<EP_058> 手のひらの孫悟空
最終節、迫水はクラブハウスで練習場に作られたPV会場を見ながら、自席で仕事をしていた。
迫水のデスクの上には、最終決算はまだだが、今季のジャガーズの収支報告が並べられている。
ホーム試合一八試合とアウェイでのPVを合わせて、約七万人の入場者があり、約七千万円の収入。
グッズ収入が約三千万円。
地元企業を駆け回り、謎の寄付金を合わせた額が約五千万円。
合計約一億五千万円。
これがジャガーズが今季集めた金額の全てである。
ジャガーズの運営費用は変わらずに約三億円。
結局、足りない分は、日本紡績から広告費として預かった三億円から補填して、最終報告は十万円の黒字。
完全に作られた収支報告であった。
迫水はメモを取ってみる。
ホーム一八試合が平均五千人で九万人。千五百円で売って一億二千万円。
アウェイ一五試合をPV千円で売って平均二千人で、三千万円。
グッズ収入が約五千万円。
年間運営費は少なく見積もっても四億円。
残りの二億を広告料でかき集めて埋める。
これでようやくトントン。
「結局、お釈迦様の手の上……か」
ボールペンをデスクに置く。早島の経済規模を考えれば、今季の五千万以上のスポンサー料は難しいだろう。
「後は、シルバーブルーメがジャガーズに一億五千万以上の広告塔としての価値を見出してくれるかどうかだ……」
窓の外を見ると、グラウンドで、ジャガーズの試合に一喜一憂するサポーターと、その遠くにレモンイエローののぼりが揺らいでいる。
迫水の呟きにネームプレートがカランと小さな音で答えた。
試合翌日、スタッフたちが仕事をしていると、クラブハウスを沢田がスーツ姿で訪ねてきた。
「あれ?サワくん、今日は休みだよね」
「GMにスーツで来るように呼ばれたんですけど……」
「GMに?」
京子と話している沢田を迫水は手招きすると、一緒に応接室に入っていった。
「沢田、お前、フランス語喋れるか?」
「フランス語?」
迫水に急に振られ、沢田は当惑する。
「グルノーブルだ」
「グルノーブル?」
「グルノーブルの代理人がお前に興味を持っている。獲得したいとも言ってくれてる。お前さえ良ければ、俺も後押ししたい。どうだ?」
あまりに急な話に沢田は黙ってしまった。
「グルノーブルは松井大輔がいたこともあるし、日本企業がオーナーだったこともあるから、日本人の扱いには慣れているはずだ。フランスリーグはシーズン真っ最中で、即戦力としての加入だから、大変になるが、どうだ?行ってみないか?」
「お、俺が海外……」
「沢田、海外に飛び出せ。お前は日本に収まる器じゃない」
「でも、来年は……」
「そこは気にするな。自分を高く売れる時に売るのもプロだ」
迫水は沢田の肩を叩いた。
「どうだ、行くか?」
「はい。行かせていただきます」
「そうか。じゃあ、これから代理人が来るから、待っててくれ」
「今からですか?」
「言ったろ?フランスは今がリーグ真っ最中なんだよ。一月の頭から登録するにはギリギリなんだ」
沢田が驚いていると、スマホが鳴る。
「おう、郡司か。……何?今、京都を出た?あと一時間はかかるじゃねぇか。……フランス人相手なら一時間程度の遅刻は当然だ?やかましい……まぁ、いい。待ってるぞ」
スマホを置くと、迫水はニヤリと笑う。
「じゃ、あと二時間もしたら代理人も来るみたいだから、待っててくれ。俺は事務所で仕事してる」
沢田を残し、迫水は事務所に戻った。




