57 変態神楽『狂気の舞』
どうしようもなく馬を停めた俺のところへ、マルセルさん達も追いついてきた。
俺達の目には何故か動かなくなった馬車が映る。
御者台から降りたルーカスがその場に居た一人の男へ何か身振りをしながら話し掛けていた。
マルセルさんはその男をこの場のリーダーと見立てて馬を静かに進めた。
一触即発の不穏な空気が辺りに漂う。
「我が領内の問題だ、早々に馬車を渡してお引き取り願いたい」
「この馬車が我々に助けを求めたのだ。お前達こそ本当にサフィールの衛兵か?」
「私の名はマルセル。サフィール様を連れ出そうとする輩であれば聞いたことくらいあるだろう?」
「―――」
敵兵の後方が少しざわついた。
凶刃の勇名は健在のようだ。
そしてさすがにゴリ押しなのは理解している敵兵のリーダらしき男は、少し返答に詰まったみたいだった。
後々のもめごとに備えて、できれば平和裏に済ませたいとの気持ちは残っているらしい。
しかし敵の背後には増援がどんどん増えている。
それに改めて力を得たのか、敵のリーダが無言で一歩馬を進めた。
マルセルさんもついに剣の柄に手を掛け、もはや衝突が避けられそうにない。
俺も本気で覚悟を決めた。
「ケントさん、私が突っ込みます。その隙にお嬢様を何とか助けてください」
「―――それは僕の役目です。マルセルさんこそユーリ様をお願いしますっ!」
俺が刀の柄を握り敵のリーダへ抜き打ちを仕掛けようとした瞬間、俺と敵の馬の足元へ突然十本以上の矢が突き刺さった。
俺は慌てて馬を棹立ちにさせてその場にとどまる。
「まったく君達は、僕のユーリと大切なパン職人をどうしようというのかな?」
聞き覚えのある声に俺は急いで振り返る。
「やあ、マルセル、ケント。間に合って良かったよ」
爽やかスマイルの若様の背後には真っ白なターバン軍団が続々と従っていた。
「サフィルネはゾングルと同盟を既に結んでいる。盟友の危機はすなわち我の危機。それでもよろしいかな、レンツァの衛兵よ?」
いきなり現れた俺達の援軍に、敵のリーダも呆気に取られたのか全く動こうとしない。
俺が以前店の前で見た白ターバン達はほんの一部だったらしい。
今は優に十倍はいると思われ、お蔭で兵力は互角以上に持ち込めた。
誰もが固唾を飲んで敵のリーダーの返答を待っていると、不意に動かなくなった馬車の扉がゆっくりと開いた。
「だーれーがー、だーれーの、ユーリよおっ!!」
「け、ケーンートは、私のお、パン屋よお!!!」
ユーリお嬢様が顔を見せるなり叫ばれた。
その一瞬、誰もが訳も分からず空白がその場を支配した。
ここだ!!!
俺は一気に馬を走らせて馬車の後方で飛び降り、その勢いも利用して渾身の力で居合の抜き打ちを放った。
ほぼ狙い通りに左隅の車輪とその上の荷台まで真っニつにぶった切り、再び俺は馬に跨った。
重量バランスの崩れた馬車の後方がバイクのウイリーのように地を離れ、斜めになった馬車からお嬢様が危うく外へ放り出されそうになる。
「ユーリお嬢様っ!!」
俺は素早く馬を寄せて右手を伸ばし、お嬢様の腰へ回してその体を受け止めた。
助け出せたお嬢様の手首にはサファイアの腕輪と縄で縛られた赤い痕が目を引き、その手には俺が以前に渡したパンナイフがしっかり握られていた。
―――このクソ野郎ども、俺の大切なお嬢様を傷ものにした代償はきっちり払わせてやるぞ!!!
