第4話 空っぽのまま生きていけ、なんて
リィに案内してもらい、適正検査を受けるため魔術学院へ向かう。貸してもらったフード付きの外套は僕には大きすぎるし、血生臭いにおいが染み付いていたが、光りまくる身体を隠す為には我慢するしかなかった。
街並みの景色はまるでファンタジーの世界に入り込んでしまったかのようで、現実味がない。でも、市場の喧騒も、出店の料理の香ばしい匂いも、通りの石畳を踏み締める感触も、確かにそこに実在していた。
やがて見えて来た一際目立つ建物を指し、あれが魔術学院だとリィが言った。学院の周りには書店や食べ物の出店、怪しげな品が並ぶ露天商などが並んでおり、高級そうな青いローブを羽織った人たちで賑わっていた。
「リィ、あの服って学院の制服?」
振り向くと、後ろにいたはずのリィが消えている。
「……おっちゃん、学院いも一つ」
「あいよ、まいど」
「買い食いしてる……」
「ん、なに。あげないよ」
「取らないよ。あの人たちの服って……いや、もういいや。僕が適正検査受けてる間、リィはどうする?」
「ついてく。ハルトがみんなの前でバカにされるのが見たい」
「こいつ……フン、偉大な魔導士を飯炊き男としてこき使おうとしたこと、後悔させてやるっすよ」
学院に入る。豪華な家具類につやつやの白い石材でできた壁と床、青白い魔法の火が灯る壁掛けの燭台……なんだか学校というより、貴族の館のようだ。
「絨毯、ふかふか」
「儲かってるっぽいね」
きょろきょろとあたりを見ていると、受付の女性がこちらに気づいた。
「新規転移者の方ですね、お名前をお願いします」
「霧原晴人です。こっちは……その、僕の付き添いです」
「ん。コイツ、一人じゃ何もできない」
受付の女性は一瞬怪訝な顔をしたが、頷いて手元の書類をめくると、慣れた様子で言った。
「キリハラハルト様……はい、確認できました。あなたのトイボクスへのご来訪を歓迎いたします。右手の渡り廊下を進み、奥の訓練所までお向かいください」
訓練所の中には数十人の転移者がいた。向こうの世界の服を着た彼らの中で、僕たち二人は明らかに浮いていた。リィはまったく気にしていないようだったが、周りの視線が痛い。
と、突然中空に陰気な老人の顔が浮かび上がり、こちらへ向かって話しかけてきた。
「異世界からお越しになった諸君、こんにちは。私は本日皆さんが自らの魔術の適性を見つけ出すことに協力させてもらう、ロウ・コンラートという。本来このような仕事はもっと低級な魔術師が行うのだが、今回の満月では非常に多くの健康な転移者がいたという事で、高等な投影魔法が使える私が呼び出されたというわけだ。
えー、最近の若者、特に一部の転移者たちは魔術の才能や便利な魔導具に頼りきりになり、魔法の原理や、その成り立ちをないがしろにしがちだが、ここにいる君たちはそうならないようにしてもらいたい。そもそも魔法というものの始まりは先史時代の女帝、ミテマと神との契約にまでさかのぼると言われており……」
「話の長いジイさんだな。君もそう思うだろう、ペプシ君?」
その声を聞いた僕は、信じられないような気持ちで振り向いた。いつの間にか後ろに立っていた彼女は、口の片端を釣り上げてにやりと笑った。……左の顔半分はなぜか仮面に覆われている。それでも、見間違えるはずはない。
「藤原先輩っ!!」
「シーッ。ああいうジジイに目を付けられると面倒だぞ」
彼女はゆったりとしたローブから腕を出し、立てた人差し指を唇に当てた。頷いて、囁き声で言う。
「どうしてこっちに?」
「妙な事を聞くんだな。君を追いかけて飛び降りたに決まっているだろう」
「ええ……それじゃ何のために僕が落ちたんだかわかんないじゃないですか」
藤原先輩の顔から笑みが消え、深いこげ茶の瞳がまっすぐに僕を捉えた。
「君があの時、自らを犠牲にすることで私を救ったと考えているのなら、それは大きな勘違いだ。私は、人生であれ程残酷な仕打ちを受けたことがない。君のいない世界で空っぽのまま生きていけだなんて、そんなむごいことを言うな」
「先輩……」「ペプシ君……」
「ハルト、なにこいつ」
見つめ合う僕たちを、リィが邪魔する。
「……ペプシ君。なんだコレは?」
氷のように冷たい声で、藤原先輩が言った。
「コレ、じゃない。リィ」
