64 チーズの誘惑
今日はユーリお嬢様無事奪還及びゾングル族同盟結成祝賀会が開かれるらしい。
そのため何かと準備が必要なお嬢様はもちろんいらっしゃらない。
ミネバさんも一緒だ。
そしていつもの部屋に俺が一人でいたところへ、手が空いたらしいマルセルさんが戻って来られて椅子に座られた。
「ケントさん、聞きそびれていましたがあの時に使われた剣のことで―――」
「剣? 何のことですかー?」
俺はわざとらしくすっとぼける。
だってあの後武器庫の棚へ戻した瞬間にポッキリ折れちゃったからこっそり埋めちゃったし、もう何処にもないよ。
完璧な証拠隠滅・・・・・・いや、ひょっとしてお嬢様のダウジングなら見つけられるかもしれないから、まだ暫くは気をつけよう。
多分いきなり無理をさせすぎたのだろう、
俺はまだまだ力加減ができていないから刀を傷めると、クソゴリラに言われていたことだ。
マルセルさんのことだから、あの刀を持った俺と手合せしたいとか言い出すとは思っていたので先手を打ったのだ。
そんな俺の様子に肩をすくめながらマルセルさんは話を続けた。
「―――まあいいでしょう。そう言えば弓矢も使えたのですね? それも騎乗の手放しで。とてもお見事でした」
「あれー言ってませんでしたっけー? 夜店の射的でー・・・・・・」
いやいやこっちに夜店はないし、射的で騎乗はもっとない。
く、苦しい、そろそろ限界だぞ?
俺の背中に嫌な汗が流れ出した。
しかしマルセルさんの次の言葉の方が、俺に更なる強烈なダメージを与えた。
「そうそう、御慈悲馬車は弁償ですよ?」
「へ?」
「さすがにハマーム様のご登場で交渉へと持ち込めそうな雰囲気になったところへ、突然剣を振りかざして狂ったように暴れ出したのですから」
―――マジで?
でも俺も交渉じゃないけど哄笑はしたよ?
・・・・・・冗談です。
「お嬢様が塩釜パンとクルミパンを百年間、毎日持参で勘弁してあげると仰っていました。良かったですね、半額近くに値切れて」
「―――は、ははは」
いつもに輪を掛けて意地悪そうな笑みのマルセルさんに、俺は乾いた笑いを返した。
話を額面通りに受け取ると、俺は馬車の弁償のために馬車馬のように焼き続けなければならないことになる。
元の世界へ戻るって話は何処へ行った!?
それも百年ってどんだけ長生きする気だあのお嬢様は―――て神様だったな。
一気に机へと突っ伏した俺へマルセルさんが静かに立ち上がり声を掛けた。
「大事なことをすっかり忘れていました。ケントさんも準備をして会場へ急ぎましょう」
「・・・・・・」
呼びに来てくれたならさっさと連れて行ってよ。
俺はマルセルさんの後に続いて、お屋敷の大きなホールヘと入った。
普通に町の公民館くらいの広さがある。
豪華な装飾のある大きな窓があったり、ニ階には広いバルコニーが設けられている。
やはり元々はお城なのだと改めて感じさせられた。
俺は、今回のお嬢様奪回の殊勲者としてお呼ばれをしているのだが、見知った顔の衛兵達がこのようなハレの場に呼ばれることもなく、とても肩身が狭い。
数少ない顔見知りのマルセルさんやオリオン中隊長は何かと忙しそうに動いておられる。
ユーリお嬢様に至っては、遥か向こうの一番高い席でご領主様に並んで来客から挨拶を受けるお立場だ。
ふと見れば手首に蒼い腕輪が光っていた。
近くに若様も見えたので、どうにか取り返したのだろう。
周囲をどれだけ見回したところでやることのない俺は、適当に腹を満たすためにテーブルへ置かれた料理に手を付けることにした。
そしてある物を見て手が止まってしまった。
何だこれは?
どうしてチーズがあるんだ?
俺は思わず目を輝かせた。
店ではパンを焼くために椿油やオリーブオイルと言ったある意味贅沢なものを使っている。
まだバターなど乳製品を加工する技術がサフィルネにないからだ。
しかし机の上には間違いなくチーズが並んでいる。
だが誰も手を伸ばそうとしない。
あまり見たことのない物である以前に、チーズ独特の句いが忌避されているのだろう。
それほど強烈な匂いを醸し出している。
しかし俺は試したくてしようがない。
これが使えればピザパンもできるし、作るのが困難だったクリームの材料にできるかもしれない。
遠巻きに俺はチーズの皿を見ながら、誰かが手を付けるのを待っていたが、誰も近寄りさえしなかった。
結局、誘惑に勝てなかった俺は意を決して数切れ皿に取り、奇異の目にさらされながらバルコニーヘと逃げ込んだ。
持った感触ではそれほど柔らかくはない。
しかしこの白さはカマンベールチーズのようだ。
口に入れると残念ながら少しパサパサして繊維質に感じたが、すっきり系のチーズの味だった。
ピザパンヘの活用は難しそうだが、アクセント付けなり色々使い道は考えられる。
そう言えばチーズで小百合のフィギュアを作ろうとか思っていたよな。
こっちでユーリお嬢様のを作ったらどうなるのだろう。
俺の店の新たな呼び物になるか?
それともやはり恒例の変態扱いに拍車が掛かりそうか?
・・・・・・考えるまでもなく後者だ。
「何をニヤニヤしておるのじゃ」
俺があらぬ想像をしていると、背後へいつの間にかユーリお嬢様の姿をしたダ女神様がやって来ていた。
「やはり真っ先に手にしたのは其方であったか」
「へ?」
「それは先日、ハマームが連れて来た東方の隊商が持っていたもので、この町ではこれまで誰も見たことがないから手を付けようとしなかったであろう?」
「みたい―――ですね」
「実はそなたが剣人かケントかを確認するため取り寄せたのじゃが、結局無駄に終わったのじゃ」
・・・・・・俺は撒き餌に見事引っ掛かったわけか。
しかもケントの確認で―――か。
女神様の話では俺の中で寝たようになっているらしいから罪の意識がほとんど無かったが、俺もつまりは自分のことしか考えていなかったことを思い知らされた。
ブックマークありがとうございます!




