<EP_030> ピッチ外で勝って、ピッチで稼げ
翌日、駅前から戻ると、グラウンドに集合した選手の前に迫水は立つ。
空には曇天が広がり、選手たちの迫水を見る目は冷ややかだった。
「みんな、集まってもらったのは他でもない。お前らも知っていると思うが、昨日、納谷との契約を解除した」
迫水が静かに切り出すと、選手たちの間に緊張が走った。
「理由は、選手を一人獲得するためだ。獲得するのは窪田敏充。彼を獲得するために納谷との契約を打ち切った」
納谷の契約解除理由を聞き、選手たちがざわめく。
「ふざけるな!」
青木の怒声がグラウンドに響き渡った。
「なんで今なんだ!窪田さんは、確かに元日本代表の名選手だ。でも、もう40歳近い。そんな人の獲得に必死でやってきた納谷を切らなきゃならないんだ」
青木の言葉に、他の選手たちからも次々と同意や不満の声が漏れた。
「そうだ! せめて今季が終わるまで待つべきだろ!」
「納谷にだって生活がある! あいつの努力をなんだと思ってんだ!」
選手たちの怒号と非難の嵐を受け止めながら、迫水は一度大きく上を向き、天を突く曇天の下で深く瞑目した。肺の空気をすべて吐き出すように長い息をつくと、覚悟を決めた眼で前を据えた。
「来季ではダメなんだ。お前たちには言っておく。まだ、正式発表はされていないが、ジャガーズは今季限りで消滅する」
迫水の低く冷徹な声が、選手たちのざわめきを強制的に押し黙らせた。
「売却のことは正式には発表されていない。絶対に他へは言うな。だが、これは事実だ。正確には、シルバーブルーメへ売却される予定だ。売却額は一億円。これは、このグラウンドとクラブハウスの不動産価値とほぼ同額だ。つまり、ジャガーズというチームの価値はゼロ円ということだ」
選手たちに動揺が広がっていく。
「ジャガーズの年間予算は約三億円だ。そして、昨季、ジャガーズが稼いだのは三千万円にも満たない。つまり、毎年、三億円の赤字を垂れ流し続けてきたというわけだ。そして、ついに親会社の日本紡績は見切りをつけて、俺たちを切り捨てた」
練習場に風が舞い、遠くで電線が鳴った。
「このまま、何もしなければ、お前たちのサッカー人生は終了だ。シルバーブルーメが全員と契約してくれる保証なんてどこにもない。だから俺はこのチームに価値を付けることにした。価値があると認められれば再契約もして貰えるだろう。だから、今年なんだ。今年、J3に上がるためには、納谷の調子が上がってくるのを待つ時間は無い。だから切った。窪田の獲得資金を用意できなかったのは俺の責任だ。そこは申し訳ない」
迫水は頭を下げたが、選手たちのざわめきは止まらなかった。
「価値のあるサッカー選手ってなんだ?プロとして金を稼げる選手だ。稼げなければ、この世界ではプロとして生き残れない。」
「それは違う!俺たちはサッカー選手だ。JFLは夢を与える場所のはずだ」
迫水の言葉に青木が大声で叫んだ。
迫水は目を逸らさず、まっすぐにその視線を受け止めた。
「その通りだ。お前たちはサッカー選手だ。夢を与える存在だ。だが、同時にプロだ。青木、前に言ったよな。プロは勝ってこそ夢を与えられると」
迫水の静かな、しかし確かな声がグラウンドに響く。
「夢を与えるためには、まず自分たちがこのピッチに立ち続けられる『場所』を勝ち取らなければならない。場所がなくなれば、夢を売ることもできないんだ」
迫水はさらに言葉を重ねる。
「だから、俺はお前たちに朝の挨拶やボランティアを頼んでいる。お前らは疑問に思わないのか?自分たちの声しか響かないスタジアム。毎年三億円の赤字を垂れ流すチーム。その結果がゼロ円での売却だ。これでプロと呼べるか?俺は認めない。プロを名乗るなら稼いでこい。お前達の価値がゼロ円でないことを証明しろ。そうすれば、お前たちのサッカー人生は終わらない」
選手たちはそれぞれ、天を仰いだり、下を向いて黙り込む。
天を仰げば曇天、下を向けば、土のグラウンド。
「お前たちに期待しているのは、当然勝つことだ。ピッチで勝ってこそ、お前らの価値が生まれる。だが、それだけでは足りない。お前らは街の人と友達になるべきだ。友達や知り合いの試合なら見にくる。そうやって引っ張ってきた人の数こそが、お前らが稼いだ金だ」
迫水は鷹野を見つめた。
「鷹野。あの定食屋の女将さんはお前を見るためにスタジアムに脚を運んでくれたよな」
急に名前を呼ばれた鷹野は目を見開く。
「あの女将さんが払ってくれた金がお前の稼いだ金だ。お前の価値なんだ」
「……俺……もっと、街の人と話してきます」
鷹野は小刻みに震える声で呟くと、前を向いて胸を張って大声で叫ぶ。
「俺、もっともっと、街の人と友達になって、スタジアムに来て貰います」
普段おとなしい鷹野の大声に選手たちが驚きの顔を向けた。
「鷹野だけじゃない。お前たちが引っ張ってきた人たちが落とす金がお前らの評価そのものなんだ。お前らが戦う場所は、ピッチだけじゃない。ピッチの外も戦場なんだ。ピッチ外で勝って、ピッチの上で稼げ。そうやっていくしか、ジャガーズの存在を認めさせることはできないんだ。そのために、窪田を獲得した。納谷を切ったのは、俺の力不足だ。恨むなら俺を恨め。だが敢えてお前達に頼みたい。このチームの価値を証明してくれ。それがお前達の未来を守ることにもなるんだ」
震える膝を必死に押さえながら、迫水は頭を下げた。
選手たちからの返答は何も無い。
平瀬やコーチ陣に頭を下げると、クラブハウスへと戻っていった。
クラブハウスに戻ると、スタッフたちにも頭を下げる。
「みんな、聞こえていたと思うが、ジャガーズは今季限りでシルバーブルーメへ売却される。ただ、これはまだ公式発表じゃない。だから、俺のところにもシルバーブルーメからの接触は無い。なるべく、お前たちの雇用を続けて貰えるように頼むつもりではいる。しかし、確実じゃない。だから、お前たちも、もっと稼いでくれ。俺たちフロントの価値は選手たちよりもシビアに稼いだ額で決まる。だから、頼む」
迫水は必死に言葉を絞りだしていく。
(頼む……伝わってくれ……)
頭を下げた迫水にスタッフたちは声も無く仕事へと戻る。
クラブハウスに入ってきた平瀬が、監督室へと顎で誘った。
「何か言ってくれても良かったんじゃないですか?」
ソファに崩れ落ち、頭を抱えた迫水から言葉が漏れた。
「ふん、あんな演説に口を挟むなんて野暮なことはしねぇよ」
腕を組み、仁王立ちで迫水を見下ろしながら平瀬は言う。
「ほら、顔を上げろ」
迫水が顔を上げると、平瀬は拳を振り上げ、力強く振り下ろす。
肩に拳が当たり、大きな音を立てた。
「しっかりしろよ、このスットコドッコイ。あれだけの演説をぶち上げたんだ。このまま、終わらせるつもりじゃねぇだろ?」
平瀬はニッと口を広げる。
「ええ、そのつもりですよ」
迫水も無理矢理に笑みを作り、平瀬の肩を拳で打つ。
ネームプレートのガチャガチャという音が二人の間を埋めていた。




