<EP_043> 現場の論理、本社の都合
ジャガーズは十六節を終わった時点で、一〇勝三敗三引き分け。
開幕の勢いは、止まったものの順調に勝ち進んでいた。
この頃、地元の旅行代理店と提携し、老人会などの日帰り旅行にジャガーズラッピングバスの貸出を始めた。
ラッピングバスを利用した旅行参加者にはジャガーズ応援Tシャツと優待券を特典として付ける。
ジャガーズ応援Tシャツは既に六ロットまで伸びていた。
元々、使い捨てに近い激安Tシャツである。
早島や周辺の街では、夏の炎天下、首元が伸び切ったジャガーズ応援Tシャツを着た老人の姿を見かける程になっていた。
控えめなクーラーが効いた事務所で迫水の電話が鳴る。
「迫水くん。今、良いかね」
本社の常務だった。
「ご無沙汰しております」
「最近、派手にやっているようだね」
「はい。お陰様で、ジャガーズは順調、シーズン終了後には良いご報告ができると思っております」
「迫水くん、ウチが何の会社か知っているよな」
「はい。紡績商社でございます」
トゲのある常務の言葉に何を言いたいのか、なんとなく察したが、迫水はあえてとぼけることにした。
「なら、話は早い。なんだね、あのTシャツは!」
「はあ……ジャガーズの応援グッズですが……」
「なんだね、あの品質は!ウチは紡績商社だぞ。あんな低品質の商品を出すなど、日本紡績のブランドを毀損するだけだと思わんのか!」
「はぁ……」
電話口で声を荒げる常務に、迫水は気の抜けた返事を返す。
「あのTシャツのせいで、ウチが作った公式ユニフォームが売れないんだ。これは本社に対する背任行為だぞ!」
「……お話は良くわかりました。では、どうすれば良いのでしょう?」
「何?」
常務の言葉に迫水は目を細めて鋭く聞き返した。
「こちらで確認したところ、公式ユニフォームの売上は前年比で三倍に増えております。これで、売上が落ちていると言われましても、どれだけの売上目標だったのかわかりかねます」
迫水の言葉に常務の罵声が止まる。
「スタッフとも話し合ったのですが、やはり、スタジアムを埋める色というのは視覚的にも効果が絶大です。Tシャツには公式ユニフォームには入れられない小口のスポンサー様の名前も入れられるので大変好評でございます。お陰様で、現在六ロット目を注文しており、累計販売数は五千枚に届こうというところです」
「それが、我が社の機会損益を奪っているというのだ」
「常務。良くお考えください。公式ユニフォームは一万円近い。早島の皆様の所得は東京と較べて高くはありません。そんな方々に多く着ていただくには少々高いと思われます。常務もご存知でしょうが、早島の隣の児島は繊維の街です。このTシャツは児島の職人の方々に多大な協力を頂いて作っております。地域の方々と結び付き、地域の経済に貢献することが、我々ジャガーズの社会的意義であり、それが本当の社会貢献ではありませんか?」
電話の奥からは歯ぎしりが聞こえそうなほど、沈黙があったが、迫水はなおも畳み掛けていく。
「もし、品質がお気に入らないのであれば、本社の開発部に言って、高品質なジャガーズ応援Tシャツデラックス版を開発してはいかがでしょうか?在庫はそちら持ちでお願いしますね。予算はカツカツなので、こちらでの買い取りは不可能です。しかし、本社の施設で千枚単位のロットでの制作が可能でしょうか?こういう小さな仕事は、地元の工場の専売特許だと考えますよ。常務も、一度いらっしゃって見ていただきたいものです。早島一帯は今やレモンイエロー一色ですよ。ご連絡していただければ、優待券を送らせていただきますよ」
「もういい!」
荒々しく切れた電話の音に顔をしかめながら、迫水は受話器を戻す。
「あの……GM、なんだったんですか?」
電話のやりとりを伺っていた京子が恐る恐る聞いてくる。
「ん?何でもない。応援Tシャツの品質が悪いということだった。軽く黙らせたけどね」
「だ、大丈夫なんですか?」
本社を黙らせたという言葉に京子の顔から血の気が引いていく。
「大丈夫だ。本社から見れば俺たちは年間三億円の赤字を垂れ流すお荷物だ。だからゼロ円で切り捨てようとしてる。だが、ジャガーズの人気が上がれば、最終的なデューデリで高値がつくかもしれない。そうすればシルバーブルーメが買収に難色を示すかもという牽制のつもりさ。俺たちを何だと思ってるんだ」
迫水は珍しく語気を荒げる。
「で、でも……」
「心配するな。本社からのクレームは俺が引き受ける。だから、皆は今までと同じように、しっかりと稼いでくれ」
何事も無かったかのように仕事に戻ると、スーツのネームプレートがカラカラと乾いた音を立てた。




