8ー2 聖女裁判
いつもより長めです
そして聖女裁判が主題の宴、当日。その夜。
商家時代からの知人友人、物見遊山であれ古参の貴族までもが前日から客室に泊まり込んでまで待機していた。
バスティカ邸は非常に混雑している。通常の来賓席を見れば、予想以上の客人が集まっており、談笑で賑わっている。冥界に住む者であれば貴族と市民の区別なく来客を広く募ったのだからそれは当然とも言えた。
バスティカ家を新参貴族と見下していた家の者ですら、訪れた際のメイド達使用人の応対、飾り付けられた宴の広間を目にした際にはゼブタイト卿もしかと三域大魔公の一角であると思い知らされるほどには。
しかし宴と題しておきながら、振る舞われる料理の種類は少ない。ジュースや紅茶のお供の菓子、酒類につまみといった軽食が出される程度。
――そう。広間での催し物こそが宴のメインディッシュと言わんばかりに。
広間の最上階は主賓席、特等席。そのすぐ下は貴族や市民の自由席であり、それぞれの席で交流し歓談し、聖女の末路を見下ろせる形状となっている。
「リーザベル卿、レンカ様、マノン様、いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました。どうかごゆるりとお過ごしください」
「来たわ」
「こんばんはー! よろしくお願いします」
「こんばんは、こういうの緊張するなぁ。お邪魔しますっと」
「数日ぶりね。似合っているわよ、アルヴィ」
「リーザベル嬢こそ。レンカにマノンもいいドレスだ」
リーザベル、レンカ、マノンの一行が到着し、装飾も上等な椅子が揃い常時給仕の為シトニをはじめとしたメイド、それぞれに追従している従者が控えている主賓席に案内された。
アルヴィベリトは身支度が完璧だった。その礼服に身を包んだ優雅な外見からすれば、とても残酷な裁判とは名ばかりの発案者だとは思えないほど清廉である。
主賓席にはリーザベル、アルヴィベリト、ゼブタイト、リオク、レンカ、マノンが集まった。
では術をかけるわね、とリーザベルがそう口にした瞬間魔力が会場中に広がり、やがては最初から何もなかったかのように消えてゆく。
「それは何の術ですか?」
「会場が汚れない為の術よ。何で汚されるかはこの場にいれば分かるわ」
「はーい」
「さてリーザベル卿、こちらを用意したのですがいかがでしょう」
「あら、なかなかいい香りがするわね。頂くわ」
ゼブタイト卿から提供してもらったのは一本のボトルだ。周囲にその香りが漂う。
「ご主人様、それって」
「そうよ。レンカならあの場で耳にしたでしょう?」
そう。シトニがコルクを開け、グラスに注いだのはワインではなく――人間の血だった。
「……。父さんが決めたことならいいけどさ」
「不満そうね」
「不満じゃないよ、リーザベル卿。冥界が少し変わると思ってさ」
ちびちびとカクテルを呷りながらリオクがそうこぼす。
「さて皆様、ご多忙の仲この場にお集まりいただきありがたく、そして大変嬉しく思う。今宵の宴に際し、特別な飲み物も用意したのでご希望の方は近くの給仕係に注文すると良いでしょう。軽食をつまみ、どうぞ気の向くままにお過ごしいただきたい。小生の宴はここに始まった」
礼服に着込んだゼブタイト卿が主賓席から立ち、宴の始まりを告げる口上を述べる。
「俺の父さん、気合入ってんなー」
「あら、結構いいじゃない」
「……それでは聖女裁判を執り行う。入場を」
次なるゼブタイト卿の一言で鎖の先を持った使用人に引き連れられ、両手を魔術で拘束された聖女が入場する。
一斉に広間中の視線が聖女に集まった。聖者の正体が聖女であることは前もって告知されている。聖清教団の最高位にあるだけあって、来客の誰しもが聖女の姿は成人女性だろうと想定していた。
しかし実際は、小綺麗な白い衣をまとった少女であった。
――あの小娘が、聖女だと? 丁度リーザベル卿の眷属であるレンカとそう変わらないではないか。
そう口に出したい客人が大多数であったが、眷属への侮辱は主人へのそれとなるので噤んだ。
「さて聖女。君の名前は?」
