第11話 一年ぶりのお風呂、二人の本音
「ハルト、こっちにきて」
最近リィは僕への警戒をすっかり解いていて、自分の部屋に呼んでくれるようになった。それ自体は嬉しいことなのだが……。
「これ、ササキんちで洗ってもらってきて」
「うっ……ねえこの服ケモノのにおいがするんだけど。最後に洗ったのいつ?」
「……一年?」
「…………。お風呂に入ったのは?」
「忘れた」
「オッケー分かった今日入ろう。市場に行く途中にある銭湯みたいなとこでいいよね?」
「やだ」
「なんでさ」
「めんどい」
「じゃあ髪も身体も洗ってあげるから」
「ハルトのエロ。ヘンタイ」
「僕がじゃないよ!先輩を呼んで手伝ってもらうの!」
「……なんでそこまでする?そんなに汚い、わたし」
「うん。ぶっちゃけ服はいつも魔物の返り血で汚れてるし、近づくとほんのり腐った死体のにおいがする」
「ふーん。どうでもいい」
「どうでもよくないよ!不潔にしてると、病気になっちゃうって!」
「病気……そういえば、お母さんもそんなこと言ってた」
「昔からお風呂が嫌いだったんだ……」
「ん、わかった、行く」
「ホント?じゃあ、先輩に頼みに行ってくるね」
「そのかわり、晩ごはんはにく」
「はいはい」
・・・・・・
「断る」
羊皮紙のような厚手のスクロールから目を離しもせずに、先輩はそっけなく言った。
「僕のためなら、先輩はなんでもしてくれると思ってました」
「私はあの野蛮人が嫌いだ」
「なんでっすか?リィが先輩になんかしました?」
「ああしたさ。奴には私の1番大切な人を取られた」
「先輩……」
「……分かってるさ、みっともない八つ当たりだってことくらい。でも君の事になると、心をうまく制御できなくなってしまうんだ。彼女がいなければ君は私のそばにいてくれたんだと思うと、悔しくて仕方ない。梅干しだよ、梅干し。酸っぱい顔にもなろうというものだ」
「ごめんなさい。でも僕、リィのことほっとけないです」
「だろうな。君の優しさは、誰よりも知っている。……ああ、くそっ、つまるところ私のやるべきことも決まっているんだ。君が君らしくあるためなら、なんだって手伝うべきなんだ……」
「手伝って……くれます?」
「……いいよ」
「ありがとうございます!さっそくリィの所に行きましょう!」
「ハァ……気が重いな……」
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
リィと共に中央街の公衆浴場へ向かう。目抜き通りには多くの人々が行き交い、さして価値もないそれぞれの人生を送っている。
リィは薄汚れた外套を羽織り、私と距離を取りながら後ろをついてくる。私は彼女に辛く当たってきたから当然ではあるのだが、警戒されているようだ。
晴人は用事があると言って付いてこなかった。彼ならば、いとも簡単にこの気まずい空気を変えてしまえるのだろうな。
ついに一言も話さないまま、浴場に着く。中に入ってすぐリィが付いてきていないことに気付き、引き返す。
「おい、何をしている」
「……風呂、入りたくない」
「チッ。いいか、君のようなしょんべん臭いメスガキがいくら薄汚れていようが心底どうだっていいが、風呂に入れて清潔にしてやると晴人に約束したんだ。つべこべ言わずついてこい」
「やだ」
「来るんだ……くっ、力が強いな……」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
「ハァ、ハァ。力づくでは無理か……」
私は一計を案じ、近くの八百屋でスカイアップルを買うとリィに差し出した。
「……甘いのは嫌い」
「ふむ。ではこれならどうだ?」
スカイアップルに魔力を込め、内側から急速に冷凍する。脆くなった果実を叩くと、崩れていくつかの欠片に分かれた。
「……おお」
「食べてみろ」
しばらく警戒するようにこちらを見ていた彼女は、恐る恐るといった様子で凍った果実の欠片を一つつまみ、口に運んだ。
「……!冷たくてしゃりしゃりでうまい」
「フハハ。どうだ、これが大魔導士エイア様の力だ」
「もっとくれ」
「好きに食べるがいい」
リィは一心不乱に果実を頬張った後、私の手に残った最後の欠片を見て言った。
「お前も食べろ」
「私はいい」
「うめーぞ、くえ」
「……味が分からないんだ、数年前から。だから私はいい。全部食べな」
「……もぐ。……味が?ステーキ食っても、おいしくないの」
「最近は噛むのも面倒でな。一人の時は、流動食で済ませている」
「りゅーどしょく。まずそう」
「少なくとも見た目は最悪だな。今度試してみるか?」
