63 ダ女神様と執事さん
「マルセル、色々と世話になったのじゃ」
「いいえ、こちらこそ大変楽しく過ごさせていただきました」
毎度のことながらケントさんのおかしな行動ではあったが、そのお蔭で回復をされたサフィール様が寝台に座られており、私はその前に膝を着いている。
そうしないと視線の高さが合わないのだ。
「此方は、其方との約束を果たせたであろうか?」
「新たな名前と存在―――にございますか?」
「そうじゃ」
「十分でございます。今でも凶刃と呼ばれることはありますが、すでにお嬢様の執事として皆が見てくれており、私も構えることなくそれを受け入れられています―――どうやら少し意固地になりすぎていたようです。それをお教えくださったのですね」
私は自分自身が自然な笑顔を浮かべていることを感じた。
「其方の好きなように考えれば良いのじゃ。サフィールは望まれた形でおるものと言ったであろう?」
「はい・・・・・・ではこのまま残っていただくことを、望んでもよろしいのでしょうか?」
「それが其方の真の望みであればな」
「―――やはり意地悪でいらっしゃる」
「其方にだけは言われとうはない。あの者の口癖じゃな」
「ケントさんですね」
「いや、剣人じゃ」
私にだけ分かる程度の話だが、サフィール様はケントさんを凄腕の剣の使い手として呼ばれる時は、我々と少し違う呼び方をされる。
「何とか助けたいとの思いで連れて来たが、あの者はこのままこちらでも十分生きて行くことはできよう。しかし転生時に望みおったことすべてが叶えられてまだ残ると言うかじゃな。あれも父親に似て蒼玉を愛しておるからな」
「サフィール様はとても嬉しそうでいらっしゃいます」
このような柔和な表情を普段は決してお見せにはならない。
私の前なればと嬉しくもあるが、その原因はケントさんにある。
とても複雑な気持ちだ。
サフィール様から聞く限りでは、ケントさんの御父君は伝説の英雄ユージーンらしい。
お蔭であの剣技にはあっさりと納得できるが、私は何とも言いようのない別の気持ちを抱いている。
私が望んでも決して手に入らない程の腕がありながら、剣の道を究めようとしないケントさんが全然分からない。
いや、本音は剣だけではない―――。
「ケントさんのお望みは、次男の気楽な立場で、ミユウさんのパン屋を手伝いながら剣の試合に出てサユリさんと遊ぶ、でしたか?」
「大体はそんな感じじゃ。まさか美優も小百合もあちらの世界から連れてくるわけにはいかず、それぞれミウとユーリを代役に立てたがすべて叶えられたはずじゃ。ついでにユーリのサフィールになるとの望みも叶えながらではあったが、今回のように迷惑を掛けてしまうのは此方の望みではない」
「―――はい。倒れられたのもそうですが誘拐は本当に参りました」
私は、あの時のことを今思い出しても腸が煮えくり返ると同時に心底寒気がする。
「強すぎるサフィールはユーリには荷が重かろう。潮時としてはちょうど良い頃合いになったと思う」
「私が私自身の存在をサフィール様のお蔭で見つけ出せたように、それぞれ皆様もご自身を取り戻されるべきなのですね」
「そういうことじゃ」
「―――承知しました。であれば我が主よ・・・・・・一度だけ私の我儘をお聞き届けくださいますか?」
どうしてこのようなことを口走ってしまったのか。
だが私は自分を止めることができなかった。
「其方はとても良くしてくれた。できることであれば叶えよう」
「ありがとうございます―――少しだけ抱擁をお許しください」
「・・・・・・何じゃと?」
大きく蒼い目を見開かれたサフィール様のご様子に私は我に返った。
「も、申し訳ございません―――」
本当に私は何を言っているのやら。
しかしサフィール様は怒られることなく笑って仰られた。
「ユーリの体を抱きしめるなど、馬に乗せる時も何かに蹟いた時も嫌と言うほどやっておろう?」
「ユーリお嬢様―――ならばそうですが、サフィール様でいらっしゃる時は私にはありませんでした」
「其方にはと言うことは、ああ――剣人はそうか」
「はい」
残念ながらユーリお嬢様には、あれだけの敵衛兵の前へ姿を見せるような胆力はない。
またあの場でケントさんのお名前を詰まらせられたのもその証拠だ。
そして御慈悲馬車からサフィール様を救い出したのはケントさん。
時間を最優先し、単独行動のしやすい彼に軽騎先行の役目を与えたのは私だ。
だが本音で言えば、私自身で直にお救いしたかった。
「何じゃ、いい年をしてヤキモチか」
「悪うございましたか」
「底意地が悪いと評判の其方も存外かわいいところがあるものじゃ。構わん、近う寄るが良い」
「畏れ入ります・・・・・・」
そして私は女神様の心を持った大切なお嬢様を恐る恐る抱きしめた。
本当に無事でよかった。
自然と涙が流れた。
―――もうすぐおられなくなるのだ。