「……名前はありません。生まれてきてからずっと聖女とだけ呼ばれてきました」
か細い声だが確かに会場中の耳目を集めた驚愕の事実。人間達は実子にすらまともな名前を与えないのか、と一気に動揺が広がる。
「では今後とも小生達は君を聖女と呼ぶ」
「……はい」
「それではヴェルクローデン=リーザベル卿。聖女の罪状を」
「えぇ。聖女は私の支配領域である人界の都で喜捨の心得を利用して金銭を集め、貴族達に渡していたことを民に一切知らせなかった。重税を課し、民を不当に苦しめた。以上により重大な詐欺罪と推定」
ほぼ全てがゼグの潜入調査による結果。リーザベルは使い魔の手柄を淡々と披露する。
「聖女、間違いないですか」
「……大きく違いがあります。民は不当に苦しんでおりません。寄付は民にとっての義務であり喜びなのです」
「待った。寄付は民の自由意思に委ねられている。寄付は自由であってそれ以上でもそれ以下でもない。重税を課されて喜ぶ民などいないわ」
「私たちは単に、清貧な生活が望ましいって教えを忘れたくないのですよ」
「嘘も大概にして頂戴。お前達が集めた寄付金で贅沢していることも知っている。そしてこれが証拠よ」
リーザベルがそこに出したのは同じくゼグが調べ上げた数枚の紙である。それは寄付金の記録が記されている帳簿だった。
聖女ははっとした顔でそれを見つめる。
「な、なぜそれがここに……」
「手の者に探し出させたからよ。勿論複写だけど中身は本物」
「……そう、信仰を持たない者が入り込んでいたのですね。ずかずかと図々しい」
「それはお前の方だわ、聖女。いいえ、お前のような俗っぽい小娘を聖女だなんて呼びたくもないくらいよ」
<リーザベル嬢、奴が貴女の領域を侵した愚か極まりない人間の首魁だというのか?>
<そうよ。私もお断りだけれど、アルヴィでも魂は食べたくなさそうね>
<当然だ。私の婚約者を侮辱するだけではなく我が種族を愚弄する、そのような輩の魂など不要。貴様らの汚れきった身など剣で微塵も残さず切り伏せるとも>
真っ先に魔力念話を飛ばしたのは共催者のアルヴィベリトだったのですぐさま応じる。
<リーザベル卿のお慈悲に目を向けないなんて厚顔無恥にも程があるなぁ。話を聞いて信じがたかったけど俺達に逆らう人間がいるなんてなぁ、信じがたいぜ。思い上がりにも限度があるのによー。いやもしかして、人間はそれがお家芸なのか?>
<その思い上がりをここで正す。いえ潰すのよ>
異口同音の罵声が続く。アルヴィベリトは今にも腰の剣を抜きかねないほどまでに。
普段は暢気で快活なリオクですら、言葉の端々から人間という生物の在り方そのものに対する蔑視、それから落胆と呆れが滲み出ていた。しかしそれこそこの此度の宴では肴となる。
「では聖女、主張を」
「信仰し、寄付し清貧に生きれば人間はそれでいいのです。私達は特別なのです」
「何故人間の命だけが特別だと言える? 私達の狩人がいくら狩っても無くならないじゃない。魂と生き血だけ取ったら後は燃やして灰になるから処分して終わり」
「な、なんてことを言うのです! そんなのが日常だなんて私はイヤです。そもそも、こんな世界があるなんて認めません」
案の定というべきか、聖女は冥界の共通見解を真っ向から否定した。想定済みの事態である。
<呆れた。リーザベル嬢、あの小娘を説得してくれないか? 出来るだけ長引かせて対話しかない。あんなのは聖女じゃないとは思うが>
<確かにアレはただの人間の女。聖女らしさが皆無だもの。アルヴィからのお願いで説得、ねぇ……良いわ、分かった。やってみるわ。ふふふ>
互いにしか分からないよう施した魔力念話を簡易に終わらせたリーザベルは主賓席から立ちあがり、バルコニーの手すりギリギリまで動く。
アルヴィベリトは座ったまま、リーザベルに無言で一礼する。
遂に始まったのかと、招待客は誰しもが無言で至高なる大悪魔リーザベル卿の動向を見守る。
「お前は欲望に塗れた家畜の分際で、聖女を名乗っては崇められ、喜捨の心得を悪用し莫大な富を築いてきた。それはそれはとんでもない大罪なのよ?」
