<EP_059> 外資の論理、現場の矜持
沢田の移籍が決まった翌日、迫水は日本紡績の役員会に呼ばれていた。
「おかげさまで今季はJFLを優勝することができました。ご支援、ありがとうございました。会社は変わりますが、今後もご支援いただけると幸いにございます」
「迫水くん、良く優勝してくれた。こちらとしても手放すのは心苦しいが、来季も頑張ってくれ」
(何が、心苦しいだ)
役員の形式だけの言葉に内心で毒づきながらも、「ありがとうございます」と形式だけの礼を返す。
「つきましては、お手元の資料の通り、今季の決算におきまして、約一億五千万の余剰金が発生致しました。これについては、ご返却させていただきたいと思います」
「良くやってくれた。お疲れ様」
「では、失礼いたします」
「迫水くん、身体に気を付けてな」
迫水はざわつく役員会を後にした。
「歴史がどうのこうの言っても、所詮はこんなものか……」
見上げる日本紡績のビルは灰色の空に建つ墓標のようだった。
「さて、ここからが本番だ」
スーツの襟を正すと、ネームプレートがガシャリと音を立てた。
シルバーブルーメの代理店が入ったビルを訪ね、受付で名前を告げると、応接室へと通される。
出されたコーヒーの芳醇な香りが鼻をくすぐる。
シルバーブルーメは、単なるスポンサー企業ではない。欧州では複数のスポーツクラブを保有し、モータースポーツやウインタースポーツにも投資する、スポーツビジネスそのものを事業の一つとしている企業だった。
その規模感が、ひしひしと伝わってくる。
応接室に進藤が入ってきた。
初めて会う進藤は、電話口で受けた印象とは違い、人懐っこそうな顔をしていたが、その目の奥には鋭いものを感じさせた。
「迫水さん、今季は素晴らしい活躍でしたね。東京でも噂は聞いてましたよ」
「ありがとうございます。こちらが、今季の収支報告書でございます」
外資相手に世間話はいらない。単刀直入にファイルを滑らせた。
「失礼……ほぉ……素晴らしい」
「そして、こちらが来季の事業計画の試算となります」
別のファイルを滑らせていく。
ジャガーズは来季からSBジャガーズ早島と名前を変え、J3を戦っていくことは、既に発表されていた。
「なるほど……」
「迫水さん、この来季の事業計画の中に沢田選手の移籍金が入っていないようですが」
「沢田選手の移籍に関しては、作成段階で未確定な部分が多かったため、入れておりません。あくまで試算ですので」
まだプレスリリースをしていないのに沢田の移籍話を掴んでいるのは、さすがとしか言えなかった。
「今季と来季の収支についてはわかりました。そちらの条件についてお聞きしたい」
進藤の言葉に、ネームプレートがシャリッと小さな音を立てた。
「こちらとしては、以前、お伝えした通り、スタッフおよび選手の再雇用を最優先にお願いしたいと思っております」
「なるほど……」
考える様子を見せる進藤の顔を伺いつつ、コーヒーを啜る。
滑らかな苦みが口に広がった。
「……いいでしょう。これだけの収益改善を行ったスタッフです。切る理由はありません」
京子たちを守ることができたことに胸を撫で下ろす。
「選手については、来季開始までの時間を考えれば、大量解雇をするのは現実的ではありません。年俸については面談をしてから決めますが、ある程度は考慮いたしましょう」
「ありがとうございます」
頭を下げるとネームプレートがシャラシャラと鳴った。




