表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/92

幕間「くだらない」

 「くだらない」

 

 一人の少年は机を蹴り飛ばした。

 

 彼は貴族の元に生まれた。それであれば不満などない、順風満帆な人生を送れるはずだった。

 しかし、その人生にはある一つの影が射した。

 

 それが、一人の少女だった。

 

 少女と少年は毎日のように会っては話をした。

 しかし、少年は彼女の身分など知らない。だからこそ、それを知った少年の両親は憤った。

 

 『下位の身分である人間と話をするな!!』と。

 

 それから金輪際、少女と会うことはなかった。

 

 「くだらないんだ……こんなもの!!」

 

 少年は自身の家系を象徴する家紋を目に、そう叫ぶ。

 家紋が刺繍された旗を引き裂き、少年は家を飛び出た。彼の体感では時間さえ忘れるほど外を走っていた。

 両親のことも、身分のことも、少女のことも、何もかも全て忘れてしまいたかった。

 

 走り続けては疲労が蓄積し、それに喘いだ少年は近くにあったベンチに倒れた。

 

 今思えばだが、少年はいつからかあの少女に恋をしていたのかもしれない。

 だからこそ、家出をしてまでの反抗をしたのだ。

 

 いつまでも彼女と会うことを禁止されていては、少年の心はどうしたって苦しいままだった。

 

 「ボクは何で貴族なんかの元に生まれたんだ……どうして……!!」

 

 現実というものは厳しく、あまりにも冷酷である。

 少年の近くへと、多人数の召使いが現れた。召使い達は青い顔をして誰かを探しているようだった。

 それが自分であると悟った少年は、急いで身を隠した。

 

 茂みに隠れた少年は、緊張心を鼓動として鳴らしながら、召使い達に見つからないように集中する。

 

 奇跡的に、召使い達はこの場に少年がいないと思ったのかどこかへと去っていった。

 

 少年は胸を撫で下ろし、茂みから出る。

 すると、一人の少女と目が合った。

 

 それは――毎日のように話していたあの少女だったのだ。

 

 「どうして、ここに君が……」

 

 少年はそう言いながら、少女へと駆け寄る。

 すると、向こう側にいた少女が目の淵に涙を浮かべ――

 

 「『――君』、会いたかったよ……!!

 「ボクだって、ずっと君に会いたかったよ……」

 

 両者は互いに涙を流し、そして再会を喜ぶ。

 しかし、その時間も終わりへと動き出してしまった。

 

 「見つけました!!」

 

 後ろから召使い達が現れ、少年を強引に少女から引き離した。

 少年は少女の方へと手を伸ばし、腕に力を入れて召使いに反抗する。

 しかし、この時幼かった少年では到底召使いには対抗することができなかった。

 

 それからは、少年は両親から罰を受けた。

 

 「あの少女と会うなと、何度も言ったはずですが」

 「でも……」

 「何ですか? 何か文句でもあるんですか?」

 

 母親である女は少年をむちで叩きつけた。

 少年は唇を噛み締めながら、心の中で目の前に立つ女を憎悪する。

 

 『この女が、ボクと少女を引き離したのだ』と。

 

 次の瞬間、母親の口から大量の血液が噴き出た。

 それを見た少年は瞠目した。

 

 しかし、決して悲しんだりなどはしていなかった。

 驚いてはいたが、代わりに嬉々と言った感情が心の中を満たしていた。

 

 母親はやつした顔を苦痛に歪めて、床にたおれる。

 

 その先に佇んでいた一人の男を見て、少年は涙を流した。

 本当に嬉しかったのだ。

 

 「少年、名を何と言う」

 「――アベンジ」

 「そうか、良い名前だな」

 

 すると、男は少年に手を差し出した。

 

 「俺に着いてこい――そうすれば力をくれてやる」

 

 $ $ $ $ $ $ $ $ $ $

 

 男の誘いに乗じた少年は共に世界各地を旅していた。

 しかし、肝心の力と言うものを譲渡してもらっていない。

 

 少年は男と出会って既に数か月の時間が過ぎていた。

 だからこそ、力を貰っていないことに不満を感じていたのだ。

  

 ある日の夜、火を焚いていた男に少年は話しかけた。

 

