第二十八話:紅蓮の獅子、金色の射手
ロンディ山脈の麓の大森林。
固有名を【惑いの大森林】
大陸有数の森林地帯であり。
その内部には、様々な種族や希少植物……或いは未知の魔物が潜んでいると言われる。
そんな山脈の麓。
長大な山脈に連なる断崖に、ソレは在った。
おおよそ生物の物と思えない巨大な巣穴。
塚のようにも、雲のようにも見えるそれ。
材質は主に土や枯木で出来ているようで、数百数千と積み重なっただけに、現代日本人ではおよそ考え付かない威容を誇っている。
………そして、そこに眠る影。
「あれが、竜ですか」
「……でけぇ」
「あれ倒しに行くってマジ?」
「マジマジ。追い払うじゃなくて、討滅って所がミソだよね」
現実逃避も致し方なし。
次元が違う魔物だから。
「……目視で13メートルですか。報告より、やや大きいですね。彼らが大雑把なのは勿論――ゲオルグ? あれは、どれ程の齢なのですか?」
「んん~? 4…50年ってとこか。大物だなぁ」
「「……………」」
「喜べガキども。確定でA級討伐対象だ」
何で、ビビらせるようなことを。
3メートルは「やや」じゃないし。
竜の寿命は非常に長く。
ギルドが討伐した中で、最も長寿だとされたのは400年にすら届いていたとか。
流石に、そこ迄となると。
討伐難度はAを遥かに超え。
歴史上でも、遥か昔の神話の怪物。
龍を始めとする伝説の幻獣種にも匹敵するほどの脅威だったろうけど。
それに比べてしまえば。
まだマシ――な訳ない。
「あたしたちの三倍長生きなんだよ?」
「……で?」
「年長者は労わらね? 帰らね?」
「却下ですね」
「もう依頼受けちゃったし、意気揚々と出発しちゃったんだよ?」
やるしかないでしょ。
無論、リディアさんとゲオルグさんが。
二人が最後の討伐まで。
やってくれると祈って。
「――陸君? 変な事を考えてませんか?」
「いや、何も。やる気だよ」
目聡く読んだのか、流石の鋭さで。
問いかける美緒へ僕が返事をした。
―――その直後だった。
「「……………ッ!!」」
視線の先で飛び上がる大影。
竜巻の如く巻き上がる砂埃。
凄まじい危機感知で。
遠くなのに眠りから覚め。
こちらに気付いたソレは。
上空へ飛び上がり、静かに僕達を睥睨していた。
「――な? 大型のトカゲにしか見えねえだろ?」
「「いえ、全然」」
「久しく見ますが、大きいですね」
―――大型のトカゲ? どこが?
その竜は黒色の鱗を持ち。
爬虫類を思わせる切れ長で、赤い瞳。
胴は出会ってきたどんな魔物よりも太く、尻尾は樹齢百年の丸太が如き大質量。
それは、正しく竜だった。
西洋に語られるドラゴン。
巨躯には、確かな風格と圧が存在していて。
魔物の王とされるのも頷ける。
「ありゃ、ちと太り気味か」
「そうなんです?」
「大方、東側じゃ子育て出来ねえって流れてきたんだろ」
「……子持ち?」
「それって……」
「凶暴だろうなぁ。そりゃ、厄介な時期だ」
どんな種でも、同じ。
子供を守る時は狂暴。
「――ゲオルグ。子供は、まだお腹の中に?」
「「……………」」
「さぁな」
「答えてください」
覚悟は出来ているけど。
重くなる僕たちの思考。
「竜ってのは、面白ェ生態でな。胎内にいる期間が長ぇし、産むときだけ子供の周りに殻を形成する」
「……胎生? 卵生?」
「哺乳類の例外…カモノハシみたいですね」
「――それで?」
「もう、巣の中だろ。だから、ああやって飛んでる」
巣を攻撃されないように。
敢えて飛行し、此方へと。
戦闘…或いは自らの虐殺による余波が届かないように遠ざかっていると。
「では、卵はトロル氏族のご馳走になるか……魔皇国へ移送する事になりますが」
「「魔皇国」」
「良いですね? ゲオルグ」
「あぁ、興味ねぇ」
「……ですから。そちらの心配は大丈夫です、皆さん」
エルシードは中立国家だから。
あの国とも外交網があるんだ。
……どうして送るのか。
気になる事はあるけど。
悪戯に命を奪ったり、卵を破壊しなくて良いというのは、精神衛生的に朗報で。
それを先に言ってくれるリディアさん。
本当に優しい人なんだよね。
彼女の言葉で緊張が解され。
ようやく、肩の力が抜けて。
今なら、軽口を叩く暇だって出てきている。
「――ゲオルグさん、やっぱり似てます?」
「そりゃ、竜だからな」
「二人で相撲しててくださいよ」
「その間に、帰りますんで」
「んん? アレを投げ飛ばすのは、ちと大変だな。――出来なくはねえが」
「「え」」
「……あの巨体を!?」
「――康太。この前、ゲオルグさんに腕相撲やろうって言われてなかったっけ?」
「あぁ、絶対受けないようにするわ」
冗談が冗談にもならない。
コレだから、常識を打ち破れるこの世界の強者は。
彼と筋力比べはダメ。
比喩なく骨が折れる。
―――と、慢心していた。
―――今本来はすべきは。
本当は、目先の心配だった。
竜は、今にも両翼を靡かせて此方へ突撃してきていて。
余りに行き過ぎた気分転換。
最強の味方がいると。
楽観視していた僕達。
あの速度でも、この距離なら大丈夫だと思い込んでいた。
地上に居る僕たち四人へ向け。
黒竜が最初にしてきた行動は。
「―――ガァァァァァァァァア!!」
……耳を劈く咆哮?
