8-1 マノンの選択
タイトル通りの話です
お楽しみください
リオクとアルヴィベリトはバスティカ邸に無事送られた。
見えなくなった二人の後ろ姿の痕跡を、マノンは惚けながら眺めていた。
気づいたらどこかへと姿が消える……遠方に移動させるなんて見たことも聞いたこともなかったからだ。
「遠いところに送ったの……? そんなことがさっくりと出来るなんていったい」
「この程度、ご主人様なら何でもないのだから!」
「レンカ、これでもそこそこ苦労して習得した術よ。まあいい、マノンが来てくれた記念にこの世界について軽く講義をするわ。レンカは復習だと思って聞いていて」
「うん、よろしくお願いします」
「はーい!」
「私達の種族は言うまでもなく悪魔だけれど、別に呼称があるのよ。魔力生命とも言って、これにはれっきとした理由がある。体の殆どを構成するものが肉ではなく魔力だからよ。冥界の研究学会ではこう呼ぶ頻度が特に多いわね」
「そ、そうだったんだ……肌のさわり心地とかあまり変わらない気もするのに」
そう言われ、マノンはまじまじと自分の肌を観察しては触っている。
血肉だなんて言葉があるけれど、血は流れていても出血は任意だからとリーザベルが説明する。
……そして講義が続く。
魂は魔力の貯蔵庫のようであって、そこから魔力を引き出し用いることで魔術が行使できる。
悪魔同士のみが血を用いて子を成せること。人間の血などを混ぜても蒸発すること。故に混血児は生まれないこと。
ある程度まで(レンカ・マノンの共通認識でいうところの人間に換算した外見年齢が)成人になると成長が止まり、老化しなくなること。
――そこから発展して冥界の第一都市などについて講義が一通り終わった頃。
「魂から根本的に種族を変えるって、お嬢様の魔術すごすぎない? 他にも色々使えるんでしょ!」
「そうだよマノン! やっとご主人様のすごさに気づいたのね」
「そして人間の魂は、私達にとって可食部なのよ。扱いとしては高級なお菓子程度かしらね。無論、同族同士で魂は食べられない」
無論、魂を食べられた人間はその場で命果てるのしかないのだ。
「マノン、貴女は余程人間としての感情が残っているのだから人間の魂を食べてなんて言わないわ。食べなくとも生存可能なのだから。それとも挑戦してみる? どれだけ魂を食べずに生存するかって。今からでも遅くはない」
「それは、わたしは……」
それができるなら最大限そうしたいという感情に溢れている。しかし、現のマノンは食べようと思えば魂を食べることができるのだ。
「残念だけどわたしは、パンとかお肉とかそういうのだけを食べていこうと思います」
「――そう。けれど食べたくなったらいつでも言って頂戴? 魂の貯蓄があるのだからマノンの為になら随時開放してあげるわ」
動物の肉は食べるのねと、そう蠱惑的に深い紅色の唇を曲げて微笑むリーザベルの姿は邪悪極まりなかった。
リーザベルの思惑はどうあれ、マノン達は生きている。
「あっ、じゃああのゼグってひと、お嬢様の関係者だったよね? 狩人だっけ」
「そうよ。私にとって奴はそこそこ優秀な使い魔だわ。潜入調査から何でもこなしてくれるのよ」
「ゼグ、さん? 誰でしたっけ。ご主人様の使い魔で狩人……んーえっと?」
「レンカは知らなくてもいいわ。会うこともしなくていい。レンカの品位が下がるもの」
「品位が下がるって……分かりました、そうします。その人についてこれ以上詮索しません」
そう語るリーザベルの表情はどこか苦々しげだ。主人の方がそのゼグという使い魔に対して優位に立っている筈なのに。しかしマノンはゼグのことについて多少なりとも知っているのだ。
それが少しだけレンカは悔しかった。
「お嬢様方、お食事でもいかがですか? 用意できておりますのでいつでもお出ししますよ!」
「頼むわ、シトニ。丁度食べたかったのよ」
「お願いしますー! そういえばここで食べるの久しぶりな気がします」
「お邸での食事、楽しみだなぁ」
フルコースを一通り堪能した後は当主代理のソレスディア……リーザベルの母に挨拶したり。
