49 凶刃と呼ばれた男 その1
オリオンはまだ訓練所か?
あいつが居なければ適当に弱い奴らをいたぶって―――ではなくて鍛えてやって、憂さ晴らし―――ではなくて小隊の強化を図ってやろう。
俺の名前はマルセル。
サフィルネの町の衛兵第一大隊第五小隊長を務めている。
過酷な訓練と俺自身のこの身の成り立ちで、凶刃マルセルなどと呼ばれているが、迷惑もいいところだ。
そこまでひどいことをしているつもりはないが、極限状態でものを言うのは日頃の鍛え方との信念のもと、常に俺自身と部下にも容赦をしていないのが原因だろう。
衛兵隊は、大隊が三つあり、一個大隊は三個中隊、一個中隊は十個小隊で構成される。
大隊の番号には序列はなく、第一大隊でも第三大隊と同格だ。
しかし中隊と小隊は違う。
各大隊の第一中隊は第一小隊から第十小隊、第二中隊は第十一小隊から第二十小隊、残りが第三中隊だ。
小隊は概ね二十名で構成されるのだが、第一から第十小隊までは競技会の戦績順に配属される。
つまり上位者ほど数字の小さい小隊になる。
競技会を経ない志願者は、第十一小隊以降へ適当にあてがわれる。
周りの悪友達と同じように、家業を継ぐか衛兵になるかくらいしか将来を考えていなかった俺は、とりあえず志願配属にはならないためだけに競技会へと参加した。
その結果は非常に芳しくなく、俺は悪友達の中で一人だけ第十小隊に配属となった。
つまり競技会参加の者では最下層だ。
俺の悪友達で一番強かったオリオンは、第三小隊に配属だった。
だが仲間内ではオリオンの次に強いはずの俺が第十小隊で、他の奴らはその上の第七や第八小隊への配属だった。
理由は単純かつ残酷だ。
競技会へ出るための装備は自分持ちなので、金があればいい物を準備できるし、そうでなければそれまでだ。
剣の試合であれば、剣、馬上槍試合は馬も槍も必要になる。
特に恵まれた家に生まれたわけではない俺の剣や槍は、近所から適当に借りて仕上げた本当に粗末な装備だった。
結局、配属結果が気に入らなかった俺は、衛兵隊に入ってからも競技会へ参加して戦績を上げ、そのたびに配属先の隊番号をどんどん減らし、凶刃マルセルと恐れられるようになる頃には、隊員として頂点の第一小隊になっていた。
そして第五小隊長を拝命したのを機に、俺は競技会へ出ることを止めた。
衛兵隊へ入ってからも競技会へ参加する者はあまりいない。
俺のように勝ち上がれればいいが、本当に強い者、またはそこそこの強さでもかなり装備の優れた者が参加をしたら、衛兵のくせに負けると言う恥辱を受け、さらに隊降格をもしてしまう危険性があるからだ。
単なる衛兵として第十小隊から第一小隊まで駆け上がり小隊長になった俺を、周りは驚き半分やっかみ半分で、いずれは中隊長かなどと冷やかしていたが、俺自身はそろそろ限界を感じつつあった。
確かに凶刃と呼ばれるほど、俺の剣技は苛烈極まりない。
俺が本気で抜き打ちを仕掛けて止められる者など、この衛兵隊に数えるほどもいないだろう。
しかし槍の方は、そのかけらもないほど拙劣だ。
理由は明白。
俺は極度の近視で、槍の距離でさえ間合いが掴みづらいのだ。
だからこそ剣にひたすら力を注ぎ、一目を置かれるほどになれた。
視力は生まれつきなので仕方がないとあきらめてはいるし、今の第五小隊長というのも適正評価だと思っている。
自分で言って恥ずかしくなるが、一級品の剣と平均以下な槍を足して割ると、ちょうど真ん中くらいだろう。
また俺がいつもニコニコしているのも、はっきり物を見ようとしたら睨んでいるようにしか思われないからだ。
凶刃使いが睨んでいると、誰も寄って来てくれない。
しかし笑顔を浮かべる俺に、部下や対戦相手は死にそうな目に遭わされる。
俺の凶刃としての評判は、俺が望みもしないのに留まるところを知らない。
こう見えても、結構気を遣っている寂しがり屋なんだけどな。
体をほぐしながら部下達をどんな目に―――じゃなく、しっかり鍛えてやろうと考えつつ回廊を訓練所へ急いでいると、俺は飛び出してきた少女とぶつかりそうになった。
別に近視だから見えていなかったわけではない。
何故か突然視界へ入ってきたのだ。
俺は相手を確認するなり、慌てて転倒させないように細い両肩を掴んだ。
ご領主の第四息女、ユーリお嬢様だったのだ。
「大変失礼致しました」
「其方は―――?」
俺の視界に一瞬で蒼い瞳が広がり、朦朧として意識を奪われそうな目まいを感じた。
「だ、第五小隊を預かっております、マルセルと申します」
「ああ―――衛兵隊に入っても競技会へ参加をして、上位の隊へと移り続けた物好きじゃな」
「私のような者をご存じ頂けておりますとは、身に余る光栄にございます」
競技会などのご挨拶とは違う、少し変わった話し方されると思われたが、俺はユーリお嬢様と面識もないし言葉を交わしたこともないので、普段はこのような方なのだろう程度に思った。
俺自身のことは、競技会をご覧になられていればご存じのはずなので、驚くほどではなかった。
だが続けて口にされたお言葉は、さすがに予想外であった。




