<EP_031> 本物のプロ
既に日課となった朝の挨拶から戻ると、グラウンドには一人の選手が座ってストレッチをしていた。
「やぁ、窪田くん。早いね」
迫水が近づいていくと、窪田が顔を上げ、立ち上がった。
一九〇近い身長とガッチリした身体というのもあって、かなりの威圧感を感じてしまう。
朝の挨拶も最近は無視されることは少なくなり、ゴミ箱へ入れられるチラシも少なくなってきている。笑顔だった選手たちも窪田を見ると顔が険しくなり、「あれが、窪田敏充か」と値踏みするような目で遠くから見ていた。
「GM、今日からお世話になります」
窪田が差し出した手を迫水がガッチリと握る。
「ようこそ、早島へ。にしても、随分早いんだね」
「ええ、俺も年ですからね。入念に身体をほぐさないと怪我しますから」
「さすがだね。じゃあ、よろしく頼むよ」
迫水はクラブハウスへ戻り、窪田はストレッチへと戻った。
仕事をしていると、続々とスタッフや選手たちが集まってくる。
窪田は黙々とストレッチを繰り返していた。
「おはようございま〜す」
京子がいつも通りに元気に出社してくる。
「窪田選手の合流は今日からですね。でも、早いですね。いつからいらっしゃるんです?」
「さあな。俺たちが帰って来た時にはもういたよ」
「さすが、元日本代表ですねぇ……オーラが違うというか、なんというか……」
「なんだよ、真野ちゃん。俺たちがまるでオーラが無いみてぇじゃねぇか」
京子の呟きに、ロッカールームから出てきた青木が反論する。
「あ、いえ……青木さんたちにオーラが無いってわけじゃなくてですね……」
「ふん、元日本代表だろうが、今は四〇歳近いおっさんだ。お手並み拝見と行こうじゃねぇか」
グラウンドで平瀬と談笑する窪田を睨みつけ、青木は口角を上げた。
練習が始まると、グラウンドからの声を背景に仕事をしていく。
新加入の窪田の声は誰よりも大きく響いていた。
午後になり、選手たちの一部はボランティア活動に向かう。
連日の活動により、行動範囲は広がり、早島駅前だけではなく、隣接駅の茶屋町や妹尾駅周辺までも範囲に入っていた。
ラッピングバスで駅前に降ろされ、ゴミを拾っていく。
ラッピングバスは、更に長くなったスポンサーの名簿を大音量で流しながら街を疾走していった。
「♪ジャガーズ ジャガーズ 大健闘♪茶屋町周辺の皆様、お騒がせしております、早島の誇り、ジャガーズ早島で〜す。♪ジャガーズ ジャガーズ 大勝利♪現在、ジャガーズ選手による駅前の清掃活動を行っておりま〜す♪ジャガーズ ジャガーズ 大健闘♪来週日曜日に、中国リーグの雄エネオス水島と早島運動場にてプレシーズンマッチを行います。♪ジャガーズ ジャガーズ 大勝利♪皆様、お誘い合わせの上、ぜひ応援にいらしてください……」
窪田の初のボランティア活動ということで、迫水も一緒についていった。
「早島のネームプレート怪人」として有名になりつつある迫水が歩くと、子どもたちや街の人から声がかかる。
それ以上に窪田が歩くと、そこかしこから黄色い声があがった。
グラウンドでは仏頂面な窪田ではあるが、声を掛けられると満面の笑みを返し、手を振り返し、サインを求められれば気軽に応じていく。
グラウンドでの姿と違った一面に、一緒にいた猿島は驚いてしまった。
サインを書き終え、憮然とした顔に戻り、ゴミ拾いを再開させた窪田へ猿島が声をかける。
「窪田さんって、笑うんですね。意外でした」
「あ?何言ってんだ、サル。プロが客を意識しねぇで、どうするんだよ?そういうことだから、お前はダメなんだよ」
猿島を見もせずに、窪田はゴミを拾っていく。
一人の年配女性が写真撮影を窪田に願い出ると、一瞬にして笑みを浮かべ、写真撮影に応じる。
「おい、サル、お前も来い」
猿島を抱き寄せ、女性とともに自撮り写真に入る。
「コイツ、猿島って言うんです。これからの成長株なんて、応援してやってくださいね」
窪田は猿島の尻を見えないように叩く。
「痛っ……よ、よろしくお願いします」
「じゃ、試合、見に来てくださいね〜」
去っていく女性に手を振りながら、猿島に向き直ると頭を叩く。
「バカ、もっとファンサービスしろ。ファンあってこその俺たちだろが!」
窪田は、再び仏頂面に戻り、ゴミ拾いを再開した。




