<EP_060> あなたの価値は?
「監督についてはどう考えていらっしゃいますか?」
「こちらとしては、平瀬監督に続投をお願いしたいと考えていますが、単年での契約で、契約満了ですので、本人との交渉次第となります」
「ふむ……悪名高い平瀬監督を続投させたいと……」
「はい。こちらを御覧ください」
別のファイルを滑らせる。
「そこには、今季と昨季のデータがございます。今季、ウチが補強したのは沢田と窪田の二人だけで、二人とも攻撃側の選手です。しかし、それだけの失点が減っています。これだけの守備の改善が見られたのは平瀬監督の手腕でしかありません。この硬い守備陣がいれば、J3でもそれなりの成績を残せると考えております」
「それなりでは困ります」
迫水の言葉を進藤は鋭い。
「その通りです。しかし、堅い守備があるということが前提となるはずです。J3という激しい戦いを勝ち抜くには、やはり平瀬監督が適任と考えています」
「年俸についてはどうお考えですか?今の監督の年俸は、どう考えても安すぎる」
「そこについては本人との交渉次第と考えています。今季は平瀬監督の身体が空いていたこと、平瀬監督が日本紡績OBであったことなどから安く引き受けていただけましたが、来季からはそういったこともないでしょうから、交渉次第だと考えています」
「……なるほど」
進藤はファイルを閉じ、滑らせ返してきた。
「補強については、いかがお考えでしょう?」
「それは、監督が決まってからと考えております。今季の攻撃の要となった沢田と窪田がチームを去るわけですから、そこは補強しないといけないと考えております」
「ふむ……わかりました。平瀬監督の続投を本筋に、交渉をしていくことにいたしましょう」
進藤の言葉に、迫水は見えないように少し俯いて、大きく息を吐いた。
ネームプレートが少しだけ音を立てた。
「さて、ここまでお話をしてきまして、迫水さん、あなたの話がでてきていません。あなたはどうなさるおつもりですか?」
進藤は少し前のめりになって、興味深そうに迫水の顔を覗き込んできた。
進藤の思いも寄らない顔に、迫水の顔はひきつり、喉がゴクリと音を立てた。
「わ、私は……」
「私は?」
「私はジャガーズ早島のGMです。チームが変わるのなら、GMも変わるのがスジかと考えています」
「なるほど」
声を絞り出した迫水を進藤はつまらなさそうに見て、身体を元に戻した。
「迫水さん。早島は良い街ですね。街全体がレモンイエローに染まっていて、そこかしこにジャガーズ関連の文字がある。隣の児島や玉島まで広がっていて、何人もの人がジャガーズの応援グッズを身に着けている。こんな街は他にはありませんよ」
「はぁ……」
「井納会長や東郷会長ともお会いしました。早島がこうなったのは、ここ一年の話だそうじゃないですか。へんてこりんなバスに奇妙な音声を流して走らせ、今まで見向きもしなかったチームが今や、街の誰もが注目するチームだ。これらは全て、あなたが起こしたと聞いています」
進藤は微笑みながら話していく。
「迫水さん。あなたは、自分が思ってる以上に他人を動かしているんです。私たちシルバーブルーメは、前期から五倍に売上を伸ばしたあなたの経営手腕を高く評価しております。お話を伺ったところ、ジャガーズの将来展望についてもしっかりとした考えをお持ちのようだ。こちらとしては、あなたに来季もGMをお願いしたいと考えています。ただし、こちらの本業に影響があるようなことをして貰っては困ります。とは言っても、私たちシルバーブルーメに繊維部門はありませんから、そこまで影響は無さそうですがね」
進藤に釘を刺され、迫水が引きつった笑いを浮かべた。
「それに、『早島の怪人』がいなくなったら、早島の皆様が悲しみますよ」
進藤は立ち上がり、右手を差し出してくる。
「条件は後ほど詰めるとして、来季もお願いしますよ、迫水GM」
「は、はい。よろしくお願いします」
迫水も立ち上がって進藤の手を握った。
ネームプレートがジャラジャラと盛大な音を立てた。




