第6話 嫌じゃない。慣れてる
次の日、リィに連れられて防具屋へ向かう。胸と肩だけを覆う簡単なレザーアーマーを手に取ると、彼女はそれをこちらへ投げてきた。
「うわ、意外と重い」
「今日はダンジョンに行く。着て」
「ダンジョン!なんか、冒険っぽくなってきたっすね」
「……なんで喜ぶ?危ない場所なのに」
「異世界といったら、剣と魔法とダンジョンじゃないっすか」
「……?とにかく、浮かれるな。死ぬ」
「うす。……あの、お金ないです」
「私が出す。働いて返して」
「これ、どうやって着るんすか?」
「はあ……お前、一人じゃなんにもできないんだね」
呆れた顔をしながら、リィが鎧の革紐を通してくれた。
「ありがとう」「別に」
次に道具屋へ行く。リィは手慣れた様子で次々と商品を手に取り、両手にいっぱいのアイテムを抱えて会計へ向かった。
「ヒーリングポーション、毒消し、麻痺直し、眠気覚まし、気付け薬、ベルトポーチね。リィちゃんはお得意様だから、金貨五枚でいいよ」
「ん」
「た、高い……」
「ハルト、持って」「うす」
「怪我したらこれ、毒になったらこれ、痺れたらこれ、眠くなったらこれ、ヘンなものが見えだしたらこれ。分かった?」
「え、くれるの?」
「ダンジョンに行くから」
「でもそれじゃ、リィの大損なんじゃ……」
「安心して。全部体で返してもらう」
「きりきり働くっす……」
「ヒーリングポーションは指に付けて舐めるだけで傷が治る。全部飲んだらぶったたく」
「はえー、すっごい効果」
「教会で聖別されてる。一本金貨五枚」
「高ぁっ!?……あの、これ返品して、こっちの薬草ポーションにしません?」
「それは傷を治すためのものじゃない。健康になりたいわけじゃないでしょ」
「なるほど……」
ポーチを腰につけ、街を出て小さなダンジョンへ向かう。転移者の来る満月の日以外は、リィはいつもそこでお金を稼いでいるらしい。
「私の踏んだ床を歩く、壁に触らない、他のパーティーに近寄らない。生きてダンジョンを出たいなら守って」
「了解です親分!」
「おやぶんじゃない」
「おやびん!」
「もっとだめ」
「がーん」
ダンジョンの中はじめじめと薄暗い石造りの迷宮になっていて、不思議と強い既視感を覚える。
「うわ、ほんとにRPGでよくあるやつそのまんまだ……」
「なにそれ」
「なんでもないっす。あ、服光らせましょうか」
「だめ。隠れたいときもあるから、光らせるならすぐしまえるのがいい」
「じゃあ、リィのダガーとか」
「だめ。攻撃が丸見えになる」
「じゃあ、何を光らせれば……」
「何もしなくていい。いつも通りたいまつを使う」
「それだけはだめっす!お荷物にはなりたくないっす!」
「それなら、ハルトの頭を光らせて」
「え」「嫌なら何もしないでいい」
「うう……くっ」
「ん、人間たいまつ。いいね」
「……どもっす」
「私が言ったらすぐフードを被って」
「あい……」
リィの後ろについてダンジョンを進む。初めのうちは緊張していたが、いつまでも同じような景色が続くし、罠も、宝箱もモンスターも何にもないしで、足の疲れの方が気になってきた。
「ち、ちょっと休憩しません?」
「もう?ひよわすぎ」
「そうっすか……残念っす。お昼ご飯においしいサンドイッチを作ってあったんだけどなー」
「無理はよくない。すぐ休もう」
干し肉、チーズ、葉野菜のサンドをがつがつと頬張るリィに、気になった事を聞く。
「なんか、クエスト的なの受けなくていいんっすか?ゴブリンを3体倒すとか、薬草を5個納品するとか、ダンジョンのボスを倒すとか、そういうのっす」
「私はギルドに入れない」
「え!?めっちゃ強そうなのに」
「まろーどは魔法のおかげで雑に強い。私は魔法が使えないから、パーティーを組まないと無理」
「雑に強い……?」
「ん。装備も知識も経験も足りない。でも、私が命がけで倒せるかどうかのトロルを、簡単に何匹も倒してしまう」
「なるほど……なんか、転移者を嫌う人がいるっていうのもなんとなくわかるっす」
「冒険者も、学者も、魔法使いも、今の偉いやつはみんなまろーど。そのうち、ティンはまろーどの国になる」
「僕たちのせいで……なんかすんません」
「ハルトは悪くない。強くもないけど」
「強くないは余計でしょ!」
「ケケケ、ざーこざーこ」
「もうっ……」
休憩を終え、再び歩き出す。しばらく進んでいくと、道の真ん中に豪華な宝箱が落ちていた。
「触らないようにして」
「え、開けないの?」
「どうせゴミしか入ってない。罠だった時くそだるいから、開けない方がいい」
「そっか……」
さらに進んでいくと、急にリィが立ち止まった。
「ニードルピットの罠を踏んだやつがいる。やっと稼げそう」
背伸びしてリィの肩越しに覗いてみると、少し先の床一面に、腰の高さほどの赤くさびた針がびっしり生えていた。
「お、いたいた。やっぱりおばかなまろーどだ」
「え?……ぎゃあああっ!!」
「うるさい」
「し、し、死体!!串刺し!!お腹から出ちゃいけないものがポロポロリぃぃい!!」
