<EP_064> 未来へ
撤収作業が終わり、事務所で仕事をしていると進藤が事務所へ入ってきた。
「お疲れ様です、迫水GM」
「進藤さん、来ていらっしゃったのですか」
「ええ、新GMの仕事ぶりも確認しなければなりませんから」
迫水が応接室へ案内しようとするも、進藤は断り、パーティションで区切られた応接ブースに腰をかける。
迫水と対面すると、進藤は顔の前で指を組む。
「素晴らしい仕事でした」
「ありがとうございます」
「ただ……」
「ただ?」
「これが一過性のものになっては困ります」
進藤は静かに目を細め、迫水を射抜いてきた。
「それは理解しています」
「では、どうするおつもりですか?チームの二大スターだった窪田くんと沢田くんを失ったんですよ?スターがいなければ客は呼べません」
「J3昇格直後ですから、来年程度はある程度保つと見ています」
「それでは弱い」
進藤は鋭く遮ってきた。
「監督と話をしたのですが、窪田に関しては工藤を代役にすると言ってました。窪田ほどの足技はなくても、元々ポストプレーの得意な選手ですし、窪田よりも高さがあるのが強みとのことです」
「沢田くんに関しては?彼は今季得点王ですよ。彼の抜けた穴がそうそう埋まるとは思えません」
「沢田に関しては、確かに穴は大きいです。ですが、監督が目を付けていたグェン高崎の入団が決定しています」
「新人に彼の穴を埋めさせるのですか?」
「すぐには無理でしょうが、何年か後には沢田の穴は埋まると監督が言ってます。来季は、猿島の速攻と工藤の高さで勝負できるかと思っています。猿島の脚と工藤の高さは客を呼べると思っています。確かにスターはいなくなりました。ならば新しく作るだけです」
迫水の言葉に進藤は黙って背もたれに身体を預ける。
応接ブースに静寂が流れた。
「チーム収支についてはどうなってますか?」
「今年はできすぎだと思っています。今季同様のマーケティングは続けていきますが、応援Tシャツは既に街へ行き渡っています。今年ほどの売上枚数は期待できません。ただ、新ユニフォームやデラックス版も予定していますので、売上の落ち込みはある程度抑えられると考えています。」
「そこから先は?」
「選手次第です。しかし、平瀬監督なら、新しいスターを育ててくれると信じています」
進藤は姿勢を崩さずに迫水の話をじっと聞いていた。
「そうですか。選手の引き抜きはどうなってます?今年の快進撃ならある程度オファーが来ていると思うのですが」
「はい。特に猿島へのオファーは何本か入っていますが、断っています。来年のスター候補筆頭ですからね」
「しかし、猿島くんはプロ契約です。本人の意向が最優先されますよ。何を売りにして彼を残すつもりですか?」
「進藤さんにお願いしたいことがあります」
迫水は身を乗り出し、進藤の顔を食い入るように見据えた。
「シルバーブルーメは、欧州でスポーツチームを保有していますよね」
「確かに、本社には欧州のクラブ運営部門があります。しかし、日本の地方クラブ一つのために動かせるかは別問題です」
進藤は迫水の思惑を量るように見つめ返す。
「今季、ウチは沢田をグルノーブルに送り出しましたが、あれば日本紡績の伝手を使っています。ですから、シルバーブルーメ本社の伝手を使って、ドイツ下部リーグや欧州下部リーグへの接点を作っていただきたい。Jリーグに行くより、ウチにいたほうが海外挑戦しやすい環境を整えれば選手の引き止めに有効なはずだ」
迫水の申し出に進藤は腕を組み、顎に手を当てて考え込んだ。
「J1やJ2への移籍は、選手にとっては必要なステップです。ただ、ウチに残るものは少ない。選手を送り出した結果、サポーターに残る感情も『奪われた』になりやすい。でも海外なら違う。『ジャガーズが育てた選手が世界へ行った』になる」
「なるほど」
「シルバーブルーメの持つ、欧州でのネットワークをジャガーズの育成システムの一部として活用させていただきたい」
進藤は黙って迫水の話を聞き続ける。
「選手の海外移籍の問題として海外での生活の変化というものが確実にあります。シルバーブルーメのサポートが得られれば、選手も獲得側のチームにもメリットがあるはずです。現役だけじゃありません。引退後もスポンサー企業へ送り込めるよう、水島工業地帯とも話を進めるつもりです」
「ふむ……」
進藤は再び、顎に手を当てて考え込む。
「私はジャガーズを夢が与えられるチームにしたい。選手はジャガーズに来れば夢が叶えられる。サポーターも夢が見られるチームにしたい。スターはこちらで作ります。進藤さんにはスターを逃さない仕組みを作っていただきたい」
迫水はテーブルに手をついて頭を下げる。
「面白い発想ですね。本社へは伝えましょう」
進藤は腕を解いて立ち上がった。
「それにしても、夢を与えるチームにしたいとは『夢や希望を言うなら金を持ってこい』と豪語していた方のセリフとは思えませんね」
不満げに微笑む進藤に迫水はニヤリと笑い返す。
「ええ。夢で腹は膨れません。自分の食い扶持を稼ぐのはプロの最低条件です。……ただ、飯を食うためだけの仕事なんてつまらないでしょう? 死ぬ気で稼いで、自分と他人に最高の夢を見せてやる。それが本当のプロの仕事ってもんですよ」
「では、期待していますよ、迫水GM。こちらに要求する以上、それ以上のものを必ず見せて下さいね」
進藤は「必ず」を強調すると、唇を薄く上げて静かにクラブハウスを出ていった。




