第3話 まずい。おかわり
「今夜はもう稼げない。お前のせい。死んでればよかったのに……」
薄暗く散らかった小汚い民家に着くなり、リィはそう言った。家具は素朴だがしっかりした作りで、ダイニングのテーブルには4つの椅子が備え付けてある。だが床にはほこりや食べかす、武器らしき刃物やぼろきれが散乱していて、ほとんど足の踏み場がない。
「それ、やめてください。あなたに迷惑をかけてるのはわかりますけど、こっちだって訳が分からないんです。転移してきたのは僕のせいじゃないのに、死んだ方が良かったなんて言われたくない」
「……別に、お前が嫌だから死んでほしい訳じゃない。生きてたら、お前に金貨一枚、私にも一枚。死んでたら、全部私の。わかる?」
「転移した人の死体を見つけた方が、お金がたくさんもらえるってことですか?」「そ」
「なんだか変な制度ですね……。それじゃあ、見つけた転移者を殺した方が得じゃないですか?って、そんな事する人いるわけないか……」
「いるよ」「え」
「大体すぐにばれて捕まるけど、まだばれてないやつもいる。私に見つかって良かったね。私はまろーどが大嫌いだけど、殺すほど落ちぶれてない」
「マロード?」「お前たちのこと」
「ああ、転移者を指す用語なやつですか。あんまり、いい含みはなさそうですね」
「ん。お前の事をまろーどって呼んでくるやつがいたら、逃げて。ひどい目に遭わされる」
「じゃあ、今逃げた方がいいですか?」「だめ」
「分かってます。冗談です。……あの、僕ここで待ってるんで、もしあれだったら仕事に戻ってもらっても……」
「お前がなにかしたら私の責任になる。見てないと信用できない」
「それも、そうか。初対面っすもんね」
「……お前、素直だね」
「よく言われます」
「まろーどにしては、だけど。それに肝も据わってる。大抵のやつは泣くか、暴れるか、家に帰せって怒鳴るのに。……まあ、死んだり、死にかけてる他のまろーどを見なかったからかもしれないけど」
「それってどういう……」
リィが立ち上がり、黒い塊とコップを持ってきた。
「これは……?」
「肉と水」
そういうと、彼女は自分の分を食べ始める。干し肉はまるで石のように堅く、水の入った木のコップにはべたつく黒い汚れがこびり付いていた。
「満月の晩ごとに、お前らはやってくる。いつもは大体金貨15枚くらい稼げる。教会に6人の死体を運ぶ間に、生きてるやつは一人か二人しか見つからない。それも大体死にかけてる。お前たちは、仲間の死体に囲まれて起きるのが普通」
恐怖で血の気が引き、少し吐き気がした。
「でも今日は、生きてるやつしか見つからなかった。金にならない割に手続きがめんどくさいから無視してたら、お前に会った。今晩はおかしい。お前は運がいい」
「藤原先輩、無事だよな……?あの、僕や君と同じくらいの年の女の子を見ませんでしたか?髪が長くて、薄くて細くてすごく美人で、よくわからない事ばかり言う、とにかく、一度見たら絶対忘れないタイプの人なんですけど」
「知らない。まろーどの顔なんて興味ないから」
「そうですか……」
「………………………………。庁舎で聞けば」
「!そうか、なんか、個人情報聞かれたし……先輩がこっちに来てたら、記録が残ってるはずっすよね。ありがとうございます!」
「う、うるさい。もう寝る……」
コップをキッチンへ放り投げると、彼女は奥の部屋へバタバタ走っていった。
しんと静まり返った部屋の中で、石のような干し肉をかじり、水で流し込む。リィの他に、人の気配は全くない。
「ていうか……あんな、普通に恥ずかしがったり怒ったりする、僕と同じくらいの子が、死体を運んで稼いでるのか。ろくな食事も食べずに、こんな場所に独りで住んで……」
『できればリィちゃんの友達になってくれない?あの子いつも一人でさ、おばちゃん心配なんだよ』
ササキの言葉がよみがえってくる。
「そりゃ、ほっとけないっすよね……。僕らの世界と比べると、ここは過酷すぎる……」
最後の欠片を飲み込み、コップを持って立ち上がる。キッチンの流し台には食器が積み上がり、腐ったようなにおいがした。
「おい、まろーど。お前は床で寝ろ。部屋に入ったら、ぶったたく」
「あの、蛇口ってどこにあり、ま……!?」
「じゃぐち、ってなんだ」
「あ、あの……ふ、服!」
「服?じゃぐちは服か。ちょうどよかった、これやるの忘れてた。寒いならこれにくるまって寝ろ」
リィが手に持っていた布の塊を僕に投げたが、そんなことはどうでもいい。
「なんで裸なんっすか!?」
「…………あ。……ば、バカまろーど!!」
勢いよく音を立てて扉が閉まり、中からリィの声にならない唸りが聞こえた。相当恥ずかしかったらしい。
「寝る時に服、脱ぐ系の人か。……でっかかったな、色々と。それに、傷も……」
