第26話 恐怖のうんちトラップ
しばらく進んでいくと、耳元で諏訪部の声がする。
『聞こえますか、霧原君』
「あ、はい!聞こえます」
「……諏訪部か?こちらの声は届いていないと思うぞ」
「あ、そっか……」
『問題なく巣を攻略できているなら、私へ向けてヒールを一回、問題があるなら二回送ってください』
「問題ないっす!」
ヒールを送ると、ふむ、と諏訪部の頷くような声が聞こえた。
『問題ないようですね。こちらは一度街へ戻り、傭兵を雇った後村へと戻ってきたところです。今はスカウトに周囲の索敵をさせている』
「傭兵に……索敵?何のために……」
『ゴブリンとは愚かだが執念深い生き物だ。昨日の敗北を逆恨みし、再び襲撃を仕掛けてくる可能性もある。無事に巣が攻略されたとしても、残ったゴブリン達がすぐに活動を停止するわけではない。そこで念のため、備えておこうかと思いましてね』
「なら、ちゃんと説明してくれればよかったのに……」
『この事は他のメンバーにはまだ黙っていて下さい。襲撃から村を華麗に守った上で、華々しい成果と共に私の慧眼を教えてやりたいのです。……特に、あのドンとかいう無神経なティン人にはね』
「あー、なるほど。サプライズ的な……」
『ああ、それと……出会ったとき、このクエストで君たちの出番はないといいましたね。あれは撤回します。昨日の夜のあなたたち三人の活躍を見聞きして、君たちは十分に戦力になると判断しました。私が欠けても、問題なく巣の攻略を進められるでしょう。……また連絡します。では』
「はい!」
通信が途切れる。と、先輩がにまにま笑いながら話しかけてきた。
「こちらの声は届かないと言ったのに……かわいいやつ」
「……あ。もしかして僕、一人でぶつぶつ言ってる変な人になってました?」
「で、ギルドの援軍はもう到着したのか?」
僕は先輩の言葉の意味を少し考えた後、首を振った。
「……惜しいっすね。傭兵を雇ったって言ってました」
「なるほど、金持ちのボンボンが思いつきそうなことだ」
「……なんで諏訪部さんのやろうとしてることが分かったんですか?」
「君の魔力を込めた識別タグを欲しがった事、別れた時に馬車の止まっていた宿屋へ向かっていた事、考察の材料は色々あったが……まあ、ああいう肥大した自尊心と中途半端に優れた頭脳を抱えて生きている人間は、回りくどい策を好むものだからな」
「なんか、めっちゃ辛辣っすね……」
「そうかな?……あの諏訪部という男が......自分と、少し似ているからかもな」
「全然似てないと思いますけど。先輩がいつも威張ってるのは、プライドが高いからじゃなくて、他人を遠ざけるためじゃないっすか」
「……………。君な、そういうデリケートな事を明け透けに言うんじゃない」
「あ、すいません」
「まあなんにせよ……諏訪部も私も、策士策に溺れる……なんて事にならなければいいがな」
・・・・・・
悪臭は異常なほど強くなり、腐った糞の強烈なにおいで鼻が曲がりそうだ。横の先輩の顔は真っ青になっている。彼女は口で呼吸して、できるだけにおいを吸い込まないようにしているようだ。
と、再び洞窟の中の開けた空間に出た。
「うっ……な、なんだこれは……」
そこに広がっていた光景に、先輩が絶句する。
「ここ、トイレ……?」
空間の中央に掘られた大きな穴に、ゴブリンの糞尿がたっぷりと溜まっていた。何かガスでも出ているのか、目に染みて涙が出てくる。
「ギギャッ!?」
トイレの最中だったらしい数匹のゴブリンが、下半身を露出させたまま、床の糞を跳ね散らしながら襲いかかってくる。
「い、嫌あああああっ!!」
メイリンに飛びかかったゴブリンは、残像しか見えない速さの斧で切り刻まれてミンチになった。
「ションベンの最中に悪りぃなァ!」
全く怯まずに突っ込んで行ったドンは、おしっこのキレが悪く焦っているゴブリンを後ろから殴り飛ばし、穴の中へ叩き込んだ。
寄ってきたゴブリンを短剣で一突きにするとあたりを素早く見回し、淡々とリィは言う。
「敵はもういない。先へ進もう」
「お、終わったか……?よかった……こんな所で大規模な戦闘などしたくない」
そう言って、先輩は肩をなで下ろす。
「先輩、結構綺麗好きっすもんね」
穴の近くの床は糞尿で汚れているが、落ち葉の積もった壁側の床は比較的綺麗なようだ。リィは迷わず糞尿だらけの道を歩いていく。
「待てい、斥候!なぜわざわざ汚れた道を行くのでござるか!」
「他に通れるとこない」
「私、あっちの綺麗なところを通りたいですぅ……」
「どう見ても罠。洞窟に葉っぱが積もるわけない」
目をつぶって道に積もったゴブリンの糞を一歩踏みしめた先輩は、うぐっ、とうめき声をあげ、足を止めると、歯を食いしばってぶるぶると震え出した。
「大丈夫ですか、先輩……?」
「……もう耐えきれん!罠だと決まったわけじゃないだろう!うんちを踏みしめて歩くなど断固拒否する!」
突然叫んだ彼女は、壁側のきれいな床へ向かって進み始めた。
「あっ、ちょっと先輩!?」
走り出した先輩は、一歩、二歩と落ち葉の上を行き、
「うわあぁぁぁぁぁ………」
三歩目で消えた。
「先輩っ!」
「た、助けてくれぇ!」
落ち葉に隠されていた穴の中から、先輩の声がする。
「……罠だって言ったのに」
リィはため息をつきながらカバンを探り、ロープを取り出して自分の胴体に巻きつけた。
「助けてくる。筋肉、メイド、ロープ持ってて」
「はいっ!メイリンがんばります!」
「チッ、しゃーねぇなぁ........ま、ルーキーの尻拭いをするのも先輩の役目か」
メイリンとドンがロープの端を持ち、穴を降りていくリィを支える。
「先輩、大丈夫ですか!?」
穴の中を覗き込むと、底なしの暗闇が広がっていた。
「あ、ああ……何とかな」
先輩は落とし穴の壁に生やした氷塊の上に落ちて、何とか止まったようだ。
「今リィが引き上げてくれるんで、もう少し頑張ってください!」
「くっ、自分が情けない……」
・・・・・・
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