 「いつになったら、ボクに力をくれるの?」

 「なに、もうすぐで力なんざ手に入るさ」

 「そう言って結局はくれないんでしょ? 前だってそうだったし」

 「確かにな……でも今回は違うぜ」

 

 すると、男がポケットから何かを取り出した。

 それはぶよぶよとした謎の塊で、月明かりに反射した光が揺れていた。

 

 「ほうら、これが力の元さ。これを食べれば、すぐにでも力を得ることができる」

 「これが……力の元……」

 

 少年はぶよぶよした何かを受け取り、それを喰らった。

 口の中に謎の液体が広がり、少年はその不味さに顔を歪める。

 

 それを見ていた男は愉快そうにかかっと笑う。

 

 「全部、食べたけど……」

 「そうかそうか。食っちまったのか」

 

 すると、少年は悶えだした。

 

 全身に謎の鈍痛が広がり、嘔吐感と不快感、ましては手足の節々に赤い斑点が現れ始めた。

 少年は堪えきれずに吐瀉物をぶち撒け、体を襲う痒みに顔を掻き毟る。

 

 「これでいいだろ、ボス」

 「あいよ」

 

 その瞬間、男の近くから柄の悪そうな男が顔を出した。

 柄の悪い男は少年を見下ろして、愉悦に顔を歪めた。

  

 「こいつは大した奴だ……完璧に症状が現れてやがる」

 「な、にが……」

 

 少年は薄れゆく視界と意識に襲われる。

 

 そして――そのまま死んだように気を失ってしまった。

 

 $ $ $ $ $ $ $ $ $ $

 

 「ここは――」

 

 少年は目が覚め、顔を上げた。

 

 見知らぬ牢獄に、少年は幽閉されていた。

 目の前にはあの柄の悪い男がいた。

 

 「起きたのか」

 

 男は少年の頭を掴んで持ち上げ、ニヤリと笑った。

 少年は鎖で拘束されていたため、男が頭を掴んだ瞬間にじゃらりと音が鳴る。

 

 「今から俺はお前にある実験をする。死ぬなよ?」

 「ひっ――!」

 「そう怯えるな」

 

 少年は男の発言に恐怖した。

 彼の言葉から、『拷問』されるということを見抜いたのだ。

 

 「まずは病原菌をお前に送り込む――」

 「や、やめっ……」

 

 少年はここでやっと、あの夜に食べたものが病原菌の塊であることを悟った。

 だが、それももう遅い。

 

 少年は口の中に塊を押し込まれる。

 咀嚼しないように、飲み込まないように精一杯口を開いていたが、男は無理矢理少年の顎を押して塊を噛ませた。

 

 少年は耐えきれず、塊をその場に嘔吐する。

 

 「おいおい、吐くなよ……」

 「い、嫌だ……食べたくない!!」

 「それは無理だな」

 

 男は嘔吐物を手に取り、少年の口の中へと押し込んだ。

 少年は抵抗するも、再び顎を押されて塊を咀嚼してしまった。

 

 その瞬間に嘔吐感が全身を襲う。

 しかし、少年は必死にそれを堪える。

 

 もしかしたらこれを食べただけで実験が終わるかもしれないと、そう踏んだからだ。

 

 「良く食べれたねぇ……じゃあもう一個、別の種類の病原菌の奴を」

 

 しかし、そう上手くはいかなかった。

 紫色をした塊が、少年の口内へ侵入する。

 

 少年は再び嘔吐感に襲われる。

 それほどに体がこの異物を食さないように抵抗しているのだ。

 

 だが、無理矢理食べさせられ――少年は涙目で次の塊を目にした。

 

 「まだまだ食べろよ?」

 

 男の言葉に、少年は心の底から絶望した。

 

 ――その日の夜。

 

 「お姉さん達、君のことが好きみたい」

 「あ……」

 

 数人の女が、牢獄へと入ってきた。

 女達は少年の体に触れ、そして服を脱がせてきた。

 

 「可愛いわぁ……」

 「性病持ってるけどいっか」

 「襲いたくなっちゃう」

 

 女達はそう言い、少年を犯した。

 

 その行為は夜が明けるまで続き、少年は虚ろな瞳で天井を見上げていた。

 

