第21話 いつか先輩に返せるように
諏訪部の部屋へ行く。彼は自前のティーセットで、優雅な午後を過ごしていた。
「……ほう、識別タグ。最近の魔術学院では、そのようなものを使うのですか」
彼が興味深そうにタグを手に取ると、ティーポットを手にしたメイリンも覗き込んできた。
「これを付けてれば、どこにいてもヒールをかけてもらえるんですかぁ?すごいです!」
「学院も随分と惰弱になったものだ。私の頃は、50メートル先の的に三連続で魔術を命中させるまで、延々居残りさせられたものですがね」
「……うわでた、おっさんの苦労話。俺の若い頃は~~ってやつだ」
「何か言いましたか?」
「なにも!」
「ですが、なぜ学院の発明が奇跡にも使えるのですか?互換性を持たせる意味がないと思いますが」
「えっ!?あっ、と……それはあれです!戦闘で使いやすいようにっす、はい!!」
「ふむ?......まあなんにせよ、能力の欠如を自覚し、それを道具で埋めようとするのは悪いことではない。受け取っておきましょう」
「お願いします!」
「……ところでメイリン、今日の紅茶はいつに増して酷い味だ。一体どのような冒涜を茶葉に施せばここまで香りを飛ばせるのか、いっそ教えて貰いたいくらいです」
「すす、すみませぇ~~ん!お屋敷の魔導コンロと違って、薪は火の加減が難しくて……」
「ハァ。まあ、最初からあなたに家事は期待していません。せいぜい戦闘で役立つように」
「はいっ!メイリンがんばります!」
次にドンの部屋へ向かうが、誰もいない。小間使いらしき男に聞くと、酒場へ出かけると言って出たらしい。場所を教えて貰い向かうと、すっかり酔っ払ったドンと、黙々と芋団子を食べるテケテケがいた。
「……しきべつ、たぐだァ?要らねえよそんな女々しいモン!男は身一つで勝負だ、ガハハ!」
「男らしく豪快に戦ってもらうために、これが必要なんっす!」
「あー?でもよう、オレァ魔術はからっきしだからな……」
「お主、飲みすぎでござるよ。札を張るだけでよいと言っていたでござろう」
「そうなのか?でも、要らねえっつったモンは要らねぇ!男に二言はなァーい!」
「……こうなったドンは、意地でも自分を曲げぬ。わっぱ、札を二枚寄越せ。あとで適当に言いくるめておくでござる」
「すんません、お願いします。……あそうだドンさん、聞きたいことがあるんですけど」
「男らしさの秘訣は、毎日のトレーニングとたくさんの女、そして溺れるほどの酒だァ!おめぇにはまだ早えかもな、ガハハ!」
「あ、それはどうでもいいです。自己紹介の時、料理が得意って言ってましたよね。どんなの作るんですか?」
「ん?あ~、魚料理だよ。オレァサシクルっつー港町の生まれでな。料理人の親父から色々叩き込まれたのよ。俺が冒険者になるって言ったとき、店を継がせる気だった親父は釣り上げられたエッグシャークみてぇに暴れてなァ……家を飛び出してそれきりだ」
「そうだったんですね……でもきっと、今はドンさんを応援してくれてると思いますよ」
「……へッ、んなワケあるか。ドラ息子がいなくなって清々したとしか思ってねェよ」
「実はうちにちょっと魚が苦手な子がいて、料理を作っても味が薄いとか、くさいとか言われちゃうんっすよね……」
「んだと?作ってもらってる分際でふてェ野郎だな。だがまあ……分からんでもねェ。ティンの魚は鮮度が悪ィからなァ……」
「ぜひ、ドンさんの知恵をお借りしたいっす!」
「んな言い方されちゃ断れねぇな。まァ誤魔化しようは色々あるが、スパイスを上手く使うこと、魚に合った調理をすること、後は旬のモンを食うことだな。例えば今の季節なら……」
この世界の魚について、とても役立つ情報を教えて貰った。お礼にきりたんぽの作り方を伝える。
「……一度炊いた飯をわざわざすりつぶして、焼いて、煮る?まどろっこしい料理だなァ」
