8-3 宴の後
2章最終話です
お楽しみください!
裁判、そして処刑。宴のメインディッシュは流れるように終わった。
そこから今は転じて騒々しい歓談ムードに包まれていた。あちらこちらから客人達の話し声が聞こえる。
給仕係の使用人達も遅れないようさくさくと動き回っていた。
「聖女は……彼に食われたの?」
その声の主はマノンだった。時間をかけて目前で起きた状況を把握しているらしく、何度も目を瞬きさせている。
「えぇそうよ。貴方……名前は?」
「僕の名ですか? ジェダと言います、リーザベル様」
ジェダと名乗った元獣の青年が礼儀正しく答える。リーザベルとマノンは何事もなかったように翼で飛空し、主賓席に戻っていた。
ジェダの契約主は早々に見つかった。何せこの宴に参列していたのだから。
「という訳で獣だったジェダが血肉ごと喰らったのよ。獣っていうのは転化を経ずに悪魔と契約した術師が変化した状態の事。マノンはレンカに転化の術をかけてもらったからこうはならない。安心していいわ」
「それはありがとう、お嬢様、レンカ」
「私はご主人様のお力を借りただけだし……それにこうやってマノンといられて安心してる。ところで、今回の処刑はいかがでしたか?」
「そうね。搾った葡萄の残り滓みたいな、ああいう愚かな人間を弄んだゲームも悪くないわね。人間は無駄に多過ぎるからまだいそうだし、それにしても何故今までにやらなかった催しなのかしら」
人間がいかに愚昧で仕様もない下劣な生物なのか改めて周知させるというか意味でも実に有意義ではないか。
「あの人間を勧誘するご主人様、いつにも増してとっても素敵でしたよ! 格好いい姿です」
「あぁ、レンカの言う通りだ。あの悪辣で俗っぽい聖女を断罪するリーザベル嬢の勇ましくも可憐な姿は胸がすく。人間とはどこまでも浅ましい欲望に満ちているのに清廉な面をするんだな」
レンカを皮切りに、アルヴィベリトがリーザベルを絶賛しそして聖女もどきを罵倒する。あの聖女はあまりにも金銭欲に満ちすぎていた。
「格好いい? あらありがとうレンカ、アルヴィ。結局のところ説得は失敗だけれど、この程度織り込み済み。聖女を名乗っている小娘が私の誘いに乗る訳ないじゃない――決めた。狩人に、私達に逆らう人間を探させて獣に喰わせるか冥界に忠誠を誓うか試すイベントを不定期に開催するわ。永劫の時を生きる我々悪魔は常日頃娯楽を探しているから、退屈凌ぎにぴったりじゃない」
「不定期開催の件、了解した。無論、定住と再訪を望むのなら冥界に忠誠を誓ってもらうとするか。では我々の勝利に祝杯を!」
「「「祝杯を!」」」
主賓席に集った一同がジュースやワイン、そして新鮮な生き血の注がれたグラスを掲げる。
「冥界に従属しなければならないが、人界を再訪してはならないなんて決まりはない、そうだよねお嬢様、アルヴィベリト様」
翼を畳み、頭を垂れてマノンは微笑する。
(……レンカの友人というだけあって頭が働くじゃない。感心するしかないわ)
「よく短期間でそれを見抜いたわね。よって褒美として十日程度の再訪を許可するわ」
「休暇かな? ありがとうお嬢様。もう帰れないつもりだったけど安心しました」
ほんの数刻前まで元同族の人間が目前で処刑されていたとは思えないほど、マノンの笑顔が眩しい。
「リーザベル嬢、あの聖女ってもしかしなくても無駄死にだったりするのか? 少なくとも私はそう思っているんだが」
「そうよアルヴィ。もう一度考え直せばすぐに分かることなのに短気な小娘だった。マノンとレンカの説得にも耳を貸さなかったなんて。口減し以上に無駄で無様な散り様。人間共の悪足掻きを外から眺めるのはいついかなる時も酒の肴に最適だわ、ふふふっ!」
リーザベルは優雅に、そして残酷に哂う。
あの聖女は、所詮は他の雑魚な人間共と変わりなかった。あの忌まわしい人界に帰りたいと言い張った愚者。結果からするとその血肉は一片も残さず、魂ですら悪魔の饗宴で獣に喰われた。
「勝ち筋の見え透いたゲームほど暇潰しになるものはないわ。何せあのように何度でも再現出来るのだから愉しいことこの上ない。狩人に魂を狩らせず捕獲した人間に冥界への忠誠及び悪魔への転化を提案し、呑むか試すゲーム。呑めば私達の勝利、愚かにも逆らって獣に喰われてもその獣が転化するから結果的に私達の勝利。魂は獣だった存在にでも喰わせるか、私達が味わえば良い」