「見ればわかる」
「なんでそんなに冷静なの!?人が死んでるんだよ!?」
「これを探しに来た」
「はぁ!?ダンジョン探索って言ったら、宝箱を開けたり、モンスターを倒したりして稼ぐもんでしょ!?」
「ハルトの常識なんて知らない。私はずっとこうして稼いできた。……よっ」
リィは淡々と死体を引っこ抜くと、床に落ちていた腐りかけの内臓を拾い、まとめて大きなぼろきれでぐるぐる巻きにして、抱えて運び始めた。
「そ、それどうするの」
「教会へ持ってって蘇生する。その後がっぽりお礼をふんだくる」
「そっか……死体からアイテムを盗むとかじゃなくてちょっと安心したかも」
「……私には誇りがある。スカヴなんかと一緒にしないで」
「ごめん……」
「ん」
「…………それ、運ぶの手伝うよ」
「別にいい」
「お願い」
「……じゃ、足の方持って。私は頭の方を持つ」
二人で死体を運ぶ。腐ったにおいが鼻まで届いて、僕は奥歯を噛みしめて吐き気をこらえた。何度も繰り返すうちに頬を噛んでしまい、口の中が錆の味でいっぱいになる。
「顔、真っ白。どうしてそんなに無理するの」
「リィだけに、嫌なこと押し付けたくないんだ」
「嫌じゃない。慣れてる」
「……なら、僕も慣れるよ」
「へんなの」
宝箱の辺りまで戻ると、男の叫び声が聞こえた。進んでいくと、壁にもたれ掛かって真っ青な顔をしている男と、泣きそうな顔で彼の肩に刺さった矢を抜こうとしている女がいた。
「あなたたち、助けて!!宝箱を開けたら急に矢が……私の婚約者なの!!」
「ヒールはできるの」
「え?」
「治癒の奇跡は使えるの」
「つ、使えないわ」
「ヒーリングポーションは」
「あんな高いもの、買えないわよ……」
「なら矢は抜かないで」
リィは女を押しのけると、男の髪を引っ張って顔を覗き込んだ。
「おい、目は見える?」
「い、息が苦しい……吐きそうだ……」
「手や足の痺れは?」
「ない……」
「女、毒消しは」
「こ、このダンジョンにはスライムとゴブリンしか出ないって……」
リィはため息をつくと、冷たい声で言った。
「弱い毒だから死にはしない。魔物に見つからないうちにダンジョンから出て」
「……たっ、助けてくれないの!?あんまりだわ!!」
「どうせ金も持ってないんでしょ」
「……ひどい人!!」
「リィ、お金は僕が返すよ。だから……」
「ただで助けて、次はどうするの?こいつらはまた準備不足でダンジョンに潜って、次は私たちの知らない所で死ぬことになるかもしれない。そんなのは嫌」
「そ、それはそうかもっすけど……」
「こ、この人の……ゴホッ、言う通りだ。マリー、俺達は世界中のダンジョンを制覇するんだろ?これくらいのピンチ、二人で乗り切れないとな。大丈夫、歩けるさ……」
女に助けられながら、男はおぼつかない足取りで歩きだす。僕は自分の無力さに我慢できなくなって、思わず二人に声をかけた。
「あ、あのっ!僕、ものを光らせられるんですが、よければ何かを光らせましょうか?」
「ふざけないで!要らないわよ、そんなの!」
「うっ、ですよね……」
「まあまあ、彼に辛く当たるな。……ハハ、なかなか素敵な頭じゃないか。せっかくなら、俺の髪も光らせてくれるか?」
「うす!」
毒が早く消えてしまうように願いながら、光の魔法を放った。
「……あれ、光んないや。すんません、もう一度……」
「……あんた、俺に何をした?」
「え?僕、何かやっちゃいました?」
「毒が消えちまった!それに、力がみなぎってくる!」
「ええ……?ほんとっすか?」
「ああ!なあ、そこの大きなあんた、俺の矢を抜いてくれないか?」
「血が出るからダメ」「いいから、頼む!」
リィが男の肩から矢を引っこ抜くと、血しぶきが舞い、男の服に血の染みが広がっていった。気持ち悪くなって、慌てて目をそらす。
「ああ、やっぱりだ!傷が治っていく!」
「……ハルト、治癒の奇跡が使えたの?」
「よくわかんないっす……いつもと同じように、えいやってしただけっす」
「ふーん……」
「ほ、本当によくなったの、アラン?」
「本当さ、マリー!こうやって肩を回しても……ほら、全然痛くないぞ!」
「まあ、なんてこと……!」
「いつもより調子がいいくらいだ。なんなら、このままダンジョンを制覇できそうだよ」
「死にたいの?」
「分かってる、ちょっとした冗談さ。今日は戻って、準備を整え直すよ」
リィに怒られて苦笑いした男が、僕へ向けて笑顔で言う。
「あんた、本当にありがとうよ。帰ったら必ず礼をさせてもらう」
「はい。えへへ……」
遠くなっていく二人の背中を見送る。足元から漂ってきた死臭で浮かれた気分が吹き飛び、げんなりしながら死体の足を持ち上げる。
「リィ、行こう。…………リィ?」
「金貨五枚……ハルトなら、すぐ稼げるかもしれない」
「そうなの?なんで?」
「考え中。後で話す」
「了解……」
二人で黙々と死体を運んだ。
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