「これはこれは。ご丁寧な自己紹介をどうも、リィ。参考までに訂正しておくと、私はこいつ、ではなくエイアだ。……ところで君の職業は猟犬使いか何かかな?全身からケダモノの臭いがするんだが」
「バカにしてるのか、まろーど……」
「おっと、流石に皮肉を解する程度の知性はあったようで安心したよ。でなければ挑発しがいがないからなぁ?」
「ちょっとちょっと、二人ともケンカはよくないっすよ……」
そうして僕たちがもめていると、転移者の一人が呆れたように声をかけてきた。
「あんたら、なにやってるんだよ。早く列に並びなって」
「え、列……?」
辺りを見回すと、もう幻影の老人の話は終わっており、他の転移者たちは三列に並んでいた。その一番前の転移者たちは、さっきまではなかった魔法陣の上に立ち、狼のような幻影とそれぞれ向き合っている。
「あの幻影に向けて魔術を放つんだ。魔法陣には魔力の制御を助ける機能がある」
「藤原先輩、どうしてわかるんっすか?まさか、あんなに言い争いながらおじいさんの話を聞いてた……?」
列の後ろに並びながら、驚いて聞く。
「ああ、私の魂と意識は二つあるからな。実はもう試験を済ませているんだ。ここにいれば君に会えると思って、待っていた」
「終わってたんですね。結果はどうでした?」
「幸い、少々素養があったようでね。明日からこの学院の特別研究員として働くことになった。見たまえ、このメダリオンを!魁ける者の瞳とかいう名前で、特別研究員の証らしい」
「はえー、銀ピカでかっこいいメダルっすね。でも生徒とかじゃなくて、いきなり研究員ですか?」
「私もそこら辺はよくわかっていないんだが……まあ、せいぜい名前負けしないよう努力するさ。魔術とやらがどれだけ複雑な系統を持っていたとしても、私の心よりは単純だろう。二日で丸裸にしてひんひん言わせてやる。私は魔術界のチャラ男だ、ドシタンハナシキコカ!?」
「やる気満々っすね、先輩。僕もいい結果が出せるように頑張らないと」
「……ハルト、こいつの言ってる事がわかるの」
「うん。リィもそのうち慣れるよ」
「慣れたくない」
「ときにペプシ君、ずっと全身を隠しているようだが……まさか、転移中に何かあったか?」
「あー……いや、そういうワケじゃないんっすけど……」
「歯切れが悪いな。ならなぜ隠す?……心配をかけまいと嘘をついているんじゃないだろうな?そんなことをしたら極刑だぞ極刑」
「えっと……」
「見せてやればいい。……えい」
リィは僕の外套を掴むと、フードをひん剥いてきた。光り輝く僕の顔を見た藤原先輩が目を丸くする。
「ちょっと、やめてよ!」
「あははは、ばーかばーか。ぴかぴか頭」
「それは違う意味になるでしょ!」
慌ててフードを被りなおす。藤原先輩が近づいてきて、フードに手を差し込み、僕の頬に指を添えた。
「ふうむ……明かりのスイッチはどこかな。ここか?んー……こっちか!?」
「顔をもみくちゃにひないでくらはい……」
先輩は黙り込んで真剣な顔になると、ぶつぶつと何かを呟いた。頬に触れた手を伝って僕の中に何かが刻み込まれ、ほんの少し、魔力の流れを鮮明に感じられるようになった。
「フフフ……終わったぞ」
「……リィ、僕の顔見て!まだ光ってる!?」
「あーあ」
「っしゃ!消えた!ありがとうございます、先輩!」
「これくらいなんでもない。だが……随分とひねくれた性格のペットだな、ソレは」
「ペットて……そういう呼び方はダメっすよ、先輩」
先輩は僕の言葉に答えず、少し怖いほど真っすぐな瞳で僕を見つめた。
「……どうしたんですか?僕の何か顔についてます?」
「いや。久しぶりに顔をちゃんと見たら……本当に君が生きていたんだと実感してな。ガラにもなく感動していた」
「久しぶり、って……昨日会ったばっかじゃないっすか」
「ああ、そうだったな。あんなことがあったからだろうか……転移してからこうやって再会するまでの間が、妙に長く感じられてね。……本当にすまなかった。もう二度と、君をあんな目には遭わせない。私の全てを賭けて守ってみせる……」
「大げさだなあ。僕も先輩も無事に生きてるんだし、それでいいじゃないっすか。そんな責任感じないでください」
先輩と話していると、いつの間にか僕の番が回ってきた。
「はあ……ようやく最後か。では各人魔法陣の上に立ち、魔力を高めてスピリットウルフに放ち、撃退したまえ」