……このゲームの結果など、種族的特性で優位に立てる悪魔がルールを設定した時点で決まりきっていたのだ。もはや人間側の必勝法を探るなどと論じるまでもない。それでも人間達はなけなしのちっぽけな名誉を振りかざして勝敗に拘泥するだろうがそれは無駄でしかなくて。
リーザベルとアルヴィベリトはこの宴を大々的に宣伝するつもりでいる。模倣した宴の主催者や出席者は獣に喰われる人間の断末魔を繰り返し美酒の肴とするだろう。此度の宴のように。
至高なる大悪魔と婚約者はこうして新たに逆らうような人間を吊るし上げ、処刑用の玩具として扱う術を習得した。飽きることはない。そう、永久に。
ーーそれだけではない。
リーザベルはいずれ、全ての魔女あるいは術師、そして獣までもを完全なる同胞にし、元より獣にならずに済む術式を構築し広めるつもりでいる。
「会場を貸与してくれて感謝するわ、ゼブタイト卿」
「それは逆に小生が貴女方に感謝申し上げたいところですよ。このような饗宴、なかなかどうして考えつかない。単なる拷問で済ませようと思っていた浅学さを思い知らされました」
給仕係に生き血のワインを注がせながらゼブタイト卿が満足げに礼を返す。
「リーザベル卿って、色々なことを常に考えているんだなぁ……俺には考え付かないぜ」
「そうだぞリオク。リーザベル卿は魔術の研究も最先端だ……お前に家を継がせる気は今のところないが、いずれはな。実子だからと甘やかす方針など微塵もない。家庭教師をつけてみっちり教育してやろう」
「えッ!? 勉強苦手なのにぃ……父さんがそう言うなら仕方ねぇか」
「まずはその砕けた口調から直すことだ。貴族の子息らしくするんだ」
傍では何とも気の抜ける父子の会話が広がっていた。
リオクは当主のゼブタイトからして未熟すぎる貴族の子息でしかない。しかし、それならば今後改善される可能性は十分にあるのだ。
…
……
………
それから、ドレスの礼をしたいというマノンを、シェフィの元へ訪ねさせた。
勿論のこと、シェフィの裁縫で作ったコースターを見せるためでもあった。
「素敵なドレスありがとうございました! あのこれ、わたしが作ったものなんだけど……」
「マノンさん、これ本当に人界の技術なの? 縫製もしっかりしてるしウチで修業してみない?」
「いいえ、マノンのこの技術は我が邸のメイド達に伝授させるべきよ。ヴェルクローデン家が見逃すとでも? マノンは住み込みでいいから」
「リーザベル卿がそこまで言うなら……。でも、マノンさんの技術をさらに磨くなら是非ともウチで! あ、マノンは弟子なんだから私のことを師匠と呼ぶように」
「あの、えっと……」
……と、まぁ突如としてマノンに到来した"モテ期"をどうにかやり過ごしつつ本邸で過ごしているうちに。
……収穫祭の日が着々と近付きつつある本邸のメイド達は準備に追われていた。
当主代理のソレスディアを手伝っているだけではなく冥界学会で発表する論文をまとめているリーザベルもそれなりどころかかなり忙しい。無論、資料集めのレンカも。
そのような日々のある中。
<リーザ、どうお過ごしかしら? 聖女の話はあとでじっくり聞かせてもらうわよー。そうそう、私のお父様から通達よ。帝都にある、私の家に来てって。勿論貴女と、べレイクス卿とゼブタイト卿も。それから、レンカも来て欲しいとも言ってたわ>
<……そう、連絡ありがとうルーノ。また貴女の家にお邪魔するわね>
「と言うわけでルーノから連絡があった。レンカ、帝都に出掛けるわよ。シトニも着いてきて。べレイクス卿とゼブタイト卿も呼び出されたから再び顔を合わせることになったわね」
「ルーノ様の邸宅が帝都にあるんですね!」
「はい、お嬢様の指示通りに従事します! 出立の準備をしてきますね」
――三域大魔公が帝都の一箇所に集結することが、どのような意味を持つことなのか。
――その連絡を出したルーノディアナが一体どういう地位を持つ存在なのか。
レンカはまだ、知る由もなかった。
これにて第2章完結です
ここまでお読みいただきありがとうございました!