「レンカの友人……いいでしょう、当主に成り代わり滞在とは言わず居住区の確保を許可します。最上階以外は客室を使うといいでしょう」
「ありがとう、ございます」
「リーザベル、また人間達のせいで貴女の仕事が増えてしまったようですね」
「全くよ。いつになったら私達の思い通りに動いてくれるのかしら」
……などと人間に対する愚痴をこぼしていたり。
「マノンには冥界の文字が読めるようになって貰うわ。レンカも手助けするのよ」
「はーい。マノン、ここはこう読んでそこはえーと……」
「ほうほう、そう読むんだ。お、意外と覚えやすいかも?」
「次は翼を使って飛ぶ練習よ。翼を出して」
「うわぁ、わたしが空を飛んでて目が回る……回らない、だと? 何ですかこれぇええ高いよぉおおぉおぉ――!!」
「マノンが高所恐怖症だったの忘れてました! でもこれくらい私にもできるんですから」
「あら、そうなの。けれど慣れれば平気よ」
「レンカ、お嬢様、見てないで助けてよ――!!」
「仕方ないわね」
文字の読解は順調だったが、飛行の訓練となるとマノンが高所恐怖症だと判明しかなり難航した。初回ということで飛行訓練はリーザベルの補助で無事に終わった。
ともあれ、冥界に住む為の基本的な勉強をして過ごしているうちに時間は経っていき。
「お嬢様、シェフィさんが到着です」
「こんにちはー! 仕立て屋ですー。お届けに上がりました」
「レンカ、マノン、ドレスが出来上がったわ」
「シェフィさんのドレス、いいですねー。綺麗な色」
「これがドレスなんだ……こんな素敵なの初めて。着心地がすごくいいなぁ」
シェフィが届けてくれたドレスを試着して感想を言い合ったりしていた。
「それでマノン、貴女には宴での簡単な役割があるのよ。それは――」
「お嬢様からのお願いなら聞き届けるよ」
…
……
………
「帰ったぜ、おや――父さん」
「戻ったな。すぐに帰ってきたあたり、リーザベル卿に送ってもらったのかな」
「おぅ。楽に帰ることが出来て助かるぜ」
バスティカ邸に着いた二人のうち、リオクは父である当主の元を訪れていた。
新参貴族でありながらも経験が多いメイドを雇用しただけあって、宴の準備は順調だった。メイドの手配をしてくれたのは他でもなくヴェルクローデン家である。
後はリーザベルが会場を”汚れ”でまみれないようにする術を施せば完成だ。
「なぁ父さん、パーティーじゃなくて宴って言われたんだけど何か違いがあるのか?」
「そうだな、それはあまり良くはない名目だからだろう。良いか、今回はリーザベル卿の慈愛で特別に聖女つまり人間を呼んでいる。リーザベル卿はこれを聖女裁判と呼んでいる」
「……それってその聖女をここの広間で裁判するってことかよ? 人間を裁判にかけるなんて、あり得るのか?」
「そうだな。そして処刑も兼ねている」
「処刑って……人間の処刑は原則として狩人が人界でやるって学院で習ったぜ」
それは処刑することを前提としたものであって、裁判とは呼んでいるものの形式上のものでしかない。
聖女がどれほどいかに世俗にまみれているかは知らされておらず、見物であった。
清いものなど、人間である以上はその中に存在しないのか。
それにしても流石はリーザベル卿、権限の使い方を熟知されている、と父――ゼブタイトはぼそぼそと呟く。
「そうだ。よく覚えているな。今回は特例としてかの方の許しも頂いている。さてリオク、お前の礼装も用意するか」
「リオク様、こちらへ」
「そ、そうだな。頼むぜ」
リオクは使用人筆頭のセノハに案内されこの場を立ち去った。
「リーザベル卿の手を煩わせた聖女とやら……この目で確かめなければ」
当主の執務室でゼブタイトはリオクや自身の妻に聞かせたことのない、そう残虐性に満ちた声を響かせた。
だがべレイクスやリーザベルはその声を熟知している。尤も、今回の宴には次期騎士団長候補のアルヴィベリトが関与しているのだが。
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