106.宿屋の不思議
震える手で剣を受け取ったリンクの目は完全に充血している。アマンダはそれを見てニヤニヤ笑うだけだが、ヴィーラ族にとっての名品を託したわけなので、彼は選ばれし者なのだろう。
「リンク、その剣はそれ程すごいものなのか?」
俺の問いかけにリンクは途切れ途切れに声を絞り出した。
「こ、これは『クサナギ』と呼ばれるヴィーラ族の宝刀だ。話には聞いてはいたが、私も見るのは初めてだ。単なる言い伝えだと思っていたのだが……」
リンクが鞘についている金の絹糸をほどき刀を抜くと、漆黒の刀身が姿を現す。重々しく黒光りをした日本刀の様なその身体から、鍛冶師の執念を感じさせる。
「噂通り……漆黒の刀身」
リンクはゴクッと喉を鳴らし、そう呟いた。
ただならぬ剣ではあるが、魔剣の様に誰かの血を欲しがっているわけではなさそうだ。
「つまりあれか。ヴィーラの村から抜け出すときにアマンダがこっそり拝借したという訳か」
俺がそう問うとアマンダはいきなり扇子を振りかざす。
「失礼な事を言うんじゃないよ!誰が泥棒猫だよ。私はシルヴィア様から勅命を受けた使者だよ。あの方からここに来るヴィーラの戦士にこれを渡すように言われていたのさ」
「二百年前にか。凄い記憶力だな」
「もう、茶化さないの」
唇を尖らしたアリスが俺の耳を引っ張った。そして俺をグイッと押しのけると彼女はアマンダの前に躍り出た。
「あんなおじさん放っておきましょう。で、アマンダさん。リンクさんはその剣を持ってどうするの?だって、彼はどちらかというと狩人でしょ?」
アリスが首を傾げるのと同時にアマンダも首を傾げる。
「それがな、私もそれは聞いていないんだよ。シルヴィア様はこれがヴィーラ族の沽券に関わる事だからと仰っておられたんだがね」
うーんと顎に拳を乗せるアリスとアマンダだったが、リンクは剣に夢中で全く聞いちゃあいない。
「まあいい。その沽券は俺が見届けることにしよう」
よく分からない話であったが、目をキラキラさせながら剣の刀身を見つめ続けるリンクを見ていると、この先に起こりうる物語が気になってくる。
まだ何か出るのかと思えば、掌を返した様にアマンダの態度がそっけなくなる。
「ヴィーラ族の誇りにかけて、この剣をお預かりさせて頂きます」と鼻息荒く話すリンクにアマンダはポイっと部屋の鍵を投げ付け、背を向けた。
「もう用は無いよ。さっさと寝な。朝食は食堂だよ」
「「……」」
目を点にして言葉を失うリンクとアリス。
だが、俺には分かる。きっと彼女はこの為だけに、二百年間ここに居続けたのだろう。その役目を終え、一人になりたいのだ。
──アマンダの働きが無駄にならぬよう、俺も協力をしなければな
……
翌朝、食堂に向かうが、不思議な事に他の客と全く出会う事がない。確かここは宿だったはずだよな?
「ねえ、ここって……お客さんいないのかな?」
俺同様に、アリスが周囲を見渡しながらキョトンと首を傾げる。
あちこちに部屋にはちゃんと部屋番号もあり、多くの宿泊客が居てもおかしくないのだが、確かに誰とも出会わないのはおかしいのだ。
誰にも出会わぬままに食堂へ到着すると、メイドが見るからに怠そうに朝食の準備をしていた。これまた不思議な事に百人くらいは入れる部屋なのに、メイドが準備している食器は三人前のみ。それに他に宿泊客は誰も居ないのだ。
「食堂ってここで合っているよね?使用人以外誰もいないけど?それに、あれが私達の食事の準備?」
そう言われれば俺達に準備をしているというより、メイドが食べる分だけのようにも見える。
「確かにおかしいですね。私達が泊っているという事が知らされていないのでしょうか?」
リンクもアリスと同様に首を傾げる。
別に朝食くらい無くても俺は構わないのだが、隣でお腹を鳴らし続けているアリスはそれを許さないだろう。何か言いたげにジッと俺の顔を見つめるアリス。仕方がないので俺は速足でメイドの元へと駆け寄った。
「すまない、食堂はここでいいのだろうか?」
いきなり声を掛けられたからか、メイドは手に持った皿を大きく揺らした。口と目を大きく見開いた彼女は「本当にいらっしゃったんだ……」と呟き、慌てて身なりを整えた。
「す、すみません。す、直ぐに朝食を整えますので……」
メイドは手をわたわたさせながらペコリをさせると、バタバタと厨房の方へ走って行った。
俺たち三人がその後を視線で追っかけていると、メイドが厨房へ入ったと同時にコックや他のメイドたちもその隙間からぬっと首を覗かせた。明らかに物珍しそうに俺達を見ているのだ。
「一体どういう事だ?なにか驚かせるようなことでもしたのだろうか」
「いやリンク、俺達の存在が意外だったのかもしれぬ。さっきあのメイドは独り言の様に『本当にいらっしゃったんだ……』と呟いた。たぶん俺達が居る事が不思議だったのだ」
「やっぱり、最近有名になった美女ワーカーの私が来たことで驚かれているんだわ」
アリスはブロンズの髪を搔き上げ、斜め四十五度の角度で厨房に目をやり、笑みを浮かべた。
「おい、何か悪いものでも食ったのか?」
「お、奥方様!一体どうされたのでしょう」
「何よ二人とも。ちょっとした冗談なのに、もう少しもてはやしてくれてもいいじゃないの」
眉を吊り上げ、頬を膨らませるアリスに「失礼しました。き、きっとそうだと思います」と慌てて胡麻をするリンク。やばかった、あやうくテーブルをひっくり返されるところだった。
そんな漫才みたいなことをやっていると、先程のメイドがトレイに料理を乗せて運んできた。
「あの……こちらが注文されていたお料理です。この後、パンとスープもお持ちいたしますので」
(なんだと?何かを注文した覚えはないが……)
不思議に感じながら俺は運ばれた料理に目を向ける。その料理は肉を何かの葉に包み、かけた卵と一緒に焼いたものだった。それにソースの様な物がかかっている。
僅かに緑色が残る葉の香りは、紫蘇に近い匂いだ。湯気と共に漂うそれは、おおいに食欲をそそるものだった。
「こ、これは……」
リンクは一瞬、眉を動かしそのままその料理を黙って見続けていた。
俺にはよく分からないが、なんでリンクは固まっているんだ?
いつも読んで下さりありがとうございます。