「かけた手間の分、おいしくなるんっす。時間がないときは、すりつぶしたのを丸めて鍋に入れるだけでもおいしいっすよ。これはだまこ餅って名前です」
「……お主、今なんと……?」
「え?だまこ餅」「餅!!仔細漏らさず教えろ!!ドン、しっかり聞いておくでござるよ!!」
「あーあ、めんどくせぇ事になった……」
「団子だけじゃなくて、餅も好きなんですね……」
ものすごい迫力のテケテケに気圧されながら、もう一度作り方を説明した。少し驚いたが、結果的に二人と打ち解けることができたのでよしとする。
・・・・・・
「せんぱーい、お待たせっす!」
村の門の近くに立つ先輩の姿を見つけ、手を振って駆け寄る。笑いながら腕を広げた先輩へ、そのまま飛び込んだ。
「うーん、センパイニウムを感じるっす」
「なんだそれは」
「幸せ成分っす!」
「では、私はペプシニウムを補充しよう」
先輩は不思議なほどいいにおいがして、暖かい。しばらく抱きしめ合ってから、先輩に聞く。
「ところで、何をするんです?」
「ちょっと話がしたくてな。……馬車で、あの高慢なオールバック男と君が話していたのを聞いて思ったんだが……今後、君の回復魔法については、あまり他人に話さない方がいいかもしれない」
「なんでっす?」
「学院にいる間、暇つぶしにこの世界の魔術体系についてはあらかた網羅したんだが……身体の傷を癒したり、毒を治したりする、いわゆる回復についての体系立った魔術の学問は存在しない。......癒しの術を持つカーバンクルという召喚獣や、西方の森のドルイドが実らせる解毒作用のあるの実についての記述が、わずかに残っているばかりだ」
「おー、やっぱりレアなんですね、回復」
「ああ、かなりな。......そして希少な能力というのは、往々にして面倒を呼び寄せる」
「面倒......めっちゃ病気の人が来るとかですか?」
「それくらいならまだいい。学院の関係者に知られれば一般的な魔術への応用を目指して徹底的な解析を受けることになるかもしれないし、教会に知られれば、最悪神の恩寵を模倣する悪しき魔法として罰せられるかもしれない」
「……どうしよう。僕、いろんな人に回復魔法の事喋っちゃいました」
「噂が広まらないように祈るしかないな。今後は、昔短い間教会の手ほどきを受けたことがあると説明しておけ」
「はい……」
「……安心しろ、君には最強の魔導士であり、君だけを一途に愛する最高の女が付いている。例え君がどんな窮地に立たされたって、私がサクッと救ってやるさ」
「ありがとうございます。でも……」
「なんだ、しょぼくれて。私の力が信じられないのか?見せる機会がなかっただけで、私は本当にすごくすごいんだぞ!その気になればティンの王城を一発で凍らせて粉々にすることだってできる!そうしたら国家転覆、エイア帝国の誕生だ、ハハハハ!」
「……違うんです。守ってもらって、助けてもらって、教えてもらって……。僕、先輩に貰ってばっかりで、情けないです」
「なんだ、そんなつまらないことか。私が勝手に百兆トンの愛を抱えて、色々と君に押し付けているだけだ。全て私の満足のためにやっているのだから、君が負い目に感じる必要などない。何かを返そうとも思わなくていいんだ」
「そんなわけにはいかないっす!僕にも意地があるんです!」
「なら、もっと強くなれ。そしていつか、私を守ってくれ」
先輩は伸びを一つして、空を見た。
「んーっ。小難しい話をしたら腹が減った。ペプシ君、ご飯を食べに行こう」
「あ、酒場の芋団子がおいしそうだったっす!リィと一緒に食べましょう!」
「もう調べたのか?流石はペプシ君」
「えっへん!」
三人で楽しくご飯を食べ、その後は色々と明日の準備をしてから、早めに眠りについた。
・・・・・・
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