第7話 君だけが私を満たす
ダンジョンを出て、街の教会へと向かう。死体を受け取った司祭は、僕たちにお礼を言うとそれを礼拝堂の奥にある部屋へ運び入れた。
しばらく待っていると、中から、教会から支給されたらしい、真新しい麻の服を着た転移者がぶつぶつ愚痴を言いながら出てきた。
「金貨三十枚ってどういうことだよ、ぼったくりだろ……でもまあ三十万か……それで復活できるなら安いっちゃ安いんか。ああくそっ、まだ針に腹をぶち抜かれたときの感触が残ってる……」
「おい、お前」「あ?」
「お前は私たちが助けた。謝礼をよこせ。目安は治療費の一割」
「……くそっ。ほらよ!!はあ、こんな事なら一人でダンジョンに入るんじゃなかった……」
「まいど。もうわたしに会わないようにしなよ」
「言われなくても!」
「思ったより稼げた。今日は運がいい」
手の中の三枚の金貨を夢中で見つめて、リィはほくほく顔だ。
「死体が見つからない時もあるの?」
「大体ケガ人。そのときは銀貨何枚か。最悪なのは、ケガ人がいるふりをしたスカヴのパーティー。始めの頃は何度かひどい目に遭った。まあ、もうひっかからない。今日のは蘇生の難しい腐りかけの死体だったから、一番良かった」
「……ケガ人を見つけて死ぬまで放置したら、もっと稼げそうだなー」
「……最低。ハルトもやっぱりまろーどなんだ」
「や、そんなマジで引かないでください。仮定の話っす……」
帰り道でリィへ必死に弁解していると、今日助けた二人とばったり会った。そのまま酒場へ行き、たらふく料理を奢ってもらった。幸せそうにステーキをほおばりながら、リィは二人にダンジョン攻略のコツを教えていた。
「面倒見いいんっすね」
帰り道、夜の街を歩きながら言う。
「別に」
「あの二人とパーティー組んだらどうですか?相性良さそうでしたけど」
「いい。ずっと一人でやってきた」
「なんで?やっぱ、ギルドには入っといた方がいいですって」
「一人の方が楽」
「でも、僕が付いてくのは大丈夫だったじゃないっすか」
「それは……かけた金の分働かせるため」
「それ、順序が逆っすよ?」
「……うるさい黙れぶったたく」
「わ、ぼーりょく反対っす!」
ぽかぽかと頭を叩かれたりしながら楽しく歩き、リィの家に着く。
「……あれ、窓から明かりが漏れてる」
「ん、ササキ」
「佐々木……?え、佐々木ってあの、転移してきた時に会った?なんで?」
「隣に住んでる」
「そうなの!?」
リィが扉を開けると、テーブルにいた佐々木……と先輩がこちらを振り向いた。
「おかえり、リィちゃん。家の前でお友達が待ってたから、勝手に上がらせてもらってるよ」
「ただいま。そいつは友達じゃないから追い出していい」
「おいおい、随分な言い草だな。私が君にペプシ君を貸しているのを忘れるなよ?」
「……さらっと僕の所有権を主張しないでもらっていいですかね」
「ありゃ、またお友達?……ああ、ハルト君じゃないか!」
「どもっす。おとといはお世話になりました」
「ササキ、今日はなに持ってきた」
「モチョイモの煮っ転がしだよ」
「おー。あれはうまい」
「ササキさんには、よくおすそ分けしてもらうの?」
「おすそ分けじゃない。ササキはおっちょこちょいだから、たまにおかずを作りすぎる。仕方ないから、私が食べてあげてる」
「そうそう、あたしゃとってもうっかりやなのさ。リィちゃん、お皿にイモ盛ろうか?」
「ん。食べる」
「ステーキ三枚食べてたのに……」
「いいんだよ、育ち盛りなんだから。ハルト君も食べな」
「お腹いっぱい食べてきたので、やめときます」
「そうかい……。そういえばどうだった、適性検査?モッテモテのうっはうはになれそうかい?」
「聞いてやるな、ご婦人。なんと彼は、矮小なる光魔法しか使えなかったのですよ」