――イヤ、アレは。
それが発生したのは。
飛燕竜が巨大な咢を開いた瞬間で。
身構えはしていたモノの、僕たち四人だけだったなら。
その瞬間に。
―――この瞬間に、僕たち勇者の冒険は終わっていたのだろう。
◇
―リディア視点―
竜が恐れられる理由の一つ。
災厄とされる、要因の一つ。
それこそが、今迫りくる。
放たれた、極大の焔です。
その威力と射程範囲は家屋すら呑み込むほどで、村の壊滅に一瞬、都市の壊滅に半刻程で事足りる。
耐火に優れた石製の構造物。
或いは、焔に匹敵する魔術。
それ等がなければ。
まず、スタートライン…同じ土俵にすら立てずに終わる。
しかし、今は。
竜にとっての誤算は、相対する者もまた厄災であったこと。
「―――ウラァァァァァアッ!!」
それは、大剣の一振り。
防御にも秀でながらも。
重量ゆえに使い手を制限する武器を、彼は団扇のようにしならせ。
連続で大きく扇ぐ。
ただ、全力で扇ぐ。
発生した暴風に木々の枝は千切れ飛び。
焔は、無数のベールとなって霧散する。
竜巻すら発生させ、岩さえも巻き上げんとするのは――只扇ぐという動作によるモノ。
「……………ッ!」
単なる獲物ではない。
そう理解をしたのか。
竜はこちらを警戒するように大空へ。
本能の行動でしょうが。
巣へ近づかせず、敵を焼き殺すには十分すぎる最適解と言えるでしょう。
「おぉ、大分遠くに飛んだな」
「「うっそ……」」
「何よ、今の……」
「卵があるからですね。逃げるつもりはないようなので、それは問題ないのですが」
「いや、そうじゃなくて…えぇ……? 俺、真似できるようになるかなぁ」
一番危惧するべきは。
あの竜が全く別の場所へと逃げる事。
他所に被害が出る。
……そうなる前に。
私達で落とさなければならないですね。
「皆さんは一端下がっていてください」
勇者四人は、未だ若い冒険者。
途轍もない才覚と濃密な時間。
それがあっても、まだ流石に。
経験がなければ。焔に始まり、初見殺しと言える竜の相手は厳しいでしょう。
先程攻撃に反応できなかったのは。
当たり前で、無理もない事ですね。
冷や汗を流しつつ。
彼等は、後ろへと。
今度は決して竜から視線を逸らさず、二度目に備えて下がる。
「――では、始めましょう」
「あぁ、そうだな。早く帰って休みてェし。――んで? どうやって墜とすか」
……………。
……………。
何故、そのようなことを。
「貴方が何時もやっている方法ではダメなのですか?」
彼の二つ名は【竜喰い】
数多くの竜を屠り去ってきた、竜狩りの王です。
そんな彼ならすぐ実行すると思っていましたが。
普段は、一体。
どの様な方法を用いているのでしょう。
「いや、適当な岩を剣でかっ飛ばして翼を折るんだが…良いのか?」
「「……………へ?」」
「良い訳ないでしょう。他には?」
「後は、低空飛行したとこで飛び乗るか――数日追い回して羽根を休める頃に急襲…だな」
―――成程、そういう事。
やはり、コレは馬鹿です。
何故今まで生き残れたのか。
自然を舐めているとしか思えない大馬鹿。
論外としか思えない方法を。
淡々と口にするゲオルグにほとほと困り、当初の予定を変更すると共に、溜息をつく。
「……はぁ。――では、私がやります」
「おう、頼むぜ」
「……………」
「どうしたよリディアちゃん。はよやれ」
……いや、これは?
私の方が謀られた?
