君を頑なにした男は誰?
私が自室にアイラとジェナを連れこんだのは、ジェナを着飾らせるためである。
私のドレスは未亡人用のつまらないものしかないが、それでも今の仕事着で食堂の椅子に座るよりは、ジェナにはホッとできるはずだ。
「あの。あたしにドレスを貸してくださるなんて」
「いいのよ。地味なものばかりで申し訳ないけど」
「アイラのドレスではジェナには小さいのでは?私のドレスも持って来ましょうか?少々年代物すぎるかもしれないけれど」
彼女は居間を出る時から見るからにウキウキしており、まるで十代の少女のように両目をキラキラさせている。
「一度も袖を通した事が無いドレスがあるの!!」
「あの、あたしはシエラ様のドレスの方が」
ジェナがこそっと私に囁いた。
アイラの衣装管理もしているジェナならば、アイラのとっておき隠しドレスを知っての慄きだな。
では、私のドレスがジェナには入るか試さねば。
ジェナの体つきを調べるため、彼女のウエストを両手で掴む。
私の急な動きでジェナはかなり驚いたが、私こそ意外にも細かったジェナのウェストに驚いていた。
そして驚きついでにジェナの顔をまじまじと見つめると、ジェナが素朴そうな顔立ちながら目鼻立ちが整っている事に初めて気が付いた。
いいえ、言い方が悪い。
もともと器量よしな人であることは分かっていたけど、着飾ったら物凄く化けるのでは無いのかと気が付いたのだ。
「あ、あの。奥様?」
「シエラ?」
「大丈夫。私のドレスはちゃんと入るわ。それで、ドレスは私が選んでいい?三着しかない中でも、飾りのない一見地味な灰色ドレスだけど」
「あ、あたしは何でも――」
「そう?肩が出る少しばかり冒険的なデザインよ。でも、あなたはスタイルが良いから、あれを着こなせると思うの」
「あの、あたしみたいな泥臭い女には」
「変身させてあげる。アイラ。あなたの真っ赤なコサージュを貸して頂ける?あれを灰色のドレスの飾りにするの。それで、髪の毛はふっくらと結ってね、私が持っているコサージュを髪飾りにするのよ。赤い花の造花がいつでもバラなのはありがたいわね。お揃い飾りになるもの」
「え、ええ。奥様?」
「ええ素敵ね!!今すぐに持ってくるわ。ああでも、私は人の髪なんて結えないわ。ジェナだって、自分の髪を結うのは難しいでしょうから」
「私が出来ます。ジェナはまずドレスに着替えましょう」
私はクローゼットに掛けてあるドレスを引き出すと、それをベッドに置いた。
それから二人に簡単な断りを入れると、私一人部屋の外に出る。
せっかくの夕食を食堂に運んで置く人が必要だ。
ジェナが着換えているうちに済ましてしまわねば。
アイラは領主館で家庭教師をしていた経験はあれど、料理を用意するという仕事は経験のない人だ。
着飾った経験のないジェナに慣れないドレス姿で料理をサーブさせる?
それこそジェナへの虐めみたいになる。
ならば、出来る人がすればいいのだ。
貴婦人に雇われるコンパニオンは、その貴婦人が出来ない仕事を受け持ち動くという面も期待されるものなのだから。
だが、階段を降りて向かった台所には、すでに私と同じことを考えた人がいた。
男の人が、それも貴族の人が、台所で鍋をかき回しているなんて。
伯爵スタイルのジャケットを脱ぎ棄てその代りにエプロンを羽織った姿は、思い出したくない郷愁を私の胸に呼び起こす。
母が生きていた頃、父が私と母に肉や大エビを切り分けてくれたのだ。
ほんと、母が生きていた時だけの父ね。
「シエラ?」
「あなたに先を越されてしまったわね」
キースは私の到来に驚くどころか、待っていた、そんな笑顔を向ける。
その上、連れ添った夫婦みたいな台詞を続けるなんて。
「大きな鍋だがこのまま運んで、食器をセットするぐらいでいいかな。パンは着飾った俺達が戻る頃には冷めているかも、だが」
「パンは布巾で包んで鍋の蓋の上に置いておけば良いと思うわ。それで、あなたが準備して下さるなら私は部屋に戻っていいかしら?」
私はキースの返事も待たずに、台所の戸口から身を翻した。
出来る限り優美に見えるように。
だけど、私の足にはマメと靴擦れが出来ていた。
私は足の痛みで床に足を滑らし、気が付けば私を支える男の腕の中にあった。
「かなり足は痛いのか?」
「普通の靴擦れよ。ありがとう」
「いや、いいよ。ただ教えて欲しい。君を頑なにした男のファーストネームを。まだ若い君をこんな世捨て人にした男が君にした所業を」
私は考えるべきだった。
キースのことを。
彼がアイラの前だからいい男ぶっていると考えるのではなく、かって使用人だった女性に対しても尊敬を持って接する事が出来る人なのだと、ちゃんと認めて対応するべきだった、と。
軽薄なだけの男なだけだったら良かった。
そしたら他人の上っ面だけしか見ない人だっただろうから。
なのにキースは人に寄り添える人だったから、同情だけで私の過去を掘り起こしそうではないか。
それで見つかるのは、私が為した犯罪行為。
偽装結婚と存在しない夫の殺害。
でもそうしなきゃ、大叔母の遺産を受け取ることなどできなかった。
この国は女性を遺産相続人にしても、女性がその遺産を自分で受け取って活用する事は出来やしない。だから私は、架空の夫を作り、自分の財産が月々小遣いとして自分に手渡される手配ようにしなければいけなかったの。
そんな犯罪行為に手を染めた事で、もっと大きな祖父母の遺産を受け取ることなど出来なくなったけれど。
財産管理人である弁護士を騙すことなど出来ないわ。
お祖父様達が私から財産を奪われないように施した幾多の壁が、本当に必要とする私の手から財産を遠ざけてしまったのは悲しい話ね。
私はキースの顎を右手でぎゅっと掴んだ。
賭けに出ることにした、から。
キースが優しい男で可哀想な女に同情する人ならば、私が同情なんかしてもらう価値もない女を演じればいいのよ。




