか、シトニさん?」
「ええ。お嬢様がお会いになられたい者達に選ばれたのですよ! お嬢様の回復も近いのではと、かのベレイクス卿が仰せになっていたので確実です」
ヴェルクローデン初代当主でなおかつ端緒の大悪魔の称号をお持ちの方。
貴族同士の付き合いを疎んでパーティーに出たがらないばかりか側仕えの使用人すら数を雇わない、自室に引きこもっていらっしゃるなどの話をリーザベルお嬢様が話してくださった記憶を思い出す。
それから目覚めたお嬢様が大悪魔に叙任された。これから単なるお嬢様ではなくリーザベル卿、と呼ばなくてはならない事態となった。
私のどうも乏しい理解力では、もっと偉くなったとしか認識できない。
名前➕卿と呼ばれる地位は貴族の家の当主様だけなのが私の認識でいたから。
「それでは仕立てさせていただきますね、リーザベル卿」
「よろしく頼むわ」
それでも、リーザベル卿就任記念のとびっきり上質な礼装のドレスを仕立てる光栄な機会が訪れた。
サイズを測るため本邸へ訪問し、久しぶりに顔を合わせたリーザベル卿は倒れて目覚めた後の今どこか暗い陰を落としていた。
わずかに口角を上げる程度で、厳しくはないが冷徹な表情ばかりになっていた。喜怒哀楽はあるが、ほとんどが無表情。
声色だってそう。
せっかく冥界でも数少ない大悪魔に叙任されたというのに、不謹慎にもお祝いされたくないのかなって勘繰ってしまうほどには。
以前はたびたび微笑みを浮かべてくれたのに。
あの日出会って部屋に招待してくれたときの彼女とはまるで別人。
スタイルは相変わらず抜群に良くて、仕立て甲斐のあるものが出来上がりそうだと早くもドレスのデザイン構想ができていた。
暗色をメインとしたデザインがいいと、本人たっての希望だ。
それは陰ってしまった気分を表しているかのよう。
出来上がったドレスを納品する日になった。
試着を手伝い、細やかな調整をすると。
「……そう。貴女の腕前はちっとも落ちていなかったのね。安心したわ」
それはどこか空虚な礼だった。こもった感情を隠すような話し方。
「そうおっしゃって頂けるなら仕立て屋としても光栄です!」
ここまでお読みいただきありがとうございます!




