58 まったく何が何やら
誘拐騒動が終わり、まだ何かとざわついてるお屋敷のいつもの部屋へ出しにくい顔を俺が見せると、ユーリお嬢様やマルセルさん、ミネバさん以外にもう一人、若様の姿があった。
「やっとお出ましか、ケント! お前は一体何者だ!?」
いずれは来るとは思ったが、はてさて困ったぞ。
お嬢様でもなくマルセルさんでもなく、まさか一番手が若様とは。
黙ったままの俺の両肩を掴んだ若様の勢いは止まらない。
「あの剣は遥か海の向こうからもたらされ、俺達の祖先がかつてザーブヘ伝えた武器だ。どうしてそのように反った片刃の剣を使いこなせるのだ!?」
両刃直剣の西洋では当然の反応なのだが、さて困ったな。
「た、たまたま、ですか?」
「ふざけるな!!」
「まったく、もう少しましな答えをすればよいものを。ハマームよ、その者はかのユージーンの関係者じゃ」
へ?
俺も知らないことをあっさりと、それにおかしな言葉遣いでお嬢様が口にされた。
「ユージーンの関係者だと? ただのパン屋ではないのか!?」
「サフィール様!!」
マルセルさんが珍しく取り乱している。
「マルセル、もう良い。剣人、どうやら記憶は戻っておるのじゃろう? あれはサフィルネにはない蒼玉の技。これでやっと其方と話せるのじゃ」
「ユ、ユーリお嬢様?」
「分からんか。やはり蒼玉を継ぐにはまだまだじゃな、このひよっこは」
「・・・・・・ひょっとしてダ女神様?」
「ダ女神言うな!」
あ、当たりだ。
「しかし記憶喪失の振りなどと面倒なことをしてくれたお蔭で、とんだ遠回りだったのじゃ」
「ユ、ユーリ、どうした、その言葉遣いは? それにさっきから何を言っている?」
「おお、ハマーム、ちと込み入った話でな。少し席を外してもらいたいのじゃ」
「何だと?」
「ハマーム様、大変申し訳ありません。ご無礼」
マルセルさんとミネバさんが、お嬢様の意図を受けて若様を両方からがっちり捕まえると有無を言わさず部屋から連れ出してしまった。
・・・・・・ほんとにいいのか?
呆気に取られながら若様を見送る俺に、ユーリお嬢様の顔をしたダ女神様は一切気にすることなく話を始めた。
「では本題じゃ」
「お、おお」
「剣人よ、其方は日本へ帰りたいか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・・・・か、帰れるのか?」
ダ女神様の登場ですっかり気が動転している俺へ、更にダメ押しの御言葉が下された。
「今すぐは無理じゃ。しかし帰る準備が整えば可能ではある」
「良く分からないが、その準備って何だ?」
「其方には関係ない。帰りたくなければ不要、それだけじゃ」
あまりにもあっさりとした態度は、俺が決めるべきことは他にあるから立ち入るなとのことだろう。
ならば俺は俺のなすべきことをするだけだ。
「・・・・・・少し考える時間が欲しい」
「もちろんじゃ。しっかりと考えて納得のいく結論を出すが良い」
「ほ、本当に御山の女神様なのか?」
本音では分かっているのだが、心の整理をつけるためにあえて俺は尋ねた。
「其方を帰してやる此方へ、ハンバーガーとポテトを供えよと言えば信じられるか?」
「―――間違いない。疑って悪かったよ」
そして触れられずにいられない、若様への突然のカミングアウトの意味を尋ねた。
「ユージーンって―――やっぱ、アレか?」
「想像に任せるのじゃ」
・・・・・・くそ。
満足そうに笑うダ女神に俺は真実へ到達したことを思い知らされた。
巧みに剣と馬を操った雲を掴むような両手利きの大男。
俺の関係者でそんな奴は一匹―――じゃない一人だ。
そいつは今も日本に間違いなく居る。
つまり俺も同じく帰れるらしい。
死んだはずなのに何でもアリだな。
だがそうなると、実はロリゴリラもどこかで死んでいたことになる。
俺が知らないと言うことは海の上でか?
それとも実は海上保安官なんてやってなかったのか?
美優の親父さんが言っていた、海ゴリラはやることがなくなって帰って来たらしいが、それってサフィルネとザーブ帝国を救ってしまったからって意味か?
親父、本当に何をやってるんだ!?
それを聞くためだけでも帰りたくなってきた。
だが本当に大切なのはそんなことじゃない。
俺が転生してこちらに居るのは、ダ女神様のお蔭だってのは分かっていた。
だとしても何故そのダ女神様も居るんだ?
俺が帰らなければダ女神様も戻れないなら、何がなんでも帰らないといけない。
俺は日本でもおかしな神楽を舞って、ダ女神様を神界へ還れなくしている。
その続きでこちらへ来ているなら―――絶対にマズい。
御神体の御山に神がおられないなんて、神主として決して許されない。
「女神様、確認だけど俺が帰らなければ女神様も日本へ戻れないのか?」
「条件が整えば、此方は何時でも帰れるのじゃ。どうせ其方が神界への道を閉ざしたやつと混同しておるのであろうが、それは違うのじゃ」
「そ、そうなのか、ならいいのだけど」
だとしたら俺はもう一つだけ聞かなければならないことを切り出した。
「夏祭りはどうなったんだ?」
「左様なこと何も心配いらんのじゃ。雄司がしっかりやっておろう」
「あ、ああ、そうだよな―――え?」
息子が死んだのに夏祭りは続いているだと?
さすが海ゴリラ、どこまでも恐ろしい男だ。
こんなふざけた感想も、きっと俺が転生をしているから気楽に持てるのだろう。
いや、海ゴリラもこっちへ来たことがあるなら、ひょっとして今の俺の状況を分かっているのか?