「……その認識は違います、私達教団のやってきたことは全て貧する民の未来のためなのです!」
「喜捨の心得、ねぇ――集めてきた莫大な富は全て貴族階級に回り、ただ消費されただけ。民への分配および還元は一切されておらず、ますます貧窮していくというのに本気で言っているの? その程度の真実も認識できないのかしら。貴族の富は民のためにある。その程度の基礎も理解できないとは聞いて呆れるわ」
「民から搾取するのがその真意だとでも言うの?」
聖女は弁明する。それは喜捨の心得による善意のものだから、と。
リーザベルはその主張を一笑に付す。現に民は彼らに搾り取られ困窮に貧しているではないかと。
「喜捨の心得で寄付金の徴収? それって目的と手段が滅茶苦茶よ。民を苦しめて誰が得するのかしら?」
「……特権階級なのだから、権利を行使して何の問題があるというのですか? 民は上の階級のために日昼夜問わず働くべきです!」
「私とお前の意見、価値観は平行線ね。きっとではなく絶対、永遠に分かり合えない。我他彼此ってところね。私達からして見れば寄付なんて単なる民からの強請りや集りの類の行為でしかない。ならば、人間はあくせく日中夜働いて私達のために魂を提供し続けなさい。家畜らしく、ね」
人間は愚かではなかった。然し、権力や序列などという概念があるからどこまでも愚かになってしまった。喋るのも億劫になってしまうが、これは統治者としての義務であり任務だ。しかし時間制限は特にない。それならば――
脆弱だからそんなものを信じることでしか生きられない。自分達に必要ではなく、邪魔をした存在。そして、リーザベルの統治に不必要なもの。だから排除する、それだけだ。
「分からないのはこちらも同じ。大体、私達誇り高き人間が家畜扱いですって? 狩人? どういうことなのですか、きちんと説明してください!」
「あら、理解できない? 言葉通りの意味よ。私の先達は異界でお前達が誕生してすぐに調査団を派遣し、研究してきた結果、人間の魂が私達の食用になることが判明した。お前達自滅などで勝手に滅びないよう頭数を調整し、調整の手段として狩人が人界に派遣され魂を刈ってきた。それだけの話。最近になってようやく、血液も有用性が認められつつある。勘違いしないで欲しいのは、お前達のような泥人形を私達は創っていない。本当に一体どこの誰がこんな欠陥生物を作ったのやら。知らず知らずのうちに勝手に誕生した短命で出来損ないのか弱き家畜、それがお前達人間共。誇りや名誉なんて最初から微塵も存在しないわ」
「魂……狩人……欠陥生物……人間に誇りがない? 何ですって、頭数を調整? それがいつからしているかはもう聞きません。ですが、それを止めることはできないんですか!?」
冥界の人間に対する扱いの歴史に、聖女は顔面蒼白させたり激昂して真っ赤にしたりする。
「無理ね。これらの決定事項は我らの偉大なる主上が遠い昔に決めたこと。因みに遠い昔というのは私の代からすると祖父の祖父あたりから。もう数千年以上前の話よ」
「で、ですが、アナタ達は魂を食べなくても生存可能のはず。狩人とかいうのも今すぐにやめてください!」
「それも無理ね。狩人は冥界における立派な職業の一つとして成立しているし廃業なんてとてもとても。第一に今更美味しい魂を食すことをやめるなんて到底不可能。昔は魂も宝石とほぼ同等の高級食材だったわ。だというのに今となっては人間の数が増えた結果少し高級なお菓子程度に成り下がった。市民の家庭でも臨時贈与で手が届く程度といえばいい? それとも、人間の価値が安くなったとでも言い換えましょうか?」
「な……な――」
「その反応は、核心に突かれかけて苛立っている証拠。理論も感情論も溝に捨てたも同然。あくまで、仮初の優位に過ぎないけどねぇ? 隠し果せるとでも?」
指を僅かに動かし、大気の流れを書き換え拘束具の強度を上げる。聖女は苦痛に耐えきれず悲鳴を上げる。
「ぐ、ぐぅぅうぅぅう――!!」
「これで小賢しい態度も多少は従順になるかしらね。それまで何年生きてきた? どうしてこう、人間共ってどこまでも偉ぶれるのよ? 短命の癖にまるで絶対者のように振舞い、子や孫、果てには村ごと支配したがる。別に構わないわ、支配者になって何をしたいのかも考えていない家畜を静観してもいいのだから」
