100.さて本来の目的へ
「ねえ、やったよ~」
アリスが片手を振り破顔しながら、もう一方の手でバスケットボール程のベヒモスの魔石を抱えて戻ってきた。
「よくやったな、余裕だったぞ。今回は安心して見ていられた」
「今回は無傷だよ。凄い?」
アリスはフフンと誇らしげに鼻を鳴らした。だが、戦っていた時より少し動きが鈍い。
「疲れているのか?」
「また重力魔法をかけたんだよ」
戦った直後だというのに、なんと勤勉な奴だ。因みに生命力は3万6千ってとこか。このレベルならノーマルのサイクロプスなら余裕で倒せそうだ。
師匠としてある意味満足げに彼女を見つめていると、アリスはリンクに駆け寄った。
「リンクさんも有り難うね。あなたのお陰で安心して戦えたよ」
「そんな……大したことは出来ていません」
リンクは表情を曇らせながら首を横に振った。そして険しい目つきで俺を見るとその場にしゃがみ込み頭を下げた。
「こ、こんな人族が居るなんて……すまない、レア殿、奥方様。一緒にいる間だけで構わない、私を鍛えては貰えないか……」
「いや、待て。お前は十分に強いぞ。今回は敵が悪かっただけだ」
俺が手を横に振るとリンクは俺を睨みつけ口調を荒げた。
「『敵が悪かった』なんて言い訳にならぬ!」
リンクの身体が小刻みに震える。その瞳にはヴィーラ族の戦士としての誇りを感じるが……
(正直言って面倒でもある)
俺はしばらく頭を悩ませるが、この先を急ぐことも考えてお断りをしようと返答する。
「いや、ちょっと……「うん、いいよ」」
「な?なんだって」
「いいじゃん別に。あなた。助けてあげましょうよ」
「あ、あなたぁ?」
「なによぉ」
俺が断ろうと口に出した途端、奥方様と言われて機嫌を良くしたのかアリスが割って入り了承してしまった。
そもそもリンクの生命力はどれくらいあるのだ?こっそり覗いてみると2万弱。
重力魔法を使用していないときのアリスよりも低く、確かにベヒモスクラスと戦うには少し心もとない。
「いいだろう、アリス。お前が鍛えてやれ」
「え~……いいよ。じゃあそれっ♪」
「うわっ」と言いながら突然リンクが地面にへたり込んだ。
「お、奥方様、一体何をしたのですか?」
苦しそうに眉を寄せリンクはアリスに問いかけた。
「二倍の重力魔法をかけただけだよ。先ずは基礎体力を上げないとね」
「二倍の重力魔法……ですか?」
「大丈夫だよ、それだけで強くなるから」
アリスは大丈夫だよ~と手をフリフリしている。
「そ、それだけとは……これはなかなか辛い……」
「情けない事を言うんじゃない。アリスなんて今三倍の重力魔法を纏っているんだぞ」
「な、ナンデスト!奥方様は三倍とは……ま、負けてはおれぬ」
気が付けばリンクは水を被った様にベタベタで、汗が服から滴り落ちている。
湿った土に指をめり込ませながら震える身体を起こすと「ははは、た、大したことありませんな」と真っ赤な顔で引き攣った笑みを浮かべたのだった。
……
「これは摩訶不思議な魔法ですね。これだけ身体が重いのに体重が増えないとは」
小竜に跨ったリンクはその首を撫でながら動きを観察していた。ノアへの負担を心配したのだろう。
「ああ、重力魔法は本人に負担が来るだけで体重などは増えないのだ。もし体重まで三倍になっていたら、アリスに乗られているライラはぺしゃんこになっているぞ」
ライラに跨るアリスは「なんですって、失礼ね、そこまで重くないわよ」とべーっと舌を出す。
だが、リンクの心配を他所に小竜たちは相変わらず森の中を軽快に突っ走ってくれている。ベヒモスに時間を取られたが、もう間もなく第二層に到着だ。
「よし、サイクロプスの居場所を概ね特定できた。凡そ三十キロメートル先、第二層の入口付近だ、俺について来てくれ」
◇ ◇ ◇
「何?この湿気。それに熱いわね」
森を抜け第二層に入ると空気が変わった。ここは湿地帯だ。いびつな木々が光りを遮り、視野を濁らせる。肌に纏わりつくような湿気に加え、小竜が重そうに足を運ぶと、ピチャピチャと泥の混じった水しぶきが飛び刎ねる。
おまけに巨大なヒルのような環形動物が牙の付いた口を開けて木の上から降って来るのだ。その姿を見るだけで背筋が凍り付く。
俊敏な動きとは言えないが、普通の冒険者レベルなら避ける事もままなるまい。間違いなく瞬殺されているだろう。さすがは第二層の魔物と言ったところか。
飛びついてくる魔物を俺が切り裂くと、その体液が周囲の樹木を溶かした。
「と、溶けたわ!」
アリスは身体をのけぞらせ、細剣を強く握りしめた。
「気を付けろ、浴びると危険だ」
俺は全ての小竜にも防御魔法をかけた。
アリスもリンクも上手に足で身体を固定しながら、巧みに武器を操りワームを確実に片付けていく。
防御魔法をかけているとはいえ、切り裂く度に酸っぱい腐臭の体液が鼻の奥に突き刺さる。
「もう、気持ち悪いわね」
アリスは真っ青な顔で毛を逆立てているが、そいつは魔物なので二人の修行にはなっている。
二人とも戦う程に動きが良くなっている。
ワームを掃討させながら先に進んでいくと、俺の検知魔法が大きな生命力を捕らえた。間違いない、一キロメートル先にサイクロプスが居る。すぐさま先頭を行く俺はミヤビに指示を出す。
「ミヤビ、足音を抑えろ。この先に魔物が居るぞ」
それを聞いていたのか後ろから付いて来るノアとライラもそれに続く。なんて利口なのだ。
サイクロプスのいるだろう方向へ静かに近づいて行くと、木の陰から一つ目の巨体が姿を現した。体色は緑で手には大きな棍棒を持っている。クンクンと鼻を鳴らし辺りをキョロキョロ見渡し俺達を見つけるとニヤっと不穏な笑みを浮かべた。
「色が百科事典の通りだ。ノーマルのサイクロプスだな」
「ノーマルってあの程度なの?全然問題ないじゃん」
アリスはふうんと顎を持ち上げると「リンク行くわよ」と言って、小竜から降り、猛ダッシュで飛び出して行った。
「ちょ、ちょっと待ってください」
呼び捨てにされ、慌ててアリスを追いかけるリンク。
飛び込んできた二人にサイクロプスは大口を開けて振り下ろす棍棒が周囲の大木を粉々に砕く。だが、アリスはそれを難なく躱し、跳ね上がった泥水が地面に落ちる間もなく棍棒を即座に分断。
加えて、重力魔法などものともせずに、一心不乱に絶え間なく弓を打ち続けるリンク。
串刺しにされたサイクロプスが俺の目には剣山の様に映る。
あのサイクロプスがまるで子ども扱いだ。二人ともあの環形動物を倒して更に経験値を上げたな。
結局のところ二人は何の苦労も無くサイクロプスを打ち取り、あっという間に魔石を持って帰って来た。
「二人とも強くなったな」
その後、検知魔法で見つけた三体のノーマルサイクロプスは二人によってまんまと魔石に変えられ、当初の目的を果たせたのだ。
次は国王に届け物をするのだったな、まあ、先ずはギルドに戻るとするか。小竜に跨る俺達をみた冒険者達の驚く顔が楽しみだ。
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