第25話 伏兵と、ばかあほさいてーらぶらぶカップル
何度か数匹のゴブリンと遭遇し、何事もなく撃退する。さらに進んでいくと、洞窟の中の小さな空間に出る。粗末な作りの椅子とテーブルが何組か置かれている事から、部屋として使われているようだが、今はゴブリン達の姿は見えない。テーブルの上には何かの骨や、干からびた食べかす、さび付いたダガーなどが散らばっている。部屋の床には、一面に白い何かが塗られていた。部屋の入口で止まったリィは、床に塗り付けられたものを注意深く指で掬い、鼻に近づけると顔をしかめた。
「……獣の脂。腐ってる」
「面妖な。なぜそのようなものを床に?」
「……あっ、わかりました!きっとゴブリンさんたちは、フローリングのワックスを真似してたんですよ~~!床がピカピカだと、気持ちいいですから」
「これは.....グリースの魔術の生成物のように見えるな」
「なにそれ」
「あたりにトントンピッグの脂を撒き散らす初級魔術だ」
「滑って転ばせる罠……ってことですか?」
「そうだな。あるいは、燃料としても使用できる」
「エイア、火の魔法使えるか」
「無論だ」
「なら床に撃って燃やして」
詠唱しかけた先輩を、ドンが制す。
「……待てや、油が燃え尽きンのをチンタラ待つってのか?転びながらでも突っ切りゃいいだろうがよ」
「部屋の中で待ち伏せを受けた場合、弓や魔術で応戦できる私とリィはともかく、前衛の皆さんはかなり戦いづらくなるのでは?」
「ふむ、一理あるでござるな。ドン、急いては事をし損ずる、でござるよ」
「……でもよォ……たかがゴブリンの巣だぜ?こんなノロノロ進んでたら日が暮れちまうよ!オレぁもう限界だ!」
「......みんな、見えないの?」
「何がだよ?」
リィは黙って大きめの石を拾うと、部屋の中へ投げ入れた。それは空中で真っ二つに割れ、ぽとりと床に落ちる。
「なっ、なんだァッ!?」
「ダイアビアードの触覚。細いけど鉄も切れる。部屋中に張ってある」
「…………何も知らずに突っ込んでたら、転んで首ちょんぱってこと?怖すぎる.....」
「ヒーラーの君がそうなったら一巻の終わりだ。やはり、床の脂はさっさと燃やしてしまおう」
先輩は長めの詠唱をした後、手から小さな火の球を放った。床に当たったそれは一瞬で燃え広がり、床一面が火の海になった。椅子やテーブルも火に飲まれ、パチパチと音を立てながら燃えていく。
と、部屋を挟んで反対側の通路から物音がした。
「グゲゲゲゲゲッ!ギャギャギャギャ!ギャヒィィィッ!!」
耳障りな鳴き声を上げながら、ぞろぞろとゴブリンがやってくる。
「オイオイ……まさか、マジで待ち伏せされてたってのか!?」
「レンジャー6、シャーマン4。……多い。油断するな」
「全員遠距離型か……ご丁寧なことだ」
ゴブリン達は部屋が燃えていることに驚いていたようだが、すぐ怒りに満ちた鳴き声を上げ、矢や魔法をこちらへ向けて放ってきた。
「テケテケ!でかメイド!俺らが盾になンぞォ!!」
「応!」「はいぃぃぃ~~~っ!!」
前衛の三人が前に出ると、リィは僕たちのそばまで後退し、流れるような動きで弓を構える。
「シャーマンから潰せ」「分かった」
リィと先輩の二人が弓と魔術で次々とゴブリン達を倒していく。
前衛の三人も負けてはいない。メイリンはめちゃくちゃに斧を振り回して飛んできた矢をバラバラにし、ドンは物凄い反射神経で矢を掴み、魔法を殴り飛ばす。そしてテケテケが静かに瞑想をした後居合を放つと、剣先から真空波が飛び、向こうのゴブリンを真っ二つにした。
僕も向こうに閃光を撃って支援すべきだろうか、しかし、もう大体決着はついてしまっている、記念参加のようなあれは嫌だ、などと考えていると、後ろでかすかに木材がきしむような音がした。
「….....?」
振り向くが、薄暗がりの向こうに石の壁が見えるだけだ。しかし微かな違和感に従って、僕は暗がりに向けて光を放った。
「ギャヒヒ......」
天井近くの壁のくぼみで、ぎらりと光が反射した。悪意に満ちた黄色い瞳が、じっと先輩を見下ろしている。
「まずいっ......!」
後ろからローブを掴み、思い切り引き寄せた。次の瞬間、先ほどまで先輩の頭があった場所を矢がかすめる。
「……っ、後ろか!」
目の前の地面に当たった矢を見て素早く振り向いた先輩は、隠れていたゴブリンを見つけると、鋭い氷塊をいくつも放った。
「ギャヒィィィッ!!」
全身を串刺しにされたゴブリンが落下し、鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。
「すまない、助かった!」
「はい!」
・・・・・・
「ここ。このダガーの高さに触覚が張ってある。かがんで通って」
戦闘に勝利した後、リィの指示に従って部屋を進んでいく。僕とメイリン以外はしゃがんで通ったが、僕は怖いので四つん這いになって進んだ。まだ熱い床には煤が残っており、手とズボンが真っ黒になってしまった。
「うぅ~~、エプロンが汚れちゃいましたぁ……」
うつ伏せになり這って進んだメイリンは、煤だらけのエプロンを見て泣きべそをかいている。
「……メイリンさん、顔も真っ黒っす」
「へええっっ!?み、みないでくださ~~い!!」
「うわ、ちょっと!?斧振り回さないで!」
「しっかしなんなんだこりゃあ……人間様の仕掛ける罠より厄介じゃねェか」
「然り。……どうやらこの依頼、割に合わぬようでござるな」
「だなァ……ハズレ引いちまったぜ、ったく……」
「つぎはここ。またいで通って」
「ペプシ君、さっきは本当にありがとう。君に命を助けられたのは、これで二度目だな」
「みんなが強かったからっすよ。ヒーラーの僕は暇だったから、それで気付けたんです」
「そうだとしても、大したものだ。帰ったら礼をしないとな。……何をしてほしい?」
「んー、じゃ一緒にいてください。ずっと、僕と」
「……なんだ、それは。まるでプロポーズみたいだぞ」
「そっすか?でも、それが一番してほしいことっす」
「~~っ。……全く、君というやつは……」
「うぐ。……せ、先輩、ハグはいいっすけど、魔力吸うのはやめてください。枯れる、枯れるっ……」
「す、すまない。つい……」
「あれ、リィが真っ赤な顔でにらんできてる……」
「おまえら、早く通れっ!!」
僕たちが慌てて進むと、リィはこちらにいーっ、と歯を見せながら言う。
「エイアもエロだ!まろーどはみんなスケベなんだ!!ばかあほさいてーらぶらぶカップル!」
「……あー、なるほど。リィ的には、魔力のやり取りをするのがエロなんすね。今度から気を付けるっす」
「う、うむ……」
先輩の返事には、なぜかいつものキレがなかった。
・・・・・・