彼女の浅黒く筋肉質な身体には、あちこちに古傷があった。きっと、多くの死線をくぐってきたのだろう。
聞ける雰囲気でも無くなってしまったので、自分で蛇口を探してみる。見つからなかったが、代わりに水が入っている大きな壺を見つけた。どうやら水道が通っていないようだ。壺から水を汲んで食器を洗い、隙間が空くように積み上げて乾かした。無心で手を動かしていると、これからの事への不安とか、藤原先輩の安否とか、そういう心のもやもやが消えてすっきりした。
満足した僕は、何も考えないようにしてリィが貸してくれた布にくるまって眠った。
・・・・・・
寒くて目が覚めた。辺りはまだ薄暗い。夜明け前だった。
寝なおそうと目を閉じると、心にじわじわと不安が沁みこんできた。なのでとりあえず、昨日洗った食器を片付けることから始めた。そのまま戸棚を漁ってみると、あるのは干し肉ばかりで野菜は全くなく、リィが食生活の健康を全く考えていない事がよく分かった。
「あ、塩あった。……スープなら作れるか。でも火はどうすっかな。ガスコンロとかあるわけないし……」
転移者には魔法の才能が芽生える、という佐々木の言葉を思い出し、かまどに薪を入れて手をかざしてみる。
「ファイア!ボンバー!火よ!燃えろ!激アツ!……うおおおお、がんばれ!」
勢いでいけるかと思ったが、全然ダメだった。作戦を変えて目を閉じ、精神を集中させてみる。すると今度は手ごたえがあった。体の中に不思議な力が集まり、膨れ上がっていくのを感じる。その力を腕に集中させ、燃え上がる炎をイメージしながら呟く。
「――――火よ」
その瞬間、辺りはまばゆい光に包まれた。
「………………。あれっ?」
……燃え上がる薪、ではなく、右腕の肘から先が猛烈に光っている。薪はなんともない。
「え、これどうやって消すの……?」
もう一度精神を集中したり、勢いで何とかしようとしたり、水を被ったり、走り回ったり、いろいろあがいた結果、僕は全身発光するイルミネーション人間と化してしまった。どうしてこんなことに。
「騒ぐな。目が覚め……っ。眩しい、さっさと消せ」
扉が開き、リィがあくびをしながら不機嫌そうに出てきた。
「リィ!よかった、一人じゃどうしようもなくなってて。これ、どうやったら消せるんすか?」
「知らない」「え」
「わたしは魔法使えない」
「……じゃあ、どうすれば」
リィは大きな布切れを拾い上げると、それを僕に被せた。
「どうして魔法なんか使おうとした?もし、私を攻撃しようとしたならぶったたく」
「違うって!薪に火を付けようとしただけです!」
「薪に……?どうして?」
「一晩泊めて貰ったんで、お礼にスープでも作ろうかと……」
「お前、料理できるの」
「や、まあ普通っすけど……」
リィはじっとこちらを見た後、戸棚から小さな石と金属を取り出し、それを何度かぶつけ合わせると、あっという間に火を起こして見せた。
「すご、魔法みたい」
「フ。お前の魔法よりは役に立つね」
「鼻で笑われた……。言い返せないのが悲しい……。こうなったら、料理で見返すしか!」
干し魚と干し肉、塩、それとコショウのような味がするスパイス(リィいわく、パメルというらしい)を入れて、簡単なスープを作る。それを皿によそってテーブルに置くと、リィはそれをスプーンで掬い、においを嗅いだあとそっと口に運んだ。
「どうっすか?味見はしたんで、大丈夫だと思うんすけど」
リィは無言でスプーンを置くと、皿を持ち上げてスープを豪快に飲み始めた。
「ふっ……勝った」
「まずい。おかわり」
「なんすかそれ。意味わかんないっすよ……はは」
リィがたくさん飲んだので、僕の分はあまり残らなかった。……でも、不思議と気分は悪くない。
「けふっ。お前、名前なんだっけ」
「……キリハラハルトっす。へへ、やっと名前で呼んでくれるんですね」
「ハルト、肉と魚と調味料代、金貨一枚払って」
「……は?」
「肉と魚と調味料代、金貨一枚払って」
「いやいやいや、ここはいい話で終わるとこじゃないんっすか!?ていうかおかしいでしょ!?スープほとんどあんたが飲んだんでしょーが!」
「関係ない。勝手に使ったでしょ」
「横暴だ!ぼったくりだ!断固拒否する!」
「ならぶったたく。払うまでたたく」
「くっ、目が本気だ……ううっ、あんまりだあ」
僕から全財産を奪い取って、リィは言う。
「返してほしかったら、これから十日間料理を作って」
「な、なんて野蛮なマッチポンプなんだ……」
「わかった?」「はい……」
佐々木さん、僕はリィの友達にはなれそうにありません。きっとただこき使われるだけです。
・・・・・・
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