第9話 魔法特訓、という名の射的
露店のある通りからさらに学院を離れ、郊外の広い原っぱに着く。先輩はカバンから薄い紙でできたなにかを取り出すと、ローブの上からそれをかぶった。
「なんすかそれ」
「事務棟から大量にぶんどってきた魔力感応紙で作ったケープだ。どうだ、いい出来だろう?」
「事務の人かわいそう」
「黙れ、魔力を吸い尽くすぞ。ヒトスジシマカのきもちになるですよ!おいしい血を啜るんだ~ぷんぷんぷ~んちゅっちゅっちゅ~」
「はい。僕は何をすればいいか教えてください」
「今から私が離れたところに立つから、魔法を当ててくれ。命中すれば、感応紙が青く変色する」
「なるほど、確かに射的みたいっすね」
先輩は僕から4,5メートル離れた所で立ち止まり、僕へ向かって手を振った。
「心臓を打ち抜くっす!」
勢いよく治癒の魔法を放つ。魔力の塊は狙いより右にそれ、先輩の左腕をかすった。
「何してる~?目の前まで近づいてやろうかぁ~?」
「ぐむむ……次は当てるっす!」
今度は慎重に狙いをつけて放つ。僕の手のひらから出てきた魔法はふわふわと宙を漂い、先輩に届く前に消えてしまった。
「あれっ、む、難しい……」
「お手本を見せてやろう。ほい」
左手を銃の形にした先輩は、人差し指から白く細長い魔法を撃った。それは猛烈な勢いで僕の方へ飛び、眉間に直撃した。
「わ」
「安心しろ、ただの圧縮した空気だ。遠くの対象に魔法を当てたいときは魔力の放出を絞るイメージをするといい」
「うす!えいっ!」
言われたとおりにしてみると、放った魔法はレーザーのように飛んでいき、先輩の胸のあたりに当たった。魔力感応紙でできたケープに、じわりと青色がひろがっていく。
「ぐわーっ、やられた」
先輩は苦しそうに胸を押さえると、ばったりと倒れた。
「あははは、めっちゃ迫真の演技」
「……ふう。今とは逆に魔力を拡散させるイメージをすれば、狙いを付ける余裕のないときや、複数の敵に囲まれたときに役立つだろう。君の場合は強い光魔法を拡散させて放てば、咄嗟の目くらましに使えるかもな」
「なるほど……めっちゃ役立ちそうっす!ありがとうございます!」
「いや、そうなるんじゃないかな~と思っただけだ。試さずに信用するな」
「はい!近くまで寄って……とりゃ!」
「ぐわああああああっ!!ペプシ貴様、何をする!?」
「目くらましっす!」
「先輩で試すやつがあるか、バカモン!!」
「でも、実際役に立ちそうっすよ」
「ああ……数秒なら視界を奪う威力がある。その一瞬が生死を分けることもあるだろう」
「うおおお……なんかどんどん強くなっていく気がするっす!」
「こんなのはまだまだ序の口だ。次は動く標的や、より遠くの対象に魔法を当てる特訓をするぞ!」
「はい親分!」「いくぞ子分!」
・・・・・・
ふと、辺りが暗くなっている事に気づく。もう日が暮れ始めていた。
「訓練はこれくらいにしておこう」
汗で額に張り付いた髪をかきわけながら、先輩が言う。手作りのケープはすっかり真っ青に染まっている。
「さあどうだペプシ君、だいぶ魔力が消耗した感覚があるんじゃないか?」
「え?……うーん、別になんも変わらないっす」
「気付いていないだけだろう。朝から半日以上魔法を使いまくったんだぞ……私でも、ほぼ魔力が枯渇しているはずだ」
先輩が近づいてきて、僕の肩に触れる。
「……どういうことだ?甘い香りがするうまそうな魔力をたっぷりと感じる」
「魔力が足りなくなると、先輩に吸われたときみたいになるんっすよね?むーん……あそうだ、朝にシニリティバードの毒を治療した時は、似た感じになりましたよ。すぐ治っちゃいましたけど」
「……魔力の集積速度が異常に早い体質、という事か?ふむ、興味深い……」
「普通に傷を治すだけなら、いくら続けても魔力はなくならないと思うっす」
「そうか……ちぇっ、それなら耐久実験は中止だ。倒れてもすぐ復活されたんじゃ、しっぽりむふふな看病もできないからな。つまらん……」
「よこしまながっかりを感じる!!」
「はぁ……もう終わりにしよう。さあ、報酬をよこせ」
「何が欲しいですか?」
「君を抱きたい」
「どうぞ!」
僕が両手を広げると、先輩は微笑みながら僕を抱きしめた。
「汗のにおいがするっす」
「な、なに?君な、私だって一応女なんだ。デリカシーがないぞ……」
「めっちゃいいにおいっす」
「……そうか、ならローブの中に封じてやる。私のにおいに包まれるといい」
「……………あー、これ、やばいっすね。なんか頭の芯がびりびりします」
蒸れたローブの中で先輩にきつく抱きしめられると、とても気持ちがいい。
「ん、ああ……これはだめだな。まるで君を捕食しているみたいだ。するべきでないことをする前に、ここらへんでやめておこう」
僕は吐き出されるようにローブの外へ放られた。
「すべきじゃないことってなんですか?」
「誰も知らない森の奥の小屋で、君と死ぬまで幸せに暮らす事さ」
「わけわかんないっす。でも、なんとなく先輩の自己肯定感の低さを感じるっす」
「何を言う。私は世界の支配者だ」
「今日はありがとうございました。先輩のおかげで自分の力の使い方が分かったっす」
「……うん。私も楽しかった。じゃあな」
先輩は僕に背を向けて歩き始めて……ふと足を止めた。
「リィとのダンジョン探索……頑張れよ。応援してる」
その言葉には、皮肉や裏の意味を感じない、優しい母親のような響きがあった。
そして、先輩の背中はなんだか……寂しそうに見えた。
・・・・・・
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