 それからというもの、少年は毎日のように病原菌を食わされ、更には骨を折られるなどの暴行を加えられた。加えて毎晩のように性病を持った女に犯され、時には男にも犯された。

 

 全身が汚れてしまった少年は、ある少女を思い出した。

 

 「あ……」

 

 その少女は自分にとって大切な人物であったのだろう。

 だが、もう鮮明には容姿を覚えていなかった。

 

 「じゃあまた、実験をさせてもらうぞ」

 

 男が現れ、そして少年に病原菌を食わせてきた。

 

 病原菌による作用に体が慣れてしまい、もう嘔吐することも不快になることもなかった。

 

 「もう病原菌は食わせなくていいようだな……じゃあ、これからは全身の骨を少しずつ砕いていくことにする」

 「あ……」

 

 少年の右手を持ち上げ、男は笑った。

 

 「まずは親指、次に人差し指、続いて中指、更に薬指、最後に小指だ……!!」

 「ああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 少年は痛みに絶叫する。

 滂沱とし、痛みと今までの拷問により、痛みを受け取る神経が麻痺していった。

 

 神経の麻痺と言うよりも、脳が衰弱していると言った方が正しいのかもしれない。

 

 少年は指の全てが不自然な方向へと折り曲がった右手をだらりと下げ、気を失った。

 

 しかし、すぐにまた新たな苦痛に目が覚めた。

 

 「何寝てんだよ」

 

 見知らぬ男がいた。

 だが、少年はすぐに思い出した。

 

 定期的に少年を犯しにくる男だった。

 男は少年の絶望した表情を見てニヤリと笑う。

 

 「その表情が堪らなく興奮するんだ……駄目だ、もう我慢できない」

 

 結局、少年は成す術もなく男に体を弄ばれた。

 

 $ $ $ $ $ $ $ $ $ $

 

 「――誰だっけ」

 

 少年は紫色に腫れあがった右手を動かしながら、そう呟いた。

 

 一人の少女が脳裡に浮かぶ。その少女は明朗な笑みを湛えて、少年に何かを言っていた。

 それはとても懐かしいと思ってしまう記憶だった。

 

 すると、左耳にずきりとした痛みが広がった。

 

 「あああああああああああっっっ!!!!」

 

 左耳が欠落していた。

 

 「そういえば昨日、あの男に耳を引き千切られたんだった」

 

 少年は虚ろな瞳でそう言った。

 

 すると、牢獄の扉が開かれた。

 その扉の向こうからは、またあの男が現れた。

 

 「今日も実験をするぞ」

 

 男はペンチを手に持ち、それをかちかちと動かしながら笑った。

 そして少年へと歩み寄り、一切合切、怪我を負っていない左手を持ち上げた。

 

 「左手の指を全て折ったうえで、こんどは手首――そして両足の指を全て折って、最後には歯を一本一本抜いていくか」

 

 酷烈で陰惨な台詞を吐き散らし、男は少年の指を折っていく。

 その度に少年の絶叫が牢獄中に轟く。

 

 少年は指を全て折られたあげくに、手首を折られた。

 続いて両足の指を全て折られ、無理に口を開けられて奥歯をペンチによって抜かれた。

 

 鮮血が牢獄の床へと飛び散る。

 しかし、何故かその血は煙を上げていた。

 

 「ふぅ……じゃあこれで今日は終わりか」

 

 すると、少年の傷口から煙が上がり始めた。

 それを目にした男は瞠目どうもくする。

 

 「これは一体……」

 

 男は驚愕を表情に表し、少年に顔を近付けてくる。

 少年は俯いたまま、何も言わない。

 

 しかし、次の瞬間――男は殴り飛ばされていた。

 

 「ごほぉっ……!!」

 

 その男を殴り飛ばしたのは、一人の騎士だった。

 騎士は少年へと駆け寄り、「助けに来たからな」と声をかけた。

 

 $ $ $ $ $ $ $ $ $ $

 

 少年はその後、一人の騎士によって救出された。

 そして、少年を拷問していた男は処刑された。

 

 騎士はと言うと、少年を救出した後に家へ住まわせていた。

 

 「お前、名前何て言うんだ?」

 「アベンジ」

 「そうか……オレはグランドだ。別に覚えてもらわなくても結構だが」

 「グランド」

 

