<EP_065> 穴だらけのスーツと石ころだらけの練習場
「おらっ!グェン、いつまでも学生気分でいるんじゃねぇ!サルはもっと早ぇんだよ!」
三月の開幕前、練習場では平瀬の胴間声が響き渡っていた。
練習場では、平瀬が高校時代から目をつけていた、今季加入のグェン高崎がカミナリを落とされている。
新生SBジャガーズの戦いが、まもなく始まろうとしていた。
J3にカテゴリーが上がったこともあり、少し手狭になった事務所では、京子たちが忙しく働いていた。
「GM、届きましたよ〜」
焼印でSBジャガーズのロゴが打たれた大きな木箱を抱え、大槻が入ってくる。
中から薄紙に包まれた新しいスーツが出てきて、桐の臭いと新品のウールの臭いが事務室を包んだ。
「うわっ、スゴッ……」
思わず京子が息を飲む。
スーツが放つ、あまりの威圧感に迫水も思わず気圧された。
「GM、早く着てみてくださいよ」
「……ああ、そうだな」
着替えてみると、今までのスーツとはまるで違う軽さと着心地に驚いた。
「うわぁ、カッコいい〜」
応接室から出てきた迫水を見て京子が思わず呟く。
「そうかい?」
鏡で自分の姿を確認しながら、ちょっと洒落たポーズをとってみる。
「いえ、カッコ良いのはスーツであって、GMではないですから」
にべもなく言い放つ京子に事務所が笑いに包まれた。
迫水は古いスーツのネームプレートを一つずつ外していく。
全てのネームプレートを外すと、そこにはボロボロになった古いスーツがあった。
何度も付け直したため、表面には穴が無数に開いており、重みで型も崩れていた。
新しいスーツを脱いで、古いスーツを着てみる。
着心地は悪いが、その軽さにとても驚く。
(こんなに軽かったんだな……今までありがとな)
そっと表面を撫でてやると、机の上に置いたネームプレートたちがキラリと光った。
古いスーツを脱ぐと、新しいスーツへネームプレートを突き刺していく。
「え、ちょっと、GM。せっかくのスーツなのに」
「いいんだよ。これが無いと『早島の怪人』じゃないだろ。井納会長も良いって言ってくれてるんだしな」
驚く京子を尻目に、次々と突き刺していく。
「迫水くん。新しいスーツができたので贈っておく。キミのことだから、また、穴だらけにするだろうと思い、職人たちには芯地に補強をして、ひときわ頑丈に作るように言っておいた。万が一、壊れたら、職人たちが直すから持ってきてくれ。丁寧に使えとは言わないが、大事に使って欲しい」
箱の中には井納からの手紙が一緒に入っていた
「GM、この古いスーツはどうなさるんです?」
京子が興味深そうな顔で聞いてくる。
「どうするも何も捨てるしかないだろ」
「じゃ、私が捨てておきますね」
「ああ、すまんな」
全てのネームプレートを付け替え、迫水は姿見で新しい自分の姿を確認する。
ネームプレートがカチャカチャと鳴っていた。
数日後、朝の挨拶から戻ると、事務所にはショーケースが置かれ、中には古いスーツが飾られている。
「おはようございます、GM」
京子が悪戯っぽい顔を浮かべて挨拶してきた。
「おいおい、なんだ、コイツは?ただでさえ狭い事務所が更に狭くなるだろ」
「いいんです。この穴だらけのスーツこそが、私たちジャガーズの原点なんですから」
「そんなもんかねぇ……」
呆れ顔のままスーツを見続ける迫水の言葉に、朝日を受けたショーケースがキラリと光り、ネームプレートがカランと音を立てた。
【俺たちは0円じゃない 穴だらけのスーツと石ころだらけの練習場 〜完〜】
【俺たちはゼロ円じゃない 穴だらけのスーツと石ころだらけの練習場】を最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございます。
感想などをコメントでいただけると、今後の創作活動の励みになりますので、よろしくお願いします。
SBジャガーズ早島のJ3での活動も構想だけはあったりします。
好評なら書こうかなと思ってます。
では、またお会いできる日を楽しみにしております。




