第二十七話:竜を狩るために
「んじゃ、先生とゲオグルさんは、同じ日に?」
「あぁ、ギルドへ登録したんだ」
エルシードは、確かに水の都といえる。
でも、魚料理が売りという訳じゃない。
そも、水というのも。
川や地下水から汲み上げられた淡水であって、街中に魚は泳いでないし。
やっぱり、半妖精。
狩人の系譜だから。
主に魔物の肉を使うらしくて。
見事に調理された小猪種の丸焼きが出てきたり、野生の香草類を使った繊細な揚げ物があったり。
只でさえ高級志向のお店なのに。
絶対高い料理ばかりが。
優先的に運ばれてきて。
流石に、春香と康太で。
自分の財布じゃない分、一番良いのを上から頼んでいるね。
「――コレうま。……マジの腐れ縁ですね」
「美味し……面白い話ですけど」
「……本当に聞いてる?」
「春香ちゃん、コレも美味しいですよ」
「「うめぇェェ!!」」
……もう何でも良いか。
「偶然って怖いんですね」
「まぁ、かなりの奇縁だな。同期の連中なんて、大半は死んでるか引退だが、何だかんだで俺たちは生きてる。――バケモノ世代ってな」
それで、今話しているのは。
彼がまだ若かった時の話だ。
……訂正。
まだ若い。
衝撃の事実なんだけど。
二メートル近くある傷だらけの巨漢ゲオルグさんは、まだ二十代。
ギリギリ二十九歳らしい。
暦が違うから難しいけど。
正確に計算したとしても、およそ向こうでも同じ位の齢で……。
それを聞いたとき。
皆で飛び上がった。
「同期なんて言って、あたし先生より一回り年上かと思ってましたけど」
「………あのなぁ」
「でも、結局年上だよね」
「………あ?」
「「え?」」
「アイツ、確か三十行ってなかったか?」
……そうだったっけ?
興味自体は薄いけど。
「――確か、初めて会った時に二十八くらい…だとか」
「確かに言ってましたね」
「鯖読んだ?」
「というか、覚えてねんじゃねえか?」
もう、口から出まかせとか。
先生なら普通にあり得るよ。
でも、まだ青年の若さで。
そうそう自分の年齢忘れるとか、本当に健忘症とかなのかな。
確かなのは、さっきゲオルグさんが言った通り、先生とゲオルグさんとリザさんが同期冒険者という怪物揃いな世代という事だ。
凄い偶然だよね、それ。
「――そもそも、外見全然変わんねんだ、アイツ」
「珍しくはないっすよね」
「上位冒険者ですし」
「強者である程に魔素の影響で年を取りにくい…外見に現れずらいと聞いてます」
「まぁ、そうだがな」
「……んで、やっぱりぃ?」
「んあ?」
「その日にリザさんと出会って一目惚れ…とかです?」
「……………んがぁ!」
「――あぁ!?」
「ズルい! そのイノシシ俺が食おうとしてたのにィ!」
二人に絡まれたゲオルグさんは。
手を付けていない丸焼きを齧る。
まるで、トウモロコシ。
剛腕で掴み上げると、姿焼きなケモノ肉を、芯だけ残すかのように回し食いし始める。
「――本当に、曲芸みたいだけど……絵面が酷い」
「わぁ……凄いです」
「気にはならない?」
「マナーは今更ですからね。ふふふっ――楽しいですよ、凄く。陸君も包み焼き、如何です?」
「あぁ、ありがと。沢山貰うよ」
美緒が良いなら、良いけど。
アレは、本当に野生児だね。
貰ったのは包み焼き。
魚をホワイトソースでまろやかに味付けし、パイ生地に包んで焼いたモノだ。
彼女の好みらしく、上品な味付けで凄く美味しい。
「――ねぇ、隙見てイチャイチャしないで?」
「「え?」」
「……自覚ないから無駄だわ」
意味が分からないけど。
ヤレヤレと溜息を吐く康太たち。
何に対して言っているのやら。
一通りの世間話と。
旅の話が終わって。
お腹も落ち着き。
皆が思い思いのお茶やジュースを注文した頃。
「んじゃ、ちょっとしたアドバイスでもしてやるか?」
何と、ゲオルグさんが。
らしくもない事を言う。
「当然の事だが、竜狩りは簡単じゃねえ」
「「……………」」
「俺らの等級になりゃ一山で数えられるもんだが、A級の中にも相対した経験さえねえって奴はざらに居るからな」
冒険者も一概じゃないから。
得意不得意が存在していて。
対人専門、大型、小型。
暗殺特化に護衛特化…。
それ等を満遍なく修めた人とかも居るけど、大抵は一芸に秀でている。
「リディアも、竜は苦手な部類だ」
「あぁ、やっぱり」
「そうなんすか?」
「アイツは、対人…小型特化みたいな所があるからな」
それでも、やりようはいくらでもあるが…と。
彼は一息ついて。
「翼に、粘膜系統……色々あるが。間違いない弱点は、逆鱗だな」
「……怒るかんじ?」
「そっちじゃないよ」
「狩猟で出るやつだろ?」
「はい、語源の方ですね。伝説上の生き物である竜には、通常とは逆向きに鱗が付いている箇所があり、それが弱点である……と」
逆鱗に触れるっていう諺は。
それだけ弱点の部分だから。
触られたくない箇所に触られたら怒るって事なんだ。
「だが、それを突くのは容易じゃない。それに、最初の戦いだ。そんなモンを狙って倒そうとするよりは、十全に戦い、総力戦で勝つのが一番良いな。運よく圧勝、狙い過ぎて死ぬ……それよりは、経験を得ると同時に、勝利するのが最上だ」
そう締めくくり、結局。
彼は逆鱗の場所を教えてはくれない。
偶々当たって勝っても。