 騎士――グランドの名を呼び、少年は無感情な表情を笑みに歪めた。

 

 それほど、少年はグランドによって救われたのが嬉しかったのだ。

 

 それからというもの、グランドには妻がいることが分かり、その妻からも少年は優しく接してもらった。

 

 「アベンジ、ご飯よ」

 「はい」

 

 グランドの妻が少年を食卓へと誘った。

 そして食事を摂り、少年はその最中に思わず涙が溢れそうになった。

 

 やっとまともな食事を摂ることができたのが、グランドとその妻が優しくて仕方がなかったからだ。

 だからこそ、少年は心の底から二人には感謝していた。

 

 しかし――、

 

 「――近頃、ここで戦争が起きる」

 「そんな……! じゃああなたは……」

 「ああ、行かなくちゃいけない。お前はアベンジを連れて逃げてくれ」

 

 別れというものは突然だった。

 

 その後、少年とグランドの妻は家を離れた。

 しかし、

 

 「おい」

 「だ、誰ですか……!?」

 「可愛いじゃん……年は幾つ?」

 「は、離れてくださいっ!!」

 

 グランドの妻は道端で出くわした男に絡まれていた。

 男はいやらしい笑みを浮かべ、グランドの妻を路地裏へと連れていった。

 

 少年はその後を追いかけようとしたが、男に蹴り飛ばされて意識を失ってしまった。

 

 だが――彼女のすすり泣く声が、うっすらとした意識でも鮮明に聞こえた。

 

 $ $ $ $ $ $ $ $ $ $

 

 「――ああああああっっっ!!!!」

 

 少年は路地裏で死んでいたグランドの妻を見て、泣き叫んだ。

 もっと自分が強ければ、こうはならなかったのに。

 

 続いて、街の広場にあった看板に戦死した者の名が記されていた。

 そこにはグランドの名もあった。

 

 少年は恩人を失い、更には行く宛ても失った。

 

 だからこそ、少年は看板に書いてあった国の名前をじっと見ていた。

 

 「エルヴェル帝国……!」

 

 グランドが戦争に行かなければ行けなかった理由。それはエルヴェル帝国という国が戦争を起こしたからだ。

 きっと、その国の軍隊にグランドは殺されたのだろう。

 いや、絶対にそうだ。


 少年はストレスのあまりに浮き出てきた紫色の斑点を、血が出るほどまでに爪で掻き毟った。

 すると少年が掻き毟った皮膚に、煙がたかる。

 

 「瘴気……そうだ、そんな名前だった」

 

 柄の悪い男がこの煙のことをそう呼んでいた。

 

 瘴気だけは少年の傍から離れないでくれるのだ。

 

 最初は、貴族として平民の少女と出会うことを禁止された。

 次に、母親にしいたげられた挙句に殺し屋の男と出会って騙された。

 その次に、毎日のように拷問を受け、夜は慰み物にされた。

 最後に、恩人を帝国軍によって惨殺された。

 

 「――あの子に会いたい」

 

 明るい笑顔が特徴的だった、あの少女を想起した。

 少年はそれを思い出し、ふと、近くにいた少女を見た。

 

 「この少女はもしかしたらあの子かもしれない」

 

 少年は記憶の中に、曖昧と映る少女を考える。

 もう顔も声もはっきりと覚えていない。

 

 「家族も欲しい」

 

 少年はぼりぼりと首筋に爪を立てる。

 

 「自分を見捨てないでくれる、優しい家族が」

 

 そう呟きながら、少年は歩いていく。

 噴水の近くではしゃいでいた一人の少女に近付き、

 

 「ボクは君の『お兄ちゃんだよ』」

 

 哄笑こうしょうしながらそう言った。

 

 「そうさ、世界なんてどうせくだらないもんだ」

 

 本当に、少年をここまでおかしくした世界はくだらないな。

どうも、焼き鮭です。今回は、カタストロフィ家の『お兄ちゃん』ことアベンジの過去です。

もし

「面白い!!」「敵なら完全な悪として描いてくれよっ!!」「リキアを出せ!」

と思った方はブックマーク、そして↓の☆を押して作品の評価をしていただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