「やだ」
「それが賢明だ。……ああ、このことを晴人に話したら殺すぞ。これは脅しじゃない」
「わかった。話さない」
「なんだ、やけに素直じゃないか。偉大な魔導士である私との力の差というものが分かったか?」
「ハルトが好きだから、隠しておきたいんでしょ」
「なっ……!?」
「お前は空っぽで冷たい目をしてる。でも、ハルトを見る時だけ温かくて優しい目になる」
「……チッ。知ったふうな口を利くんじゃない。殺すぞ」
「エイア、私もスカイアップル凍らせたい」
「君は魔法が使えないだろう。無理だ」
「お前ばっかり楽しそうなことしてずるい」
「別段楽しくはないが……まあ氷と塩があれば、君でもアイスを作ることは可能だ。だが、大きな器が必要になるから、家に帰ってからだな」
「わかった。約束」
リィは大人しく付いてきた。服を脱いでいる途中、古傷だらけのリィの身体に目がとまる。
「じろじろ見るな」
「……君は、ずっと一人でダンジョンへ潜っていたのか」「ん」
「なぜパーティーを組まなかった」
「お前には関係ない」「答えろ」
「…………パーティーを組んで、仲間をロストするのが怖かった。……誰かがいなくなるのは、もう嫌」
「……そうか」
浴場へ入ると、リィはいきなり湯船へと向かおうとした。
「待てこら。先に体を洗え、湯が汚れるだろう」
「別にわたしは困らない」
「ハハ、実に傲慢で合理的な思考だな。だが周りに人間がいる時は、他人を思いやる気持ちがある振りをしておけ。それが社会で生きるという事だ」
「むーん。じゃあエイアが洗って」
「自分でやれ」
「わたしを綺麗にするって、ハルトと約束したんじゃないの」
「くっ、それは……」
仕方なくリィの脂ぎって固まった髪と、垢のついた体を洗う。
「しかし……でかい胸だな。ろくなものを食べていないだろうに、なぜここまで育った」
「知らない。お母さんもでかかった」
「遺伝か…………」
「うらやましい?おまえの胸は小さいもんね」
「黙れ、氷漬けにしてやろうか。……髪を洗うから目を閉じていろ」
「キャハハ、ぺちゃんこぺちゃんこ」
「……風呂から上がったら、100倍重力でお前をぺちゃんこにしてやる」
「キャハハ……あっ!」
「こら、暴れるな」
「目にせっけん入った!」
「閉じてろって言っただろ」
「しみる!痛い!」
「チッ……流してやるから動くな」
「やっぱりお風呂嫌い!」
ぶうぶう文句を垂れていたリィだったが、洗い終わってしまうとすっきりした、と喜んでいた。
「へへへ……お嬢さんたち、きれいだね」
のんびり湯船に浸かっていると、好色そうなクソジジイが私たちの身体を舐め回すように見つめながら話しかけてきた。法が許すなら迷いなく殺していたところだが、そうもいかないので殺気を込めて睨み返しながら言う。
「「失せろ」」
二つの声が重なった。全く同じタイミングで、同じ表情で、私とリィは同じ言葉を発していた。
「な、なんだよ、剣呑だなあ……」
すごすごと退散するジジイを横目に、私はリィと顔を合わせ、そしてどちらからともなく笑い合った。
・・・
タオルでリィの身体を拭きながら、髪に鼻をうずめてにおいを嗅ぐ。
「雨の日のアスファルト。これが本来の君のにおいか」
「なんだそれ。どんなにおいだ」
「肥沃で、孤独で、素朴」
「分かるように話せ。ほめてるの、バカにしてるの」
「褒めている」
「そーか。ふふん、もっとほめろ」
「調子に乗るんじゃない。これからも身綺麗にしておけよ。晴人の近くで死臭を漂わせられると不愉快だ」
「エイアだってくさい。なんかダメなにおいがする」
「…………。やはり潰しておくべきか……?」
「でも、エイアはダメなやつじゃない。髪を洗ってくれて、アイスを作ってくれたからいいやつ」
「……たったそれだけの事で人を信じられるのか。単純だな、羨ましいよ」
「ハルトのおかげ」
「……なんだと?」
「私はずっと一人で生きてた。その方が楽だと思ってた。……でも、ハルトのご飯を食べたり、ハルトがきれいにしてくれた部屋で過ごしたり、一緒にダンジョンへ行ったりして、思い出したの。人に優しくしてもらったら、こんなに心がぽかぽかするんだってこと。だから……お前のことも、とりあえず信じてみようかなって思う」
「…………まるで、昔の私だな」
「でも裏切ったらぶったたく」
「やってみろ、できるものなら。……さあ、さっさと市場へいくぞ。アイスを作りたいんだろう」
「ん」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。気軽に感想をいただけると励みになります。




