<EP_046> GMの正装
ニュースが出た翌日、クラブハウスへ戻ってきた迫水に京子が駆け寄ってくる。
「ちょ、ちょっと、GM!児島紡績さんと東方レーヨンさんから、一千万の寄付が来てます」
「あ、そう……」
驚く京子に迫水は素っ気なく、しかし顔を引き攣らせて答えた。
「いったい、何があったんですかね?」
「さ、さぁな……真野、世の中には知らないほうが良いこともあるんだぞ……ハハハ」
迫水の乾いた笑いが事務所に響く中、スマホが鳴る。
本社からの呼び出しの連絡であった。
常務室へネームプレートをガチャガチャと鳴らしながら入ると、常務は嫌な顔をした。
「迫水くん、なんだね、その格好は」
「これが、ジャガーズGMとしての正装でございますので」
「その格好で新幹線に乗ってきたのかね」
「もちろんでございます。JFLは全国リーグでございますので、全国の皆様にスポンサー様の広告を見せるのが私の仕事でございます」
不機嫌を隠そうともしない常務を前に迫水は涼しい顔で答えていた。
しかし、その膝は震えており、気を抜けば崩れ落ちそうな気がした。
「キミの仕事ねぇ……先日、入札でウチが児島紡績と東方レーヨンに負けたことは知っているな?」
「ええ。新聞で拝見しました……」
鋭く射抜いてくる常務を前に迫水は直立不動で答える。
「それでだ……入札直前に、児島紡績の井納会長と東方レーヨンの東郷会長が、ジャガーズのクラブハウスで会っていたという情報が入っているのだが、本当かね?」
「さぁ?いつのことでしょうか?」
常務の机が鈍い音を立てた。
「ふざけるな!先日の日曜日のことだ」
「はぁ……その日でしたら、ウチの試合があった日ですね。その日はクラブハウスでパブリックビューイングを開催しておりましたから、そのお客様に二人がいたかもしれませんね。なにせ、お二人とも、ジャガーズのサポーターでいらっしゃいますから」
迫水は両手で児島紡績と東方レーヨンのネームプレートを叩く。
「なぜ、何も言わなかった?」
「さぁ、あの日はお陰様でたくさんのサポーターの方にご来場いただきました。その方々の行動を逐一見ているわけではございませんので」
再び、常務の机が鈍い音を響かせる。
「貴様、自分を何だと思っているんだ!本社の利益を毀損して良いと思っているのか!」
常務の言葉に、ネームプレートの音が止まった。
「では、どうしろと?スポンサーの方を特別扱いしろと言われますか?これだけいるのに?」
迫水がスーツの襟を正すと、ネームプレートが騒がしく鳴る。
「私たちにとって一人一人が大切なスポンサー様です。大企業の会長様だからと言って特別扱いするわけには参りません。本社の失敗を私たちに押し付けるのは止めて頂きたい」
常務は紅潮し、眉を吊り上げ、身体を震わせる。
迫水も両拳を握り閉め、直立不動を崩さない。
「……わかった。今後、このようなことがあったら報告しろ」
迫水の態度に顔を逸らし常務が吐き捨てる。
「不可能です。スタッフの数も限られているんです。サポーターの行動を見張ることなどできません」
「貴様、何様のつもりだ!」
机が大きく音を立てた。
「私は、ジャガーズGMとしてここにいます。サポーターを見張らせたいなら、人を雇う資金を出して頂きたい。追加予算は認めないと言ったのは本社ですよ」
淡々とした迫水の言葉に、常務は手を払う。
「では、失礼します」
迫水が出ようとした時、常務が声をかけてくる。
「迫水、あまり調子に乗るなよ」
「……肝に銘じておきます。早島に来る際はご連絡ください。精一杯のおもてなしをさせて頂きますから」
迫水が首だけで振り返ると、常務室のドアが音もなく閉まった。




