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幕間 聖女との密談

追加で書きました

「お嬢様、こちらです」

「そう。下がって結構よ」


そうやって主人を案内するシトニは、普段の明るさが鳴りを潜めていた。そう、冷徹な主人のように。

ここは本邸の一角にリーザベルが異空間構築で創造した空間。大悪魔リーザベルが聖女如きを邸の客室に通すわけもない。

照明はわずかでほとんどが闇に包まれており、一般的な感覚を持つ人間では時間感覚が曖昧になるのではと錯覚するほど。それでも清潔なのだから人間でしか分からない薄気味悪さがあった。

家具にしても最低限の作りをしているベッドと食事用のテーブルが置かれているのみ。

リーザベルはシトニがこの場から離れたことを確認し、ベッドの上でうずくまっている少女―聖女―へ近づく。

聖女はリーザベルが接近したことに気付くと顔を上げ、蛇にも似た目付きで睨み付ける。その勢いは今すぐにでも激昂しそうなほどで。

しかしてリーザベルに実力行使は出来ないでいる。それは勿論、得意とする黒き茨で四肢を拘束しているからで。


「冥界にようこそ、聖女」

「いきなり何ですか。ようこそ、ですって? 私にしたことはほぼ誘拐ではないですか。私の意志は無視ですか?」

「お前は最重要参考人としてここで生かしているに過ぎない。食事に不満があるとでも? いえ、お前は拒否しなかった」

「……毒でも入っているのかと思いましたが、今すぐ私の命を奪う理由があなた方にないとも思いまして

「毒なんて入れない。それにしてもお前は自分の命に対して自惚れている」

そう。聖女にはそれなりの、満腹になれるほどの食事を出した。毎度完食していることもメイドからの報告にあった。


「食事と部屋を与えたからっていい気になるものではありません! あなたたちのことです、食事を食べさせる代わりに何か要求するのでしょう?」

「毒のない食事を与えただけでも有情と思いなさい。お前の言う通り、私はそれなりの見返りを要求するわ。お前なら出来ることよ」

「私に、できること……?」

「そう。何の突出した能力のない人間で、だと言うのに崇められているだけの聖女、それがお前の正体。同時に、人間共が大差ない証拠でもあるわ」

「人間に大差がないですって! 随分と大上段からものを言うのですね」

「私にしてみればお前は金銀財宝の臭いがする。聖女として恥を知りなさい」

「私はどこまでも清廉潔白です。何せ聖女ですから! さかしらの憶測で金銀財宝の匂いがするなんてのはまやかしです」


聖女の勢いは今すぐにでも激昂しそうなほどまでに声を荒げている。

それとまるで正反対なのはリーザベル。淡々と言葉を増やして聖女を着実に追い詰めていく。

「この冥界に忠誠を誓いさえすれば寿命などなく永遠に生き続けられるのよ。あとは食事も睡眠も不要になるわ」

「そんなの、受け入れるわけがありません! 食事や睡眠をとってこそ生き物として正しい在り方。ましてや、寿命がないですって? ふざけた話です」

 そう、穏やかに語りかけるリーザベル。それとは対照的に全く感情をぶつけるかのように反論する聖女。


「ふざけているのはお前達人間共。下らない思考の元頭数を増やすことしか能のなく、高々数十年しか生きながらにして苦みその命が呆気なく果てるだけの下等生物。尤も、その際限なく増える頭数だけ美味な魂が味わえるのだから助かっているわ。ちなみに私達は生物ではなく生命体。そして、私と話しているお前は底辺から這い上がれる好機が目の前にある。喰われる側から、喰べる側になれるのよ」

「あなたがどれだけの勧誘をしてきたかわかりませんが、お断りします。人間に生まれたからには人間のまま生き続けたい。私はあなた達を滅して見せます」

「私達を滅ぼす? お前、愉快な話もできるじゃない。それってもしかして頓知かこの場凌ぎの冗談のつもり?」

「頓知なんかでも冗談じゃありません! 私は聖女として、本気で言いました」

「あ、そう。下らない冗談にしか聞こえないからそれはやめなさい。それなら何故、お前はその拘束具から抜け出せないでいる? それは、私の発明した術よ。中々便利で良く利用しているわ」


 リーザベル曰く、従来の術は咲かせた薔薇の茨を加工して利用していたのだという。しかし、花を咲かせるにも良質な土を耕すなど条件が厳しかった。


「故に私は、自身の魔力で茨だけを再現した。土も大気も水も要らない。私が存在する限り、この茨はいつでもどこでも発生させられる。こうして拘束具に使えば、人間なんて簡単に束縛できるし締め付けて命を奪うことすら容易よ」

「なるほど、あなた達がそう自認する程にはかなり邪悪ですね。とりわけあなたは、そんな技術を発明するあたり特別邪悪すぎる」


 聖女は僅かに残った気力を振り絞り、精一杯睨み付ける。しかしリーザベルにとっては人間の小娘の視線などどこ吹く風でしかなく、何事もなかったかのように受け流す。自由を求める家畜を縛り食らうのと同じで、人間の命などに価値を見出すことをやめたのだ。


「邪悪、ねぇ……。人間共の生命なんて暇つぶしの道具、生きているだけの駒よ。お前達とて牛や豚を何の感傷もなく必死になって食べるだけじゃない。人語を解するというのに生物として程度が低いなんて呆れた。これだから人間共は永遠に家畜と同列なのよ……私としてはお前のやっている事こそ邪悪なのだけれど自覚がなかったのかしら。お前の特技と呼べるものなんて、名目上任意としておきながら実態は強制的に人間共から金を集ることだものね。民が貧する社会に変貌させておきながら己ら達清聖教団は募金を自由に使い込んでいる。ここで指摘しても吐かないようだし、お前には聖女裁判の被告人として出廷してもらう。思う存分自らの主義主張を言いなさい」


リーザベルからのそれは提案ではない。強制出頭であり、聖女の悪事を一つ残さず衆人環視の中で大々的に暴露するのが、今回の宴の筋書きであった。


「そんなの、提案ではありません! 私は何一つ裁判にかけられるような事案を起こしていません!」

「それがお前の主張でいいのかしら? 宴の時には司法取引も準備しておくから楽しみにしておくといいわ。そのなっていない高慢な口の利き方は特別に見逃してあげる。自らの命が掛かっているのだから、選択だけは違えないように精々足掻きなさい。それでは宴でまた会いましょう、ふふふっ」


忠告しつつ邪な、不吉な笑みを残してリーザベルは姿を闇に眩ませた。

この空間に残されたのは聖女のみ。

…

……

………

「私のしたことは、何一つとて正しい。相手が何だろうと決して屈しない。私は聖女、聖女。誇り高い人間の救い手。あぁ、天からの加護をどうか……」


 聖女はそう、誰にも聞こえないこの場で早口で唱える。両手を組み敬虔天に祈る。

初対面だったが、あの女はあまりにも危険すぎる。相手が狡猾な悪魔であることを加味しても、だ。 拘束具を維持している邪な術を扱うほかに、どのような隠し球を持っているのかは限りなく予測不可能に近しい。

しかし、どうあっても負けるわけに行かないと聖女は辛うじて動かせる両手を合わせて祈り始めた。

冥界にてほぼ牢獄のような場所に連れられて生かされていること、そして時と場合によっては意志を曲げる柔軟さを持ち合わせていない時点で、己が劣勢であることにさえ気付こうとしないまま――

密談は破綻しました

さて聖女裁判へ

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