第28話 そして少女は血の薔薇を咲かす
僕たちがそれぞれに向けてブイサインを掲げあっていると、諏訪部からの通信が届く。
『……霧原君、落ち着いて聞いてください。ゴブリンたちとの戦闘が始まり、そして終わりました。結果は……一方的な虐殺です……』
「えっ……!?そ、そんな……」
『私が準備していた最大魔術がゴブリンたちを直撃し、それで彼らはほぼ全滅しました。傭兵を雇う必要すらなかったかもしれませんが……まあ、とどめを任せることができたおかげで、服を汚さずに済んだので良しとしましょう』
「なんだ、紛らわしいなあ……」
『そちらの状況はどうですか?私はこれ以上魔術を使うことは難しいですが、必要なら傭兵を送ることも……。……ん、なんだ、あれは……?』
諏訪部の怪訝な声と共に、通信が途切れる。
「諏訪部さん......?どうしたんだろ......」
僕が不思議がっていると、リィがブイサインをやめ、パッと後ろを振り向いた。彼女は険しい表情で、なんか聞こえた、と呟くと、ダガーを抜いてエンペラーの死体に近づいていく。
「リィ、心配しすぎだよ。あいつは絶対に死んで……」
突然、エンペラーが身体を起こした。
「ギャヒヒヒ!!ギャヒヒヒ!!」
エンペラーは凍っていない腕と頭をグネグネと揺らし、狂ったように笑う。
「え............?」
その異様な光景に、他のパーティーメンバーたちも絶句している。
「死ねっていった」
リィだけが全くひるまず、エンペラーの首筋を更に深く切り裂いた。鮮血が噴き上がり、ぱっくりと傷口が開いてエンペラーの首が上を向く。
「ギャヒヒ……ゴプ、ゴプ……コポポポ……」
「面妖な……まだ笑っているようでござる」
「な、なんだってンだァ……?」
「おお、お化けじゃないですかぁ?怖いですぅ……」
と、不意に僕はエンペラーの方から微かな魔力の乱れを感じた。
「……っ!!リィ、下がれ!!」
先輩の声を聞き、リィが地を蹴る。ほとんど同時に耳をつんざくような轟音が響き、リィの姿は炎に飲まれた。
強烈な熱風が頬を焼く。吹き飛んできたリィの身体を受け止めようとした僕は、勢いを殺しきれず一緒になって転がった。
「リィ!!……っ、ひどい火傷だ……」
外套は半分ほど焼け焦げ、頬の皮がぺろりと剥げて赤い肉が剥き出しになっている。
「構えろ!まだ死んでないッ!!」
そう叫んで起き上がろうとしたリィを、慌てて押しとどめる。
「十秒待って!ヒールする!」
「早くしろ!」
唐突に、途切れていた諏訪部との通信が復活する。......しかしその内容は、悪夢のようなものだった。
『ゴブリンたちの死体が動いて……いや、違う、血だ!死体から出た血が集まって、形を取ろうとしているッ!?』
爆発が巻き上げた煙が治まっていくのと同時に、辺りに血の雨が降り始める。
「ごきげんよう、冒険者の皆様……」
降り注ぐ鮮血を浴びながら、その魔物は妖艶にほほ笑んだ。
・・・・・・
「わたくしのおもてなし、楽しんでいただけた?」
ドレスのような血の衣をまとった女の魔物は、戸惑っている僕たちに邪悪な笑顔を向ける。その肌は薄緑で耳は尖っており、瞳もまたゴブリンに似て黄色いが、顔立ちや体系は人間の女性のそれで、妙にちぐはぐな印象を受ける。そして彼女の胸には、妖しく紫色に光る魔石が埋め込まれていた。
「……君の言うもてなしというのは、巣に仕掛けられていた陰湿な罠のことか?」
氷のように冷たく刺々しい先輩の声に、魔物は優雅に頷くと、邪悪な笑みを口元に浮かべながら言う。
「ええ。……何人死にました?」
「生憎誰も死んでいないよ。優秀なスカウトがいるんでね」
「あら、残念。でも、死んだはずのゴブリンが爆発したのには驚いたでしょう?クスクス……」
「テっ、テメェなにモンだ!?」
ドンの問いに、魔物は頬に人差し指を当てて首をかしげた。
「難しい質問ですわね。厳密な意味で、いまのわたくしを表す言葉はまだありません。ですが、さるお方は……私の事をこう呼んでいらっしゃいましたわ。『レッドキャップ・フロゥス』と」
「レッドキャップ……。血と殺戮に酔った、呪われし小悪鬼……!」
テケテケの声に向き直ると、魔物は少し眉を上げ、感心したように言う。
「あらお侍さん、博識なのね」
「あ、ああなたは幽霊ですか!?どうしてゴブリンさんたちに村を襲わせるんですか!?」
怯えるメイリンに微笑むと、魔物はゆっくりと首を振り、子供に言い含めるように話した。
「ふふっ。淑女の秘密を暴こうとしてはダメよ、かわいいお嬢さん。
……ただ、一つ言えるとすれば……わたくし、暇を持て余しておりましたの。ゴブリンちゃんにトイレを覚えさせたり、戦い方を教えたりするのは、もう飽き飽きですわ」
影に紛れてレッドキャップに忍び寄ったリィが、後ろからダガーを構えて飛び掛かる。
……あら、やんちゃな子。
そう呟いたレッドキャップの足元の血だまりから茨のつるのような物が生え、ダガーを持つリィの腕を絡め取った。彼女の腕から鮮血が噴き出し、苦痛の呻きと共にダガーが地面に落ちる。
「リィっ!」
「お話は退屈だったかしら?」
あたりの血だまりから次々と生えてきた血の茨にがんじからめにされ、持ち上げられたリィは、傷を負いながらも、抜け出そうと必死にもがき続けている。
「でも、いけませんわよ……目上の人のお話は、最後まで聞かなくては……ね?」
優雅に振り向いたレッドキャップは、血の茨に手を当て、呪文を詠唱し始めた。
「させるか!」
先輩が放った鋭い氷の刃は正確にレッドキャップの後頭部へ向かって飛び、命中する。
そしてまるで分解されたかのように魔力へと戻り、彼女の体の中へと取り込まれていった。
「な……!?効かないだと!?」
「……なんてひどい味の魔力。あなた、食べてるものが悪いんじゃありませんこと?」
肩越しに振り向き、しかめっ面を見せて先輩にそう言ったレッドキャップは、悠々と詠唱を続ける。
「おいたをした子には……お、し、お、き♡」
前衛の三人が走り出したが、間に合わない。魔術が発動し、血の茨の棘が長く伸びる。
「うあぁぁぁぁぁっ!!」
全身を串刺しにされたリィの、苦痛の絶叫が辺りに響いた。
「リィーーっ!!」
茨でずたずたになっていく彼女の姿を、僕はただ何もできずに見ていることしかできなかった。