「お前、俺の事馬鹿だとしか思ってねえだろ?」
「……さて、準備しましょうか。竜狩りは久しいですからね。貴方に目を、お願いしましょうか」
「――しゃあねェな。合図待ってろ」
疑るような視線ながら。
大きく開かれる彼の眼。
それに合わせ、私が発動する魔術は“鏡眼”というモノ。
これは、無属性魔術。
魔力さえ存在すれば。
適正がなくとも、およそ努力次第で誰でも習得できる中位魔術。
お互いに承認を行うことで。
一方の視界を共有できる術。
これでゲオルグの視界を共有し。
一失を番えた弓を強く引き絞る。
彼の身体能力は、最上位冒険者の中でも屈指。
単純な筋力だけでなく。
視力、聴力共に異常発達していて。
……………。
……………。
竜人の見えている風景というのは。
とても、不思議ですね。
何処までもはっきりと。
細部まで精緻に見えて。
非常に広大で……そして、色が全くない。
風景であって、景色でなし。
彼には、色が見えていない。
色素は、白黒の強弱で表せられ。
赤、青、黄色などは存在しない。
ある意味では、だからこそこういった際に識別がしやすいのでしょう。
同時に、何と残酷な。
無慈悲な事でしょう。
自然の色を知らぬ。
炎の赤も、空の青も、黄昏の色も……彼は、知り得ない。
観測者としては、自分自身では“鏡眼”等を決して行使しようとはしない。
―――知れば、戻れないから。
「……ああ、もうちょい右。……やっぱ左。…おぉ、今のなし」
しかし、頭が残念なので。
彼は気にもしていないと。
本能型はコレだから。
とはいえ。
経験も、知識も…その実力は確かで。
「――その角度、だ。あのタイプだったらそこが力点だろうな」
「有り難うございます」
ゲオルグが示したのは翼の根元。
竜のような大型の有翼種は、魔力を用いることで飛行の補助を行っている。故に、力の流れを妨害することで、墜とすことが出来る。
見極めは困難ですが。
今回は、例外ですね。
竜狩りの専門家であるゲオルグだからこそ、容易に分かる。
そして、ここからは。
私の仕事になります。
先輩として、少しだけ良い所を勇者たちに見せたいという欲求。
あれを、放ちましょう。
「父なる剣、母なる大地。天上より見守る神、地の底で囁く龍。その狭間にて生きる我らに、今一度の微笑を――」
「……おい、長ェぞ。逃げちまう」
―――うるさいです。
これでも、略唱です。
私達の始祖は。
戦いの神から力を与えられ。
その才を絶やすことなく未来へと受け継いできた。
「父より与えられし権能、今ここに照覧あれ」
そして、この一撃は。
氏族の奥義とされる。
本来であれば。
三王家の中でもエルシード一族……本家にのみ使うことを許された権能の一端。
いずれ私たちを越えていく者のため。
超えるべき先達の武を示しましょう。
「放てよ――神話の流星」
「十二の武権能・地平線より臨む射手」
武戦神が持つとされた武の十二権能が一端。
それは、貫きの一矢――金色の射手。
矢が放たれた瞬間。
その延長線に存在していた物、全てに射抜かれたという結果を与える最上位魔術……【魔法】の領域に手を掛ける御業。
有効射程。
矢が砕け散るまでの全て。
全て貫くその性質ゆえ。
決して地平へは放てず。
古の時代より、常に大空へと放たれてきた星見の光。
「―――ッ――ッ――ァァァァアッ!!?」
その光の一撃は。
数百メルと先にいる巨体に吸い込まれ。
確かに翼の力点を貫く。
彼の眼も確かですね。
あれは、飛行を維持できない。
「「……………!」」
「――当たった!?」
彼ら種族は、飛竜が一。
大陸における空の王者。
おおよそ、今までそのような経験はなかったでしょう。
明らかだろう戸惑い。
悲鳴にも近い雄叫び。
ソレ等を上げながら滑空し。
地上へと降りて……墜ちてくる厄災の魔物。
その様子を見上げながら。
私――そしてゲオルグは。
目を見開いて驚愕し、興奮する彼等に向き直り。
「――んじゃ」
「あとは任せます、皆さん」
「「……………へっ?」」
可愛らしい惑いを見る。
困惑も当然というもの。
ですが、遂に。
王は玉座を追われ……大空を駆る竜は、力を失い地に墜ちた。
……………。
………ええ。
―――――丁度、彼等四人の目の前に。
お時間御座いましたら、本日はもうひと品如何でしょうか。
≫短編(擬き)作ってみました。
チェンジ・リング ~繋がってないから何なんだ~
https://ncode.syosetu.com/N7061HK/
舞台は現代日本。
エルフさんと目が死んだパパの話(20000字程度)です。




