104.宿屋の女将
直ぐに国王に会えなかったのが不満なのか、はたまた兵士の対応が気に入らなかったのか、リンクは口をへの字に曲げブツブツと何かを口ずさんでいる。
「そう文句を言うな、予定が半日ずれた所で何も変わらないさ。肝っ玉の小さい奴と思われるぞ」
「な、なんてことを。会って貰えない事を文句言っているわけではない。奴らが我がヴィーラ族を軽視しているからであって……」
肝っ玉が小さいと言われた事に腹を立てたか、リンクは目を吊り上げ途端に言い訳を始める。眉を顰めながらその様子を見ていたアリスは「もう、揉めないでよ」とため息をついた。
こんな所で言い合っていても仕方がない、俺達は城下町に向かう事にした。
「え?また町に小竜に乗ったまま行くの?」
アリスが微笑を引き攣らせながらそう尋ねてくるが、俺は口角を少し持ち上げ黙って頷いた。
俺達が小竜に乗って街路を移動していると、街の人達は「ひっ!」やら「ぎゃっ!」やら叫び声をあげて、手荷物もそこらに投げ捨て建物内に入ってしまった。
僅か五分で閑散とする街並み。サンプールで起きた状況と全く同じである。
「あらら、また人が逃げちまったな」
リンクはその様子に何も言わず目をパチクリ、アリスは大きなため息をつく。
「ねえ、レア。わざわざ小竜に乗って城下町に入るって、わざとやっているよね?」
「決して大慌てをしている住人を見たくてやっているわけではない。暗くなる前に宿屋へ向かおうと……」
なんせ、人が居ない方が移動しやすいではないか。
という訳でやや速足で街路を進むと、ロビンの言っていた赤い旗の立っている宿屋が目につく。
「お、あれがその宿屋だな。ほほう、勧めるだけあって馬車小屋のようなスペースもあるぞ」
西洋造りのその建物の石壁には枯れたツタが絡み合い年代を感じさせる。目印となる赤い旗も色あせて朱色だ。
俺達は小竜を馬車小屋につないで、『飼い主アリ。触るな危険!』のプレートを垂らすと、宿屋の扉を開けた。
『カランカラン……』
扉を開けると目の前に受付のカウンターがあり、丁度そこに白髪交じりの長髪で、やや色黒の中年の婦人が腰を掛けていた。
顔が半分以上隠れている髪など全く気にもせず、婦人は嘗め回すような目つきで俺達を見ると眉を顰めフンと鼻を鳴らした。
「おや、いらっしゃい。旅の方達だね?でも、残念だけどここはあんた達みたいな見知らぬよそ者を止めるわけにはいかないね」
何故に試練が被ってくる?城には入れないし、宿にも拒否される。ただ、あまたの難関をクリアしてきた俺だ、こんな事で引いたりはしない。
きっとここで使えとロビンはこれを俺に渡したに違いない。
「これを見ても俺達を無下に追い返すことが出来るのかな?」
俺は懐からロビンから貰った自筆サイン入り宿屋の名刺を差し出した。夫人はそれを手に取るとピクっと頬を震わせ、再びフッと鼻を鳴らした。
「なるほど、あんたらは髭の兵士長の知り合いかい。あたしはここの女将のアマンダだ。あの坊やの知り合いじゃあ、無下に追い返すわけにもいかないねぇ、さて……」
アマンダはロビンを坊や呼ばわりにした。どう見てもロビンとアマンダはひいき目に見ても同じ年、冷静に見ればアマンダの方が十は若く見える。
意味不明な事をいう奴とはあまり関わりあいたくはないが、他の宿屋のあても無く、探すとなると面倒だ。出来ればここで泊めてもらいたい。
押し通すしかない。
「そうだ、俺達はその髭の兵士長から紹介を受けた。で、泊めてもらえるのか」
「ああ、泊めてやらんことはないがね。先ずは宿代だ。ここはちょっとばかし高いよ、あるのかい?」
俺は黙って懐から出した10万ピネル金貨を指で弾いて見せた。
アマンダの瞳がキラリと光る。腕を組み、目を細めながら、ほほうと頷き、チラリとリンクの方へと目をやると俺ではなく、彼を品定めでもするような目で見続ける。
──ん?リンクの耳が珍しいのか?
俺の視線が気になったのか、アマンダは少し肩を震わせこちらへ向き直ると金貨を指さした。
「なるほど、それを弾くというのはそれなりのものを持ち合わせているって事だね。分かった、泊めてやろうじゃないか、ただし……この問題が解けたらだよ」
自然と俺の顔が歪む。
「おい、なんでそんな面倒な事をしなければならないんだ?」
すかさずアリスは俺の袖を引っ張った。
「もういいじゃないの。さっさと問題を解いて泊めてもらいましょうよ。ご飯も食べたいし、お風呂にも入りたいし……」
気楽な事を言っているが、その問題とやらを解けねば泊めてもらえないという事を分かっているのだろうか?
きっとハの字になっているだろう俺の眉を見ながら「なによお」というアリスに対して、もう一人のツレのリンクは、今度は逆に唇をキュッと結びアマンダを見続けている。
「もう話は済んだかい?問題を解いてみるか、さっさと帰るか早く選びな」
なんで客の俺達が下手に出なければならない、と感じながらもこのままでは埒が明かない。
「ああ、早く休みたいんだ。とっとと問題を出してくれ」
俺がそう言うとアマンダはニヤっと微笑んだ。
「春は歓喜を呼び……夏は涼を与えてくれる。……秋には豊かな恵みをそして、冬は暖を与えてくれる」
アマンダはまるで反応を見るかの如く、ゆっくりと語る。
──これが問題か?皆目見当がつかん。一体何を言っているのだ、この女将は……
その時、頬が引き攣る俺の横でリンクの呼吸が早くなった。
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