<EP_039> スタジアムグルメ
その日、いつものようにキキから差し入れられたメンチカツを食べていた。
「美味しい〜。こんなに美味しいんだから、キキさんもスタジアムにテナントで出してくれれば良いのに……」
「キキさんは個人経営の居酒屋だからな。なかなか難しいんじゃないかな」
破顔で食べている京子のつぶやきに迫水が答えていく。
「うーん、そうかぁ……ねぇ、GM、ウチでもスタジアムグルメ作りません?」
「スタジアムグルメ?」
「ああ、いいかもしれないッスね。スタジアムで食べられるグルメがあれば人も来るかもしれませんね」
首を捻る迫水とは対照的に下川も乗ってきた。
「大将、寄らせて貰ったよ」
仕事が終わり、迫水は早島駅前の居酒屋キキへと入る。
独身で残業の多い迫水にとって居酒屋キキは馴染みの店へとなっていた。
「迫水さん、いらっしゃい。なんにします?」
「何かお勧めはあるかい?」
「今日はままかりの良いのが入ってますよ」
「じゃ、それと酒を頼む」
「飯を借りてまで食うなんて言われるだけあって、やっぱり旨いな。これを食べると岡山に戻ってきたって感じがするよ」
ままかりが酢と一緒に漬けられた生姜や唐辛子とともに鼻に抜け、口の中に旨味を残し、舌鼓を打つ。
「ありがとうございます。岡山の人間なら、この酸っぱさがなきゃ始まりません。なんなら、鮨にもできますよ」
「頼む」
ままかりを肴に酒が進む迫水を見ながらキキの大将も頬を緩める。
ままかりを開いて腹に酢飯を詰めたままかり鮨もまた、岡山の郷土料理である。
キキのままかり鮨も絶品であった。
「ごちそうさん。大将、ちょっと相談があるんだが……」
一通り食事が終わり、軽く酒を飲みながら大将に話しかける。
「なんでしょ?」
「このままかり鮨ってスタジアムで出せないかな?」
「どうでしょうね。ままかりって若い人には不評みたいですし……」
「そうなのかい?こんなに美味いのに」
「迫水さんぐらいの年齢の方でしたら、酒のアテには良いのでしょうけど、若い人から見ると、生臭いし酸っぱいし、小骨が多いしと不評ですよ」
「そうか……」
調べてみると、大将の言うように、「ままかり まずい」とサジェストに出て、迫水は渋い顔をする。
「……美味しいと思うんだけどなぁ……」
「いきなりどうしたんですか?」
「いやね、ウチのスタジアムでもスタジアムグルメを出せないかって話があってさ……」
昼間の京子たちとの話を大将にしていった。
「なるほど……でも、ままかり鮨はスタジアムで食べるにはどうかと思いますね」
「どうして?」
「サッカー観戦って立ってることが多いから、ままかり鮨のように箸で食べるのって向いてないと思うんですよ。素手で食べたらベタつきますからね。それに、若い人には不評ですから」
大将の言葉に迫水は考えてしまう。
「大将、コイツを海苔巻にできないか?」
「そんなの聞いたことないですよ」
「ままかりを叩いて細かくした上で、にんにく醤油に軽く通してアサツキと一緒に細巻きにすれば、ままかりの臭みと小骨の多さも気にならないだろうし、細巻きなら片手で食べられると思うんだ。どうかな?」
「どうでしょうね……」
「大将、試作をお願いすることはできるかい?金は払うよ」
迫水は大将に頭を下げた。
翌日、朝の駅前挨拶の後でキキに寄って試作品を受け取ると、クラブハウスへと持ち帰る。
「みんな、昨日のスタジアムグルメの試作品なんだが食べてみてくれないか。『ままかりの一本巻き』だ」
「えぇー、ままかりですか……」
「俺もちょっと苦手ですね……」
迫水の言葉に京子と下川が嫌そうな顔をした。
「大丈夫だ。ちょっと食べてみろ」
しぶしぶといった感じで食べはじめる。
「ん!結構、美味しい……」
「これなら食べられるかも……」
「美味いですね。これは酒が欲しくなりますな」
京子と下川は意外な顔をし、年配の大槻は頬をゆるめる。
「どうだ?これなら片手で食べられるし、岡山らしさも出るだろ」
悪くない反応に迫水も笑う。
「でも……スタジアムで出すのはどうかなぁ……」
京子は渋い顔をし始める。
「どうして?」
「量があるんですよ。細巻き一本分ですからね。試合はお昼過ぎが多いですから、サポーターはスタジアムに食事をしには来てないと思うんですよね」
「後、ここまで叩いちゃうとままかりである必要も無いですし、なんと言っても映えないッス。このままじゃ、ただのお寿司ですよ」
京子の言葉に下川も意見を言ってくる。
「そうか……美味けりゃ良いってわけでもないのか……」
二人の言葉に、スタジアムグルメ開発は暗礁に乗り上げた。