思わず右腕に力が入り、お嬢様の小さな悲鳴が聞こえたが俺は緩めなかった。
ここで動かれて落っことしてしまうと非常に困ったことになる。
主演女優が舞台下へ落下なんて笑うに笑えない。
もはや変態神楽『狂気の舞』の幕は上げられたのだ。
俺は手にした刀をわざと唇に当てて舐めずり回し、血を刃へ滴らせる。
「まだやる気があるなら、お前ら全員、この馬車のようにしてやろうかぁ?」
この日本刀と衛兵達の持つ西洋剣では基本性能が段違いだ。
それに俺には海ゴリラの苛烈なしごきを受けて身に着けた居合の技がある。
お前達がどれだけ頑張ってもこの刀を持つ俺には絶対勝てない。
今からそれを思い知らせてやる。
それも二度と大切なお嬢様に手出しをしようなどと思わない程に―――。
俺はこれ見よがしに再び刀を鞘走らせ、馬車の車軸の荷台もあっさり叩き切った。
「その紙切れ同然の鎧で俺と遊んでくれる勇者はいるのかぁ? あー!!?」
次に馬車の庇の部分を下から数回鋭く切り上げ、尖った破片をわざと敵の隊列へ次々と落とす。
裂帛の気合いと共に一閃させた刃からは俺の血が飛び散り、最前列の敵兵の顔ヘこびりついた。
この光景に怯んで後ずさりをする者、思わず息を止める者、あからさまに嫌そうな顔をする者。
俺はその中で一番怯えていそうな者へ刀を真っ直ぐに向け、馬を棹立ちにさせてあたかも突っ込むかのような素振りを見せた。
「ヒッ!?」
その敵兵は小さな悲鳴を上げて見苦しい程に大慌てで後ろへと回り、そのせいで敵の隊列に乱れが生じた。
「ったく情けねえな。お前らその程度で俺の前に立ちはだかるつもりだったのかぁ? あー!!?」
俺は直ぐ目の前にいる敵兵の一人一人に切っ先を向けてゆっくり動かした。
視線、表情、気合い、血まみれの刀で宣告をする。
お嬢様に何かあれば、少なくとも俺の視界にいる奴は全員必ず斬り殺す。
その力が俺にはある。
お前らに覚悟はあるか?
俺の大切なお嬢様を連れて帰るお使い程度にしか考えていない緩い頭で、命と言う法外な駄賃を支払う覚悟が。
そして俺はこの場で最も落ち着きを無くしている一人の男の前で、真っ直ぐに刀を止めた。
「お前と、このボロ馬車さあ、どっちが固いのかなー。試していいかなー? フハハハハっ!!」
血だらけの口を大きく開けて目を血走らせながら、俺は敵のリーダに向けて哄笑をかました。
これならグラサンを外した充血海ゴリラにも匹敵するだろう。
俺なら見て見ない振りをする、絶対近づきたくないヤバい奴だ。
それは図らずも味方が証言をしてくれた。
「―――いるわけないでしょう。鉄板を張った馬車を易々と切り刻む不気味な剣の相手をしたがる物好きは」
「まったくだ。颯爽と援軍で登場したのに見せ場を取られるとはな」
俺の左右にマルセルさんと若様の騎馬が、油断なく武器を構えて出てきた。
同時にこちらの衛兵と白ターバンの男達もじりじり上がって来ると、敵の兵達は徐々に下がり始める。
そして俺の右隣りから目を細めた凶刃が一歩、また一歩馬を前に進める。
その動きに押されるように敵のリーダーは馬を下げながら配下の落ち着かない様子を見回すと、右手を上げて大急ぎで撤退を始めた。
だが俺は敵兵の最後の一人が橋を越えるまで刀を決して動かさず、鬼の形相も崩さなかった。
―――やっと行ったか。
誰が口にしたのかは分からないが、みんなの緊張が徐々に解け始める。
俺もこわばった体から力が抜けた瞬間、お嬢様をそのまま落っことしてしまった。
あ・・・・・・主演女優の舞台落ちで幕引けとは何て無様な演目だ。
しかし俺の出番はまだ続いている。
やだなー、このまま終わってくれないかなー。
無理だよなー。
恐る恐る下を見れば―――目と顔を真っ赤にして涙だらけの顔で俺を見上げるお嬢様。
あんな敵よりこっちの方が絶対怖い。
助けてマルセルさん・・・・・・。
弱り切った俺の目に映った執事さんは、いつものニコニコ顔になっていた。
だよねー、面白いよねー、絶対大好きだよねー、俺の不幸が。
そして舌と唇とみんなの視線が益々痛い。
ああ、やらなきゃよかった。
いつもお読みくださいましてありがとうございます。
本話はかなり頑張りました。
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