<EP_038> タイガー・ジェット・シン
平瀬と迫水によるサッカー解説は「#日本一物騒なサッカー解説」「#試合解説になってない試合解説」と評判になりSNSで拡散されていく。
今までの文字中心の動画から、画面外の京子と選手とのインタビューなどに切り替えていくことで、ジャガーズ公式チャンネルの再生数や登録者数は徐々に増えていった。
ジャガーズはJFLを順調に勝ち続けていく。
十戦が終わって、八勝一敗一引き分けと快調に首位を走っていた。
勝利と同時にクレームの電話も増えていく。
ホーム開幕戦で見せた遅延行為は序の口で、何度も靴紐を結び直したり、相手のロングスローではボールに水を掛けるなど、スポーツマンシップからかけ離れた姿勢に多くの苦情が集まる。
「勝ちを取りに行って何が悪い。勝てば官軍、負ければ賊軍。負けるつもりで戦うヤツはいねぇんだよ」
勝利監督インタビューでも堂々とうそぶく平瀬の姿と、SNSでの反応も相まってクラブハウスには一日に何本ものクレームが入っていた。
「……ふぅ」
迫水がクラブハウスに戻ると、電話を切った京子がぐったりした様子で椅子にもたれかかっていた。
「お疲れさん。苦情か?」
「ええ。今日は四本目です」
気楽な声の迫水に、疲れた声で京子が答える。
見ると、事務所の全員が疲れ切った顔をしていた。
「すまんな。これ、キキさんからの差し入れ。新作のチーズインメンチだと」
迫水が休憩室から戻ってくると、京子が聞いてくる。
「GM。ホントに良いんですか?」
「何がだ?」
「クレームですよ。このままじゃ、皆、倒れちゃいますよ」
京子の心配そうな顔を見て、迫水は少し考える。
「真野。お前、タイガー・ジェット・シンって知ってるか?」
「誰です?」
「お前の年齢じゃ知らなくて当然か。シンは悪役プロレスラーだ。上田馬之助と一緒に『極悪コンビ』を結成して、新日をこれでもかと荒らしたんだ」
「へぇ……」
「シンは悪役レスラーだったが、人気もあった。そして、彼は地元では実業家で、慈善事業家だ。東日本大震災の時に多額の寄付をしてくれたりもしたんだぞ」
「何が言いたいんです?」
「つまり、俺たちがヒールであるのはピッチの上だけさ。そして、ヒールは人気になる。その人気こそ俺たちが一番欲しいものだってことだ」
「そんなものですかねぇ……」
「それに、来てるのは苦情だけじゃないだろ?」
迫水が手元のスマホを操作して、画面を見せる。
「ジャガーズの選手、神対応すぎる」
「スッゴイ、紳士的だった」
「窪田選手、ちょっと近寄りがたいオーラしてたけど、話したら凄く良い人だった」
ゴミ拾いをしているジャガーズの選手の姿に温かいコメントがついている。
「結局、普段の行いが大事だし、俺たちや平瀬監督が守ってやれば選手たちはクリーンだ。選手を守ることがフロントの役目だしな。皆も大変だろうが、よろしく頼む」
迫水が頭を下げると、スタッフは自席から少し頭を下げてきた。
次の瞬間、京子のデスクの電話が鳴った。
「お疲れ様です」
その日の夜、迫水が監督室を尋ねると、平瀬はデスクで試合の様子を難しい顔で見ていた。
「順調そうですね」
「ああ、だが、ここまでが出来すぎだ。シーズンは三分の一が終わっただけだからな。沢田のマークも厳しくなってきたし、これからが正念場だ」
平瀬はパソコンを閉じて、ニヤリと笑う。
「そっちも順調そうじゃねぇか」
「ええ。これまでのホーム四戦の観客動員数は一万五千人です。平瀬監督様様ですよ」
迫水の言葉に平瀬は豪快に笑う。
迫水はフッと力を抜いて天井を見上げた。
「先輩……このまま行けるんでしょうか……」
迫水の呟きに、平瀬は腕を組み眉間に皺を寄せる。
「行けるかどうかじゃなくて、行くしか無いんだろ?」
「そうでしたね」
「頼んだぜ、迫水GM」
「わかってますよ、平瀬監督」
平瀬の突き出した拳に、迫水が拳を軽く合わせた。
ネームプレートが小刻みな余韻を奏でた。




