アイラは心優しき母みたいな人
私は手ひどくキースを拒絶したはずだった。
なのにキースは機嫌が良いし、彼はしっかりとアイラの家で寛いでいる。
ゆったりとソファに座ってアイラと会話に花を咲かせ、アイラに構ってもらえなければベベを呼んで構って遊ぶ。
私?キースなんか完全無視して刺繍しているわよ。
刺繍なんてしたくもない、大嫌いな手慰みですけど。
「くうん」
ベベは私の膝上に、自分が咥えてたボールを落としてくれた。
投げろと?
私はボールをベベに与えた人に投げた。
自分のことを小さな仔犬としか認識してないベベは、それはもう凄い勢いでキースに飛び掛かって行った。
ざまみろ。
「よ~しいい子だ。もう一回お姉さんのとこに行こう!!」
え、うそ。
ボールを掴んでいるキースがこっちを見てる。
凄い笑顔で。
「ちょっと、やめて!!私は針を持ってるの。やめて!!」
「あなた達は何をやってるの。ボール投げはお外でしなさい」
母親みたいにキースと私を叱ったアイラは、自分の言葉で思い出したという風に窓へと顔を向ける。
「まあ。お外はずいぶん暗くなっちゃったわね」
ええ、そう。
外はどんどん暗くなるわよ。
さあ帰りなさい、帰ってちょうだい。
「キース。夜道は危険よ」
ですです、アイラ。
「夕飯の後は泊って行きなさいな」
アイラ~!!
私がいることをお忘れ?
私が未亡人を演じていることで、アイラは私の付添い人にならないの。
家族でない男性と同じ屋根の下に泊ったとなると、私の評判は地に落ちるの。
ただでさえ未亡人となった女性は、処女では無いから気軽に関係を結べる人間だと男性に思われがち。キースと夜を共にした、なんて噂になったら、今までにない誘いを男性から受けることになるかもしれないのよ。
「着替えが無いからなあ」
私は初めてキースに感謝した。
アイラはキースを幼い子供みたいにしか見えていないようだけれど、キース本人はちゃんと成人男性としての常識を持ち合わせていたみたい、と。
「あら、下着どころかあなたが我が家に持ち込んでいた服は、全部洗って置いてあるわよ。もう大きくならないから大丈夫よね」
「さすが、俺が愛するアイラだよ」
泊る気決定か!!
警察とかやってるなら、世間についての常識知ってるくせに!!
「――母が待つ実家に帰るってこんな感じなのかな」
うっ。
キースは本当に糞野郎だ。
そのアイラを泣かせる台詞を、アイラではなく私の相槌を求めるようにして吐いて来ただなんて。
これで出て行けと言ったら、私こそ追い出されるわね。
でも、アイラの言葉に甘えたら?なんて絶対に言うものか。
「さあ。私は母がおりませんからわかりませんわ」
「そうか。お揃いだね、俺達は。母親がいないからアイラに母親を求めてしまう。アイラはいい迷惑かもしれないけど」
「シエラは娘にしたいけど、こんな口が上手い悪魔みたいな息子はいりませんよ」
「あ、ひどい。でもさ。サイドボードにおいてあるあれ。封の空いていないブランデーは俺用でしょ?最高の愛人だよ、君は」
キースはアイラの肩に腕を回し、アイラのこめかみに軽くキスをする。
どこから見ても母親と息子の図だ。
「あの。支度は出来ました。お食事は今日は食堂の方に並べますので」
ジェナが居間に顔を出し、夕飯がいつもと違うと告げた。
それなりの家では使用人に食事を食堂に運ばせてそこで食すが当たり前だが、アイラの家では台所で雑談しながら皆で食べる。
その皆はもちろん、食事を作ってくれたジェナを含む。
今晩は食堂に、ということは、その習慣と違うことを意味する。
私はこの家に下宿が決まってからその習慣を知らされて驚いたが、今はこのアイラの作法は好ましいと思う。
私はアイラの家で下宿と言う事で家賃を払ってもいるのだが、話し相手としてアイラに雇われている側面もあるので、家賃の金額は私の食費程度のものだ。
アイラが身元が不確かな私を受け入れてくれるのは、ひとえに同じ階級の話し相手が欲しかったからだろう。
だからこそ、私が夜逃げをしなければいけなくなった場合とその後を考えると、アイラとジェナが一緒に食事する習慣は壊したくはないのだ。
アイラが広い食堂室で一人ポツンと食事、なんてことになったら涙が出るわ。
「え、台所でいいよ。このうちはそうでしょう?」
「あの、でも、領主さまのお身内を台所に何て、それは。そ、それに台所でされたら、あたし、いいえ、私が食べる場所が無くなるし」
「一緒でいいでしょ?君の前のミナは一緒だったよ。台所でへーきへーき」
「あの、でも」
ジェナは自分の胸元の布を右手でぎゅっとつかんだ。
アイラが使用人にみすぼらしいドレスを着せるはずなどはないが、女中ドレスで私やアイラと一緒に並ぶのは辛いだろう。
とっても見栄えの良い貴公子様がいらっしゃる、という状況であれば。
ジェナは私よりも年上だが、私が偽っている年齢ぐらいの若い娘でもある。
「ジェナ。相談したい事があるから部屋に来てくれる?」
「シエラ様?は、はい。でもあたしは支度が」
「そのあなたの支度を一緒にしましょう。アイラも一緒にいいかしら?多分そこの大きな男の子は、少しぐらいほうっておいても泣かないと思いますわよ」
アイラは吹き出した口元を押さえて私から顔を背け、私に子ども扱いされた男は、私に仕返しのようにして大人にしか出来ない見事な礼を私に捧げた。
「自分の為に着飾ってくれるなんて、男冥利につきますよ」
私にはあなたを冥土に送ってやりたい気持ちしか無いけどね。




