107.宿屋の朝食
どうもリンクの様子がおかしい。さっきまで固まっていたと思ったら、今度は指先が落ち着かず、何度も握っては開いてを繰り返す。その後は立ったり座ったり、まったく落ち着きが見られなくなった。
そして、ようやく動きが止まったかと思えば、明後日の方向に向けて両手を握ると深々と頭を下げだした。
──な、なんなんだ一体。
「おい、リンク、お前も何か悪いものでも食べたのか?」
「またそのセリフ?何を言ってるのよレア、食事はこれからじゃない。……それともなに?私の知らない間に勝手に何かを食べたのかしら?」
アリスはケラケラ笑いながら俺の肩をポンと叩く。
「いや、そういう意味ではないんだが……」
じわっと俺のこめかみから汗が零れ落ちた。
他に変わった事と言えば、何故かだだっ広い食堂で客は俺達しかいないという事だけだ。用意された食事は肉の焼いたものと、パンとスープ。別段、狼狽えるものなど何もないはずなのだが。
俺はリンクを見ながら首を傾げる。
すると、リンクの挙動を遠目で見ていたコックとメイドが慌てて走ってきた。
「あの、お客様。何か気になる事でもあったのでしょうか?」
声を掛けられたリンクは「何ごとだ?」と品定めをする様な目でコックとメイドを見つめたが、声は発しない。仕方がないので、俺が彼女たちに問いかけた。
「この客の居なさといい、この食事といい、何かわけがあるのか?」
するとメイドが一歩足を踏み出し、手をモジモジさせながら重い口を開いた。
「あのぉ、お客様に言う事ではないのですが、上役の命令で私どもはこの日以前の五日間休みを頂いておりまして、宿の方も特別休日として閉館しておりました」
意味が分からない。兵士長のロビンは外来用の宿屋があると教えてくれたが、閉館しているとは言っていなかった。兵士なら五日間閉館の話くらい知っていてもおかしくないはずだ。
「じゃあ、今日から再オープンなの?他のお客さんは五日前に追い返したって訳?」
「あ、あの……とんでもない、追い返したって……決してそういう訳ではございません。えっと、あの、お泊りすることは出来ませんと一年前から告知をしておりましたので……」
メイドは目を泳がせ、汗を拭きながらたどたどしく話す。
「おい、アリス。その物言い……で、話の続きを聞こうか」
アリスは悪びれない様子でペロッと舌を出す。俺は話を続けるよう、メイドに目を配る。
「はい。休みの前の日に、女将さんより三人の宿泊客が来るから翌日に朝食の準備をと仰せつかっておりました。宿泊客の対応は女将さん自身がされるとの事で、我々は朝食だけを作ればよいと」
「ああ、キャシーの言う通りです。我々は『それまでたまには帰省をしろ』と言われ、旅費代まで頂いて」
メイドを庇うかのようにコックも話に加わった。
「キャシーとは?」
コックはこのメイドを見ながら話してはいるが、念のために確認だ。
「あ、すみません。そこのメイドの事です」
「はい。私がキャシーです」
年齢は二十歳そこそこ。一束にした栗色の長い毛を胸元に落しながら、キャシーはペコリと頭を下げた。
「話を続けますが、宿泊予約台帳にも名前も無く、私どもは女将さんが何かを勘違いしていると思っていたのですが、今朝出勤すると……」
「あぁ、厨房に朝食はこの料理にしてくれとのメモ書きああって……」
コックは胸元から本日の朝食のメニューの書かれた紙を取り出し、俺達の前で広げた。そこには目の前にある肉料理のレシピも書かれていた。
「レシピがあるという事は、あんたもこれを作った事はなかったんだな?」
俺はそのレシピを指さしながら問いかけると、コックは黙って頷いた。
……なんだ、その適当な話は。こいつらはメモ書きひとつで動いているのか?
「事情を聞きたいな。女将を呼んでもらえるか?」
俺がそう言うと、コックとメイド共に視線が泳ぎ、手をモジモジさせた。
「あの……私達、女将さんとは一年近く会ってないのです」
「そ、そうなんです。殆ど女将さんは姿を見せる事はなくて、必要な時にはメモ書きがあるだけで……」
「え、ええ。通常の指示は副女将さんと、副々女将さんと、副々々女将さんが……」
……なんなんだ、その副々とやらは。一体どうなっているんだここの宿は?
だが、二人に嘘を言っている様子はみられない。その時、今まで妙な動きをしていたリンクが動いた。
「これは間違いなく俺達の為に作られた料理だ!」
リンクは拳を握りしめ、料理を一点に見つめながら語彙を荒げた。
「え?どうしてそんな事が分かるの?」
アリスは上目遣いにリンクの顔を覗き見しながら問いかける。
「この料理はヴィーラ族の『カツテーネ』と呼ばれる料理だ。大切な出来事の前に祈願をこめて出されるものだ」
「ほう、いわば『勝負飯』って所か」
──成程、俺達が来ることが分かって事が運んでいるという事か。そしてこの飯、預言者には次の結末まで見えているのだろう。
「ああ、カツテーネに使われている肉は『ランドポーク』という猪型魔物の肉のヘレの部分だ」
「お客様、よ、よくご存じで。仰る通り、ランドポークは深い森にいて、捕獲が難しいのです。そのヘレの部分となると超が付くほどの高級食材でして」
まだ湯気の立っているカツテーネを指さしながら、コックが身体を前のめりで話に加わった。
だが、リンクはコックには耳を貸さず再び料理に目をやった。
「これから私に何かの試練が与えられるはずです。見事にその期待にお答えいたします」
選ばれしヴィーラ族の戦士は硬く握りしめた拳を天へと突き上げた。
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