カンニングで勝っても。
まるで、意味がないと。
そうする事で出来上がるのは、分不相応な実績を持った存在だと。
そして、狙い過ぎれば。
それは逆に危険になる。
だからこそ、弱点など気にせず。
正面から戦って、その上で勝つ。
ゲオルグさんのいう事は、道理が通ったモノだったけど……。
説明を終えた彼は、突然に。
表情を崩し、ニヤリと笑う。
「――ま、頑張ってみろや。お前等なら、死ぬにしても良い線行くだろ」
「「死・に・ま・せ・ん!!」」
―――軽すぎない? この人にとっての死亡。
◇
「――戦士長。続報、来ました。竜は巣へと戻れり」
「ご苦労様です。後は、我々が」
僕たちが待っていた報告。
それが来たのは夜明けで。
監視役のトロル氏族から。
定期的に送られてきた伝令によると、数日もの間姿が確認されていなかった飛竜が、休息の為か巣の地点に戻ってきたらしい。
「準備は出来てるけど、大分緊張して――る?」
「「うん」」
「即答か。……当然か」
緊張しないと言えば嘘。
皆、いつもより身体が。
意志が強張っていて。
確かに向かう事はできるけど、いつも通りの動きが出来るかは怪しい。
「魔物の王、だからなぁ」
「普通に考えて、子供に仕向ける依頼じゃないよね」
「子供だと良いですね」
「大人だったら、逃げるか」
「いや……今更――」
「――200年を生きた長命者が、出来ると判断したんだ。四人なら、きっと大丈夫さ」
そんな中でも。
勇気付けてくれる大人は。
何時もより真面目で良い。
でも、彼の風体は。
僕たち装備を固めている側とは、異なるもので。
「――今回も、先生は来ないんです?」
「そういえば、確かに」
「装備を整えている感じも無かったですね」
確かに意外だった。
別に、切迫した状況でもなし。
トロルの件は黒幕側だし。
今回は来ない理由がない。
「まぁ、ね。その通りだ」
確かに気になる疑問を受け。
彼は、肯定の意志を見せる。
「だが、もしかしたら。この機を狙って何者かが潜り込む可能性もある。メンバーの中では一番エルシードに近いのが私だから、仕方ない」
そう言った後、ぼそりと「ゲオルグに拠点防衛とか無理だし」……なんて。
笑いながら口にする彼は。
間違いなくいつも通りで。
僕達への心配なんて。
露ほどもしていない。
それは情が無いからじゃなく。
きっと、僕たちを信頼してくれているからで。
「それに、私が行かなくても。同行するのが最上位冒険者である【竜喰い】様と【天弓奏者】様だ。A級冒険者の出番なんて無いに等しいさ。一つだけ聞くけど、君たち、戦争でもしに行くのかい?」
「「……確かに」」
「今、俺たちを呼んだか?」
「戦争と聞こえましたけど」
「無論、言葉の綾さ」
「……貴方はすぐそうやって。気分次第で大事にするのはやめて下さい」
彼の言葉に反応したか。
こちらへと視線を向け。
ゲオルグさんとリディアさんの二人が歩み寄ってくる。
二人とも、完全に軽装で。
金属の鎧など欠片もなく。
上位冒険者程、コレだ。
重くて機動が悪くなるだけだし。
極論、服だけで良いんだろうね。
両最上位も準備は十全に整っているようで、すぐにリディアさんから告げられる宣告。
「では、行きましょうか」
「待ってました。ちょっとトイレに」
……まぁ、分かるけどさ。
今回ばかりはそうは行かぬと、親友の首根っこを引っ捕まえ。
そのまま引き摺って行く。
大剣もあるし、結構重い。
彼はタンクだけど。
二人と同様に重い鉄製の装備なんてなく、本当に大剣くらいなんだよね。
「いや、漏れるって! 行きたくないって!」
「もう漏れてんじゃん」
「駄々洩れですね」
「漏れてるのは本音だよね。バカな事言ってないで、準備」
これから僕たちが行くのは。
「――初めての竜狩り!」
「生きて帰るまで、です」
依頼としては、最高位。
人類の領域を跨ぐ試練。
「……報酬はうんと弾んでもらいたいけど」
「緊張でどうにもねェ?」
「解せるもの、無いかね」
「余裕な人と話す、とか」
「それが良いかもね。ホラ、あの二人なら、全然――」
「んで、俺の取り分は?」
「任務をこなしたのなら、尻尾は丸々渡すよう、私が交渉します」
「どうせなら、目玉もくれねえかな」
「そこは、トロルたちと応相談ですね。良く働いてくれた彼らも、相応に権利を主張するでしょう」
……うん……うん?
ほらね? 平常心。
元がおかしいんだよ。
「……ほら。二人を見習お?」
「いや、あの二人は」
「参考にしちゃダメなやつ」
「尻尾に……目玉? どのような会話をしているのでしょう」
考えたくもないし、余計に恐怖を掻き立てられるけど。
何でかな……全然行きたくないとは思わない。
興味、刺激、欲求、新鮮さ……闘争。
冒険が呼んでるみたいだ。
大丈夫、一緒なら。
僕達なら、行ける。
「――じゃあ、いつも通りやろうか」
「オケ。それでは、お手を拝借」
「「りょ」」
「……緊張を解す…コレで良かったですね」
本当に、その通りだったね。
当たり前すぎて忘れてたよ。
最初はギメールの夜だけど。
何時の間にやら様式美になってしまった拳合わせ。
それを終えて、ゆっくりと肩の力を抜いていく。
今なら、大丈夫。
「必ず、皆で。一緒に勝ちましょう」
「「おう!」」
―――さぁ、竜狩りの時間だ。




