<EP_034> B反のレプリカ
エネオス水島戦から数日経った後、グラウンドでは窪田の声が響き渡っていた。
「おら、青木、そんな弱い当たりでどうする。もっとホンキでぶつかって来い。それでもプロか」
弾き飛ばされ地面に倒れた青木に窪田の鋭い叱責が飛ぶ。
「へ、おっさんに怪我させねぇように優しく当たってんだよ」
「ふん、余計なお世話だ。お前に介護されるほど耄碌しちゃいねぇよ。そんなんだから、あんな格下相手にも失点するんだよ」
「なんだと、この。元日本代表だからって、いい気になるんじゃねぇ!」
「その元気はプレーで見せるんだな」
胸ぐらを掴んでくる青木を、窪田は冷たい目で見下した。
「止めてください」
二人がつかみ合いを始めそうな時、グラウンドに声が響く。
声の主を全員が見ると、そこにはスーツ姿の納谷がいた。
全員の動きが止まった瞬間、青木と窪田に水が浴びせかけられる。
平瀬がバケツを持って立っていた。
「てめぇら、熱くなり過ぎだ。少し、走って頭を冷やしてこい!」
二人が走り出すと、平瀬は納谷に向き直る。
「よう、納谷。なんだ、その格好?」
「監督、ご無沙汰しております。GMはいますか?」
「ん?迫水ならさっき戻ってきてたから、事務所にいるんじゃねぇか?」
「ありがとうございます」
納谷はチームに一礼すると、クラブハウスへと向かっていった。
「おお、納谷。良く来たな。ま、茶でも飲んでけ」
「GM、おひさしぶりです」
入ってきた納谷を、パーテーションで区切られた応接ブースへと案内する。
「工場を断ったんだってな。今、どうしてる?」
「実家の工場を手伝ってますよ」
「そうか……すまなかったな」
迫水は思わず目を伏せてしまう。
「いいんですよ。そんな顔しないでください。この前の試合を見て、俺にはプロでやっていけないことが良くわかりましたから。俺には窪田さんみたいなプレーは逆立ちしたってできませんからね」
「そうか……」
納谷は一瞬だけ寂しそうな顔を見せたが、すぐに晴れやかな顔に戻った。
「で、今日は、ビジネスの話をしにきました。これを見てください」
納谷はバッグから一枚のTシャツを取り出す。
ジャガーズのユニフォームそっくりのプリントがされたTシャツだった。
「これは?」
「ジャガーズのユニフォームレプリカTシャツです。良くできてるでしょ」
納谷に渡され、迫水はTシャツをまじまじと観察する。
手触りはザラザラしており、お世辞にも質が良いとは言えなかった。
「あまり良い物じゃないな」
「そりゃそうですよ。B反で作ってますからね。B反の中でも一番下の生地を使ってますから。でも、そのぶん、値段は安いですよ」
迫水の言葉に、納谷は当然という顔で答えていく。
「実は、ウチの工場も仕事が少なくなって困ってるんですよね。それで、コイツなら三百円で卸せます。B反を使ってるので、品質が均一とは言い難いですけど、それでも破格の値段だと思いますよ。どうですか?コイツをウチに作らせて貰えませんか?」
納谷は前のめりになって迫水を覗いてきた。
「ふむ……ワンロットの枚数は?」
「千枚からなら受付けられます」
「ふむ……」
「どうでしょう?先日の試合を見てて思ったんですけど、やっぱりジャガーズの認知度は上がってますけど、スタジアムをジャガーズ色で染めるってまでにはいってないと思うんです」
実際、エネオス戦では四千人近い観客が入ってはいたが、客の服装はまちまちで、ゴール裏であってもジャガーズのチームカラーであるレモンイエロー一色とは言いがたかった。
「やっぱり、一着一万円近いレプリカユニフォームって手を出しづらいと思うんです。でも、コイツならワンコインで買えるはずです。どうですか?」
納谷の言葉を聞きながら、考え込んでいた迫水が顔を上げる。
「納谷、ワンロット千枚と言ってたが、ロットごとにデザインを変えることは可能か?」
「え?ええ。単色刷りなら、可能だと思いますよ」
「そうか。なら、このユニフォームの空きスペースに、ここに載ってない小口スポンサーを載せてくれ。サイズはフリーサイズ一種類で良い。ワイシャツとかの上からでも着れるような大きめで頼む」
「わかりました」
「あとな、この背中の背番号のところは、お前の工場のロゴをデカく入れて良いぞ。その代わり、ワンロット二十万でどうだ?」
「え?いや、それはオヤジに相談しないと……」
迫水の交渉に納谷の顔が引きつる。
「スポンサー料込みで注文してやるんだ、悪くないだろ?同じチームだった縁もあるんだし、頼むよ、納谷ちゃん」
目だけ笑っていない満面の笑みで、迫水は納谷に詰め寄っていく。
「ハハハ……まぁ、ディスカウントはさせていただきますよ。では、作らせて貰えるんですね?」
「ああ。よろしく頼む」
「ありがとうございます」
立ち上がって差し出した迫水の手を、納谷も立ち上がり力強く握り返した。