もはやリーザベルの一言一句に聖女の理解が及ばないのだろう。まっとうな反語すら出てこなくなった。聖女はどこまでも人間。その寿命は高々数十年しかない。
「いい? 私は主上より至高なる大悪魔を拝命しその一角として、命令通り人界の一部を統治してきた。お前のような聖女を聖者として崇めている教団の存在も把握している。つまりね、お前さえいなくなれば教団は自然に瓦解する」
「私たち教団は悪いことなど何にもしていません、真っ当に生きています! 何故そこまでするのですか!」
「何を言っても無駄のようね。では、交渉しましょう。私は人間を転化させる能力が無限に使える。他者に譲渡もできる――」
だからね? リーザベルの言葉に聖女は数歩、後退りする。
手足を拘束されているのだからこれ以上動けない。戻ったり逃げたりする場所なんて、どこにもありはしないというのに。会場は寒くないはずなのに、寒気を感じ背筋の震えが止まらない。
「――聖女、お前も悪魔になりましょう? この世界での永住権を与えるわ。飢餓も喉の渇きも永劫忘れられる。呼吸も要らないし毒すら効かない。その代わり、冥界への忠誠を誓ってもらう。尤も、人界がどうなっているか情報は事ある毎にあげるけれど。但し教団の連中は瓦解ではなく完全な消滅。残党狩りとして皆の魂を刈るわ。どう、悪くはないでしょう?」
「こんな、ずっと太陽のない暗闇の世界で永住権ですって? 飢餓も渇きもなくなる? そんなの私はちっとも求めていません! 私は教団を率いてきたのです、そして教団に関わってきた人達の死後は天に召される手筈なのです! そんなの取引の天秤に乗せる方がどうかして――」
「ふふっ、その行為、私にしてみれば地に這い蹲る、羽を捥がれた羽虫がする命乞いと大差ない。天に召されるですって? 人間の死後すら知らないとはあまりにも無知が過ぎて、聖女の名が泣くわ。天には何もない。人間の死後は『無』よ。敬虔に祈って式を執り行い手厚く施して埋葬しようが、最小単位に分解されて無となるのよ。残った魂は須らく私達の美味しいおやつ」
「あなたが、聖女なのね? こんばんは。わたしはマノン」
聖女の目前に、ドレスを身にまとった赤髪の少女が降りてきて空中で停止した。人間、なのか聖女には判別がつかない。
「一体どこから……いいえ、とにかくアナタのような人がこんなところにいるなんて。アナタも人間なら私の言う通りに――」
「わたしはもう人間じゃないよ。それより、どうしてお嬢様からの譲歩を無視するの? 最大限の提案だったのに。お嬢様方のご意向に沿わないなんて、なんて無礼な人間なんだろう」
「そんな提案を聖女である私が受け入れると思いますか? ふざけています」
「ふざけてないよ。ねぇ、わたしは今住んでいるこの世界がいいって思えたの。このドレス、そちらのお嬢様が下さったんだよ。お腹も空かない、飢えない生活はとても素晴らしいんだよ?」
「このままだとあなたは獣に喰われて処刑されるんですよ。ご主人様からいただける、この世界に永住できる権利を放棄してまで何がしたいんですか?」
もう一人の少女の声が響く。レンカだ。
「獣の入場を許可する」
更なるゼブタイト卿のひと声でそれが重低音を立てて入場する。
レンカは気になったものがあった。どうしてもそれから目が離せないのだ。
<ご主人様。あれがその……>
<あぁ、レンカは初めて目にするんだったわね。元人間だった獣、よ>
体躯はこの広間の特等席にぎりぎり届かないくらいであっても、人界の熊が小さく見えるほど。辛うじてその目が視認できるほど全身毛むくじゃらで、山羊のような角が生えていて。
その目は自身の向こう側、聖女の現れる方向だけを爛々と見据えていた。
獣に向けて指を差さないだけレンカの教養は十分だった。
<ああ見えて彼には知性が残っている。決して暴れることもないから鎖をつけていないわ>
<拘束具がないってことは、聖女には>
