第52章| 職場巡視の重要性 <10>リスクアセスメントをやってみよう その5
<10>
「鈴木先生っ、それは・・・・・・? 」
鈴木先生がカバンから取り出して次々と机の上に置いたのは、
自転車のタイヤに空気を入れる空気入れを一回り小さくしたような道具、細いガラスの管、そして最近急速に一般市民にも普及した、部屋の二酸化炭素濃度を測れる機械だった。
鈴木先生が言う。
「『CREATE-SIMPLE』は非常に便利なツールなのですが、あくまで概算で見積もっているため、現場の実情とは少しズレてしまうこともあります。先ほどサロンでのアセトンの使われ方を見せていただき、特に僕としては、アセトンを入れたボウルを湯煎する方法は有害性が高いように思いました。なので皆さんが目を離している隙に、この道具『検知管』を使ってアセトンボウル付近のアセトン濃度を測定させてもらいました・・・・・・ご覧ください」
鈴木先生が直径5mmほど、長さ15cmくらいの細いガラスの管をつまんで持ち上げて、ガラス管の上に印字された目盛りを指す。
検知管は、ボールや風船に空気を入れる空気入れみたいな形をしている。
測定したい気体の種類ごとに作られた特殊なガラス管を本体に装着して、レバーを引いて部屋の空気を吸い込んで使う。すると空気中から取り込んだ気体にどのくらいの濃度でガスが含まれているか、ガラス管の色の変化で測定することができる。
「色が変わっているところを読んでみてください」
「えっ。ガラス管の中で赤いラインが達している場所・・・・・・200、って書いてあるよ」伊倉さんが数字を読む。
「ありがとうございます。これは湯煎アセトンボウルを出しているとき、ネイリストの鼻や口付近の空気で、実測アセトン濃度が約200ppmになっていることを示しています」鈴木先生が言った。
――――――CREATE-SIMPLEを見ると、アセトンの吸入(短時間)管理目標濃度は500ppmと書いてある。つまり、短時間に吸入するアセトンの濃度は500ppm以下に抑えることが望ましいという意味だ。
「『CREATE-SIMPLE』で推測されたこのネイルサロンのアセトン濃度は“吸入(短時間)80ppm”ってなってるのに、検知管で測ると200ppmか・・・・・・。管理濃度以下だってことには変わりないけど、少し高い。予測値と実測値はズレるんですね・・・・・・」
「はい。『CREATE-SIMPLE』は非常に便利なツールですが、働く場所での化学物質の使われ方によっては実際の濃度のほうが高くなることがあります。その原因として考えられることは・・・・・・さきほどはアセトンを湯煎するという特殊な使い方で活発なアセトンの蒸発が促されていたこと、そしてこの部屋が、低換気状態であることが挙げられそうです」
鈴木先生が、机の上に置いた二酸化炭素濃度計を見せてきた。
表示されたこの部屋の二酸化炭素濃度は1500ppmを軽く超えているようで、画面には警告の赤ランプが点滅している。
二酸化炭素濃度が高いということは、それだけこの部屋の空気が停滞しているということ。
当然、そういう部屋で溜まってしまうガスは二酸化炭素だけではなく、気化したアセトンや有害なチリなどの濃度も高くなるはずだ。
「ええ・・・・・・ご覧の通り、この部屋にはろくな換気設備がありません。空気がこもっているんです・・・・・・やっぱり空気清浄機を買えばいいのかしら・・・・・・」
「アセトンのような有機溶剤の除去に、空気清浄機は効果がありません。空気の入れ替えが重要です。しかし見たところ、効果的に換気できそうな窓が、この部屋には付いていないようですね。そうなると出入り口の扉を開けるか、気流を設計したうえで局所排気装置を設置することが必要になるかと思います」
「そうなんですかぁ・・・・・・。局所排気装置・・・・・・よくわからないけどお金かかりそう~。木須社長に相談ですかねぇ・・・・・・」
「あ、あとさ。この数字が大きいやつも気になるよ」
がっくりと肩を落としている間黒さんの隣で伊倉さんが言う。
その言葉で、みんながもう一度『CREATE-SIMPLE』の画面を見た。
「ホラ、“経皮吸収”ってヤツ。管理目標濃度が3561mg/dayのところ、私たちは1420mg/dayってなってるから、たぶん許容範囲は超えていないけど、まぁまぁの量を皮膚からも吸い込んでるってことだよね? 」
「え? 皮膚からもアセトンって身体に入るの? うわ~、それって私たち、全然実感なかったよねぇ」
「ホントホント~」
ネイリスト達がざわざわと話をしている中、間黒さんが言った。
「あ~っ。そういえばごめんなさい! 足立さんと持野さんにネイル施術をして差し上げるはずが、うちの職場環境のことで話が長くなっちゃった。とりあえず施術の続き、やりましょう~」