幻影の老人が投げやりに言う。魔法陣の上に立つとすぐ、身体の内側から力が湧き上がってくるのが分かった。
「朝やった時とは全然違う……これならいける!失敗する気がしない!」
魔力の流れがハッキリと感じられ、それを自在に操ることができた。僕は高めた魔力を右手に集中させ、狼の幻影へ向けて放った。
「燃やしつくせーっ!」
僕の手のひらからまばゆい光の球が飛んでいき、幻の狼に激突する。衝撃と共に、爆発音が鳴り響いた。
「よし、今度こそ絶対に決まった……!」
「ふむ、右の者はそこそこ優秀な火炎魔法の素質があるようだな。中央は疾風。二人とも行っていいぞ。
……左の君!私はウルフを倒せと言ったんだ、光らせろなどとは言っていないぞ!」
「あれぇ……なんでぇ……?」
後ろでリィがけらけら笑っているのが聞こえる。僕は顔が熱くなるのが分かった。
「そもそも君、女を二人も侍らせおって、けしからん!君のような軽薄な転移者が、この国を堕落させるのだ!」
「……聞き捨てならないな、ジジイ。ペプシ君は我々を侍らせているのではない、所有しているのだ」
「とんでもない嘘をつかないでください……」
「ふざけるな。わたしはこいつのなんかじゃない」
「君、魔術学院の重鎮である私に何という口の利き方だ!何様のつもりだね!?」
「特別研究員様、だ。『魁ける者の瞳』という名に聞き覚えはないか?形式上、君より立場は上のはずだがな、ロウ・コンラート『助教授』?」
「な、何いっ?君……い、いや、あなたは……。くッ、そこの男!さっさとウルフを倒してしまえ!敵意や殺意を魔法に込めればいいだけだ、これ以上私の時間を無駄にしないでくれたまえ!」
頑張って言われたとおりにしようとしてみるが、焦って魔力の制御が上手くいかなくなり、二度目で狼の頭上に光の球が浮かび、三度目には訓練所全体の床と壁がぼんやりと光りだした。
「もう十分だ。お前の才能はほとんど威力のない光魔法のみ。三歳の幼児ですら使える初級魔術だ。せいぜい、素行だけは転移者の恥さらしとならないようにしたまえよ」
馬鹿にしたようにそう言って、老人の幻影は消え去った。
「さ、三歳……三歳だって、くひひ……」
「そろそろ笑うのやめてよ!リィはそもそも魔法使えないよね!?それよりは偉くない!?」
「コレは安心しているんだよ、ペプシ君。君が、自分と同じ低みに留まったことに。……そうだろう、リィ?」
腹を抱えて笑っていたリィは驚いたように顔を上げると、先輩をにらみつけた。涼しい顔でその視線を受け流しながら、先輩は僕に言う。
「もし君が構わなければ、私の付き人にならないか?部屋の片付けとか、肩もみお茶汲み、あと君の手作り弁当もまた食べたいな、まあとにかくそういう身の回りの世話をしてほしいんだ。正直、見知らぬ世界で一人では不安でね。気心の知れた人間がそばにいれば心強い。金銭面では十分な報酬を出せると思う」
「……考えさせてもらっていいっす?今すぐはちょっと」
「……なぜだ?四六時中私のそばで役に立てるんだぞ?本当なら金を払ってもらいたいくらいなんだが」
「なんすかその無限の自信は……。リィと約束したんっす、しばらくご飯作るって」
「……………。私より、ソレの方がいい、と?」
先輩の身体から冷たい魔力が吹き出し、耳の先がちりちりと痛んだ。
「お、落ち着いてください。そういうんじゃなくて、実は……」
先輩の耳元に口を近づけて囁く。
「リィ、孤児なんすよ多分。家はぐちゃぐちゃの食事はぽしょぽしょで、もう見てらんないっていうか……」
「君、そういうことは早く言え。浮気かと思ったじゃないか。危うく君に砂糖を振りかけた後氷漬けにして毎日ぺろぺろするところだったぞ」
「だいぶきしょいこと言ってるけど大丈夫っすか?」
「この程度で君は私を嫌いにならない」
「嫌な信頼を感じるっすね……」
「まあ、そういうことなら君の好きにやってくれ。私もできる限り協力する」
「あざす」
「さっきから、何をこそこそ話してるの」
「なに、大した話じゃない。一緒に捨て猫を飼わないかと相談されていたんだよ。つまり指向性のない優しさ、博愛精神の発露だな。実にペプシ君らしいと思わないか」
「意味がわからない」
「……あいてっ。なぜ脇腹をつつく、ペプシ君」
「そういう例えはやめましょうか。リィは人間です」
「う、ごめん……」




