<EP_032> 揃った手札
ボランティア活動と夕方のチラシ配りが終わり、夜間練習までロッカールームで休憩している選手が多い中、窪田は一人、グラウンドでストレッチしていた。
夜間練習でも窪田の声がグラウンドに響いていく。
「サワ、もっと強いパスを出せ。コイツら相手なら十分だが、実戦じゃカットされるぞ」
「”コイツら”とは言ってくれますね」
沢田から受けたパスを反転して蹴り込んだ直後、叫ぶ窪田へ青木が声を荒げる。
「ふん、四〇近いおっさんの態勢一つ崩せねぇお前らなんざ、”コイツら”で十分だ。青木、お前がディフェンスの要なんだから、しっかりしろ」
「チっ、ほら、もう一度だ」
青木は舌打ちをしながら、再び所定位置に戻っていく。
「あと、サル!走り込むなら、俺と別の場所に走り込め。一緒に走り込んだら、意味ねぇだろが!」
窪田の怒鳴り声が夜のグラウンドに響き渡った。
「スゴいですね、窪田敏充って男は」
その夜、監督室でカードを滑らせながら、迫水は話しかける。
「そりゃ、大学時代に俺が散々鍛えたからな」
平瀬は缶コーヒーを片手に指でカードを催促する。
「プレーもそうですが、それ以外でも、スゴい男ですよ」
「まぁな、あいつらも少しはプロの顔になってきやがったが、ちゃんと”本物のプロ”を見せてやらねぇとな」
配られたカードににんまりとしながら、チップをレイズしていく。
「ええ、まさに生きたお手本ですよ」
「それに、窪田が入ったおかげで、前線にタメができた。今まではサワとサルによる、速攻しかできなかったが、今は違う」
平瀬のレイズをコールしながら、迫水がカードを配る。
「次のエネオス水島戦も期待してますよ」
「ふん、しっかり見せてやるよ。ショーダウンだ」
平瀬は手持ちのチップを全賭けしてきた。
迫水の見せカードにはクイーンのペア、平瀬にはクラブのエースとワイルドカード。
「先輩の手札を見せていただきましょう」
迫水が受けて、お互いが札を見せる。
迫水にはフルハウスができていたが、平瀬の手持ち札にはスペードとダイヤのエースが揃っていた。
「悪いな、俺の勝ちだ」
チップを総取りにし、平瀬はダイヤのエースを見せつける。
「手札は揃った。後は、勝負をするだけだ」
平瀬の目が獰猛な光を放った。
早島運動場で行われたプレシーズンマッチでは七対一の圧勝であった。
中国サッカーリーグという下部カテゴリとはいえ、窪田が入ったジャガーズ攻撃陣はそのディフェンスラインをやすやすと切り裂く。
元から、スピードのある猿島と沢田が駆け上がる時間を窪田が稼いで繋げるようになったからだ。窪田自身も、二人を囮にして切り込むことで、ハットトリックを決める活躍を見せた。
試合が終わり、迫水がスタンドを見下ろしていると、座ったままピッチを見つめる観客をみつける。
納谷だった。
納谷は座ったまま、鼻先で指を組み、ピッチを見つめていた。
「GM、ここにいたんですか」
京子の声に納谷は迫水を見ると、軽く会釈をして、距離を取るように出口へと歩き出した。
「あ、納谷さん」
歩み寄ろうとした京子の肩を掴むと、迫水は静かに首を横に振る。
そのまま、京子を促して納谷の反対へと歩いていった。