「あら、そうなの?それじゃ、アタシとおんなじだね」
「……矮小と言ったのは言葉の綾であって、使い方によっては光魔法が絶大な効果をもたらす場合もありますがね……」
「あ、先輩が気まずそうにしてる。珍しい」
「うるさいな。君の舌を切り刻んで夜空に浮かべるぞ。さぞ綺麗にまたたくだろうな」
「僕、光魔法だけじゃなくて、治癒の魔法も使えるようになったんですよ」
「治癒の……魔法?ふむ……」
「ハルトの魔法を使って、ダンジョンで稼ごうと思ってる」
「あ。考え中って言ってたの、それ?」
「ん。教会まで連れ帰る必要もないし、治療費が全部儲けになる」
「あらリィちゃん、パーティ組むの!?そうかいそうかい、そりゃいいことだねえ」
「べ、別にパーティーとかそういうのじゃない......」
「でも、勝手にそんなことして、教会の人に怒られないかな?」
「平気平気、バレなきゃいいんだよ」
「さ、佐々木さん……常識人枠だと思ってたのに」
「人生、ノリと勢いで生きるくらいの方が上手くいくもんさ」
「ええ……」
「明日からさっそく始める。またあのダンジョンに行こう」
「待て、リィ。明日一日はペプシ君を返してもらうぞ。治癒の魔法とやらを色々調べてみたい」
「嫌。ハルトはわたしと行く」
「どの程度の怪我まで治せるのか、副作用はないのか、連続で魔法を使用した時、ペプシ君がどの程度消耗するのか……何も分からないうちに実戦へ向かわせるのは、彼をぞんざいに扱い過ぎではないかね」
「……何かあったら守る」
「信用できない。明日は魔法学園で検査だ。いいな」
「むう……。ハルトにヘンなことしたらぶったたく。ササキ、イモおかわり」
リィは悔しそうに先輩を睨みつけながら口いっぱいにイモを詰め込むと、それを水で流し込んだ。
「けぷ。お腹いっぱい。寝る」
「あ、ちょっとリィ……行っちゃった」
「私に言い負かされたことが悔しいんだろう。少し言い過ぎたかな、今後は優しくしてやろう……実にいい気味だ、野蛮人めが」
「本音漏れてますよ」
「おっと失礼、スリップオブザタンというやつだ」
「どういうやつですか、それ……?」
・・・・・・
「部屋を片付けてくれたのはハルト君?ごめんねえ、大変だったでしょ?」
鍋と皿を洗っていると、ササキさんが話しかけてきた。
「まあ……結構悲惨な感じでしたね」
「いつもはちょいちょいアタシが掃除してるんだけどね、盛大に腰やっちゃってさ。しばらく教会に通ってやっと楽になってきたんだけど、随分長い間リィちゃんを放ったらかしにしちゃってたから、心配してたんだよ」
「リィに片付けを覚えさせないとっすね。今日も皿を下げもしないで寝ちゃったし」
「アハハ……アタシも悪いのさ。ついリィちゃんを甘やかしちゃってね。ちょうど孫と同じくらいの歳だから……」
「そうだったんですか……」
「最後に孫を見たのは、もう十年以上前になるねえ……買ってもらったばかりの水色のランドセル背負ってさ、おばあちゃん、これかわいいでしょって得意そうに言って……」
「……心中、お察しします」
珍しく真面目な顔でそう言った先輩に、ササキさんは笑って首を振った。
「いやあ、もう戻れるなんて思っちゃいないさ。でもだからこそ、リィちゃんみたいな子が辛い目に遭ってるのを見るとほうっておけなくてねえ。ハルト君、エイアちゃん、あの子の事、よろしくね」
「うす!」「……ええ」
空になった鍋を持って、ササキさんは帰っていった。
「……ようやく二人きりになれたな」
「二人きりになりたかったんですか?」
「来い」「はい」
「わ。なんすか、急に抱きしめて」
「……寂しかったんだぞ」
「たった一日じゃないっすか」
「本当はずっと一緒にいたいんだ。一秒だって離れたくない」
