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<EP_035> 染まる早島

「GM、お電話が入ってます」

事務所へ一本の電話が入った。

「あなたが迫水さんですか。ワイは井納ってもんじゃが」

「井納様?早島商工会議所の井納様でしょうか?」

「そうじゃ」

「いつもお世話になっております」

相手は早島の重鎮ということで迫水の背中に冷たい汗が流れた。

「最近、ようお宅のバスが走り回ってるみたいじゃし、ジャガーズもえらい人気みたいじゃなぁ」

「はぁ……お騒がせしております」

「でな、少し話がしたいんじゃが、時間あるか?なるべく早うがええんじゃが」

「は?……それでは、明日の昼過ぎにお邪魔させていただいでもよろしいでしょうか」

「明日の昼じゃな。わかった。待っとるで」

電話は切れた。


額に汗をかいて、眉をひそめる迫水に京子が話しかけてくる。

「なんだったんですか?」

「いや、商工会議所の井納様から、『話がしたい』ということだった」

「え?もしかして、私たちのバスが走り回ってることへのクレームでしょうか?」

「わからん。とりあえず、明日の昼過ぎに聞いてくるよ」

壁に掛けておいたスーツがカランと乾いた音を立てた。


「やぁやぁ、まあ座りねぇ」

「はい、失礼します」

翌日の昼過ぎに商工会議所を訪れた迫水は応接室に通される。

井納が既に座っており、恐縮しながらソファに腰を下ろした。

「いやぁ、随分、多いネームプレートですなぁ」

ジャラジャラと音を立てる迫水に対して、井納は腹の読めない顔で聞いてくる。

「はい。我々のスポンサーの方々です。広告として打ち出すのが我々の使命と思っております」

「そうじゃな。ワイの周りでも話題になっとるよ」

「恐縮です」

ニヤリと笑う井納を前に、迫水は吹き出す汗を押さえつつ答える。

「迫水さん、最近はエラい盛り上がりのようじゃな」

「はい。早島の誇りを背負って活動させていただいております」

「早島の誇りか……」

(何を言われる?)

腹の見えない顔で覗き込んでくる井納に、必死に考えを巡らせた。

「迫水さん、ちょっと提案なんじゃが……アンタのとこには、ウチの会員もえろう世話になっとるみたいじゃし、ワイらとしても一口噛ませて貰いたい」

井納の言葉に迫水の身体が硬くなる。

「そこでじゃ、早島商工会議所として、私設応援団を作ろうかと思っとるんじゃ」

「へ?」

思わぬ申し出に、間抜けな言葉が吐き出た。


「それで、商工会議所の会員でアンタのとこに金を出してる店にのぼりを出させてもらいたい。早島のいたるところにのぼりを立てて、早島全体でジャガーズを応援したいと思っとるんじゃ。どうじゃろか?」

「も、もちろんです。ご協力感謝します」

半ば呆然と聞いていた迫水が頭を下げると、井納は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「そうか。よろしく頼むぞ、迫水くん」

井納が肩を叩いてくる。

(良かった……俺のやり方は間違ってなかった……)

叩かれる度、俯く迫水のネームプレートがカチャカチャと騒がしく答えていった。


数日後、早島駅前はガラリと変わった。

駅前にはのぼりが多く立ち、降り立った者は、鮮やかなレモンイエローの街並みに目を奪われるだろう。

駅前に立つジャガーズの選手たちも同じだった。

「青木、これだけのことになったんだ。ちゃんと、サッカーを見せないとな」

駅前で街を眺める青木の隣に立ち、背中を叩く。

「はい。ちゃんと、ピッチで返してみせますよ」

迫水の言葉に青木は背筋を伸ばして返事をすると、笑顔で道行く人に声をかけていった。


JFLの開幕直前、納谷の工場からTシャツのファーストロットがクラブハウスに届けられた。

布地の品質にバラつきは見られるものの、しっかりとプリントされたTシャツであった。

「スゴいな。これ、ほんとに三百円で卸して貰えるのか?」

Tシャツの出来の良さに迫水が心配の声をあげてしまう。

「ええ、モチロンですよ。布はB反ですが、ウチの職人がしっかり作ってくれました。そこは信用してください」

納谷が二の腕を叩きながら、笑顔で答える。

「ありがとう」

「いえ、こちらこそです。セカンドロットの注文、お待ちしてますよ」

納谷はクラブハウスを出ていった。


「おい、下川、宇津木、高松。お前ら、今日からはこれを着て営業に行ってこい。既存のスポンサーには一着だけプレゼントしろ。そして、ファーストロット分はサービスだが、セカンドロットからはTシャツのスポンサー料をしっかり取ってこい。これだけの宣材なんだ、出してくれるところは多いはずだ」

「はい」

下川たちが段ボールからTシャツを取り出して、クラブハウスを出ていく。

「大槻、真野、他のみんなも、これからは仕事中はなるべく、これを着てくれ」

「はい」

事務所内のスタッフが元気良く返事をする。


「GMは着ないんですか?」

Tシャツに袖を通しながら京子が聞いてくる。

「俺の戦闘服はこれさ。『早島のネームプレート怪人』がいなくなったら困るだろ?」

迫水がスーツの襟を正すと、ネームプレートたちが音を鳴らした。


出来上がったTシャツと外を交互に見ながら、迫水は顔を曇らせるは。

(早島の皆さんは、ジャガーズが売却されることを知らない。なのに、こうやって応援してくれてる……)

売却後にシルバーブルーメがどんな広報戦略を立てるのかはわからない。こうやって作った早島の色が一年で消えてしまうかもしれないという恐怖が迫水を襲った。

(今年一年だけでも、早島が染まれば、シルバーブルーメだって無下にはできないはずだ。それが俺たちがやってきたことの価値のはずだ)

グラウンドで汗を流す選手たちの奥には、遠くでたなびくのぼりが小さく見える。

胸のネームプレートが陽光を受けてキラリと輝いた。

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