<そう、着けてあるのよ。聖女なんてこの場にいてはならない存在だもの、雁字搦めとまではいかなくても必要不可欠だったわ>
<私がご主人様と契約しなかったら、獣になってたんですか?>
<その場合は貴女の同意を得てすぐに契約していたわ。転化の術ですぐに同族に出来るし>
自らの信念は根本的に否定され。おまけに目にしたことのない獣。どうやら限界だったらしい。
聖女はその場で崩れ落ち両膝を地につき、咽び泣き嗚咽を始めた。かと思えば両腕の指先を組んで祈り始めた。おそらく、天とやらに向かって。
「交渉は決裂ね、聖女。あぁそれにしても、端からいもしない天の存在に向かって祈る姿がこの上なく滑稽だわ。こんなに惨めで無様な人間を観るのは久方ぶり、数百年以来かしらね──聖女のお前なんて理由もなしに冥界にわざわざ呼び寄せたりなんてしない。単に宴のご馳走として特別に招待してやっただけ。そしてお前は自ら生命を閉じた。精々獣の餌として無駄なく良い働きをしなさい、ふっふふふっ!」
血の注がれたグラスを掲げ、リーザベルは哄笑を上げる。 最愛の婚約者と眷属、そして同胞と共に宵闇の宴を愉しむ。欲望に塗れた聖者を堕落させ断罪し、狩る背徳感。
彼奴の魂は我々の好む香りを放っている。それも、滅多にない極上の味わい。
真っ先にアルヴィベリトがグラスを掲げる。
主賓席にいるイレーユ、リオク、レンカ、倣って客人達も一斉にグラスを掲げ、飲み干す。
――あのマノンなる少女、我々に賛同した者か。
――それに比べてあの聖女とやらはどうなっている? 偉大なる冥魔帝が統べる冥界に従属し、我々の眷属となれば助かった命だと云うのに。愚かな人間もいるものだ。
――しかしこうしてかの三域大魔公のうちお二方が開いてくれたパーティーに参加出来た名誉があるというもの。あの人間の愚かさを存分に楽しませてもらおうではないか。
無力感に満ちた贄の悲鳴ですら、この場に集った悪魔の饗宴で出される品がより良くなる程度でしかなく。客人達は贄の断末魔を肴としてワインあるいは生き血の注がれたグラス片手にじっくりと、ある者はせせら嗤いながら観賞していた。
「聖女、君の処刑を執行する。獣、執行にご協力を」
「処刑……――あ――あぁ……あぁぁあぁあぁあ――! 帰りたい、元の世界に帰らせて! いやぁああぁぁあぁああぁ――――!!!」
「ふふ、悲鳴がここまで届くなんて。お前はさながらカナリアのよう。鳴き声だけ称賛され、最後には山へ連れていかれるだけの鳥。囀ったところで何も我らが主上への供物にもならない。今更助けてって喚いて泣き叫ばれても困るわ……ふっふふふ、あっははははははッ!」
ゼブタイト卿の言葉が届き、獣は前方に突進すると聖女に向かってその広大な口を開け、丸ごと喰らった。一片たりとも肉片も残さずに。
血飛沫すら飛ばさず、器用に。もしそれが飛んだならば一滴も残さず回収してゼブタイト卿及び希望の客人へ振る舞うつもりでいたが、取り越し苦労だった。
リーザベルの冷笑が今もなお響き渡る。この場に集った客人に、ここで果てる聖女の命への憐憫など皆無だった。
彼女の姿はもう見えない。骨すら噛み砕かれてなくなった。
それとほぼ同時に獣の姿はなくなり、その代わりに一対の翼を広げた青年がそこに立っていた。獣の、人間だった時の姿がである。
リーザベルに気が付くと翼を畳み即座に一礼する。あの俗物で欲望に塗れた無礼極まりない聖女とは大違いだ。
「……この姿にしてくださって嬉しいです。えーと、リーザベル様?」
「その呼び方で結構よ。よろしくお願いするわ。初めて口にした人間の魂の味はどうだった?」
「これは悪くありません。わざわざ分けてくださったのですから」
「……単に食べたくなかっただけよ。美味な魂なんて幾らでも保管してある」
聖女の魂はこの青年が獣だった際に血肉と共に口にしたので欠片も残っていない。
――此れにて宴のメインディッシュは終わった。後は時間のある限り客人同士で談笑するのみ。
前編後編に分けるつもりでしたが切りどころが分からなくなりました
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