「先輩、僕のこと好き過ぎじゃないですか?」
「ああ。君だけが私を満たす。君は私と向き合ってくれる。君といるときは、受け入れてもらえているんだと感じられる」
「……?当たり前じゃないっすか。誰かと一緒にいるってことは、その人と向き合うってことですよね」
「……フッ、その純粋さがどれだけ価値のあるものか、君は自覚した方がいい。私のような破綻者と一緒にいてくれるのも、たまたま出会っただけのリィの力になろうと懸命に努力するのも、君にとっては当然でも、本当は全く当たり前のことじゃないんだ」
「やりたいようにやってるだけっすけどね」
「それでいいんだ。これからも、変わらずにいて欲しい」
「うす」
「なあ……なんでも言うことを聞くから、ちょっとわがままを言っていいか?」
「なんすか?」
「君の首筋を噛みたい」
「……きしょいと切り捨てるかどうか、絶妙なラインっすね」
「いつもと比べて、随分と緩いラインだな」
「だって二人きりですし......それに先輩今、ふざけてないでしょ」
「……はは。勝てる気がしないな、君には」
「……いいっすよ、どうぞ。ガブっとやっちゃってください」
「……ほ、本当にいいのか?じゃあ、いくぞ……」
先輩は僕の首筋に軽く歯を当てると、そっと顔を引いた。
「…………。あれ、もう終わりっすか?めっちゃソフトタッチっすね」
「痕を……残したくない」
「残したいのかと思った」
「君は、私の下賎な独占欲などに汚されるべき存在ではない」
「なんすかそれ、大袈裟だなー」
「どっちにしろ、仮面が邪魔で強く噛めない」
「外せばいいじゃないっすか」
「そんな勇気はない。君に嫌われたら、私の人生は二度目の終わりだ」
「そっすか。ま、気が向いたら素顔を見せてください。嫌いになったりしないんで」
「ああ……おいおいな。ところで……私に何をして欲しい?何でもすると約束したな」
「……本当に、なんでもしてくれるんっすか」
「ああ、制限はない。ちなみに私なら人権を渡せと命令する」
「いやえぐっ。……じゃあとりあえず、ちょっとずつ魔力吸うのやめてもらっていいですか?足に力入らなくなってきたんで」
「何っ……!?あ、す、すまない。つい無意識に……」
ぱっと僕から離れて、先輩は珍しくわたわたと慌てた。魔力を吸われすぎたせいか、頭の奥が切って開かれたような、不思議な感覚に襲われる。
「うぐぐ……あ、頭が……」
「あ、ああっ……こんなことをするつもりじゃなかったんだ、本当だ……」
「ふふっ。先輩がそんなに慌ててるとこ、初めて見たっす。別にいいっすよ,もう治ってきたんで」
「い、いや、だが……ご、ごめん……」
「まったく、先輩ははらぺこサキュバスか何かですか?」
「サキュバス……か。それよりももっとおぞましいものかもしれないぞ、私は」
「じゃ、ダークネスサキュバスとかですか?」
「サキュバスは元々闇の眷属だろう。それでは意味が重複してしまう」
「急に真面目に答えないでくれます?」
「そろそろ帰るとするよ。君も、早く休んだ方がいい。明日の朝、また迎えに行くから」
「うす」
ベッドで横になりながら、僕は先輩の事を考えた。
「あんなふうに素直に気持ちを伝えられる事なんて、向こうの世界じゃ一度もなかったのに。こっちに来て色々吹っ切れたんかな、先輩。もう死のうとは思ってなさそうだし、災い転じて福となす、ってやつだな。……でも、なんか申し訳なくもあるんだよなー。先輩からの愛が思いのほか莫大すぎて、つり合い取れてねー感じがする。先輩に抱きしめられたり、噛まれたりするの、普通に嬉しいとは思ったんだけど……。
……まいっか。眠いからねよ」
・・・・・・
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