第二十六話:本当の試練
「喰らう…って、比喩ですよね?」
冒険者最高位【竜喰い】の放った台詞。
認識外の言葉に意識を奪われた僕たちは思わず固まったけど、春香の確認で我へと戻る。
確かに、気になるけど。
それは当然そうだろう。
いくら彼でも―――?
何で、先生とリディアさんは。
首を横に振っているんだろう。
普通に考えて、そっちは否定の意味なんだけど。
「残念、コイツに至っては言葉のままさ。ゲオルグの二つ名の由来は、仕留めた魔物…特に、竜種でバーベキューをすることに起因しているからね」
「踊り食いの場合もありますね。野蛮人です」
「「……嘘ぉ」」
「そんなことをしたら、体内の魔力バランスが」
「大丈夫、馬鹿だから――っと」
頭を踏み潰そうとする冒険者。
対して、回転で避ける冒険者。
絵面が最悪だけど、それは置いといて…この世界の基本がある。
魔物を正確に処理しないで喰らえば、身体を壊す。
只お腹を壊すだけなら。
まだマシというモノで。
命へ直結するような重体に陥ることだってざらにある。
流石のバカ――いや。
ゲオルグさんでも、気付くでしょ普通。
「彼は、普通の人間ではないですからね。御存じですか?」
「……あぁ」
「そういえば、確かに」
首を捻る僕たちへ。
リディアさんが耳打ちしてくれて。
その一言で、得心した。
彼は、希少種族【竜人】だ。
僕たちが聞いたのは本当に触りに当たる部分だけだったけど、それは確かに納得できるというもの。
なんだけど……。
「――死ねやナクラァ! 脳味噌ぶちまけて死ねェ!」
「ははははッ。当たらなーい」
「「………………」」
外野…否、当事者たちが凄くうるさい。
此処、御前だって事忘れてないかな。
セレーネ様は愉快そうに見ているからまだいいけど、周りを固める戦士団員さん達が般若で。
やっぱり止める?
うん、止めよう。
「すみません、そろそろ話進めてくれません?」
「ああ、すまな――いっと」
「まってろ、リク。すぐにコイツの頭を潰して……へェ。随分ふてぶてしくなったじゃねえか」
だって、話が進まないじゃないですか。
高レベルの攻防とはいえ。
所詮は、軽い喧嘩なので。
肝を冷やしながらも。
ゲオルグさんだけを止めるつもりで前に出る。
先生を無視し、彼だけ止めたのは続きを聞くため。
向こうは放っておいても勝手に合いの手を入れてくれるだろうし、放置が安定だ。
「……あの。発生した竜はどのような?」
「あぁ、説明しよう。通常の竜種は幼生でも単体でB級に値する怪物であり、本来はこちら側にはいない筈なんだが」
「やって来たものは仕方ねえ」
急に連携始めるよね。
重要な話の筈なのに。
まるで内容が入ってこない。
「既に死者、行方不明者は多く。被害を広げぬためには討伐の他ありません」
「今回は、対話も無理だ。竜だしな」
「――リディア。概要を」
「はい。トロル種の周辺調査では、【飛燕竜】が巣を形成しているのを確認。対象は一匹。飛竜種に分類され、滑空も可能ですが、地上戦こそ本領を発揮する中型の竜種です」
「中型と言っても10メートルはあるけどね」
「……では、討伐難度は?」
「まぁ、間違いなくA級認定されるだろうな。流石に上位とまでは行かねえが、それでも有象無象が百や二百で倒せるような魔物じゃねェ」
――成程、段々と理解して来た。
やっぱり聞かなきゃよかったと。
確かに、これまの旅でも。
強敵と戦ったことはある。
しかし、それは白兵戦が可能なサイズの敵だったりすることが多く、二倍、三倍程度で。
それにも拘らず。
いきなり10メートルって。
しかも、単体でA級なんて。
うん、冗談じゃないよね。
魔物と冒険者のランクはイコールではなく。
同ランクの魔物を狩るにも、複数人の冒険者が必要で。
ランクが上がるほどにその傾向は顕著になっていくわけだから…少なくともA級が数人。
それで、僕たちは?
未だ、上位にすら到ってない。
「あたいら、C級なんで関係ない話ですな」
「……んじゃ、その竜はゲオルグさんのおやつってことで」
「そうだよね。僕たちはやることもやったし、今日は休もうか」
春香も康太も同じ気持ちらしく。
三人で並んで回れ右する―――
けど、立ち塞がれる。
「現実を見てください」
「「……………」」
立ち塞がるは、黒髪の少女。
鋭い視線は刃物の如く。
どうやら、こっちまでボケるのは禁止らしい。
「……まあ、そうだよな。常識的に」
「今までの試験は、あたしたちを試してた。…竜を倒すに足る実力があるか」
ランディアさんの言葉。
「解決策が向こうからやって来た」
それは、僕たちの事で。
彼が、最も多くを知りえる立場であるという事。
「竜は、森の深部にいるんですか?」
「その通りです。東側の監視はトロル氏族に任されていたもの。ラン坊からの報告があり、どうしたものかと思案していた頃、あなた方の報告があった。故に、一計を講じたわけですね」
「……ラン坊?」
「年齢差、あるんだろうなぁ」
ランディアさんが何歳かは知らないけど。
少なくとも「坊」って年じゃない筈だね。
自然に話すセレーネ様は。
そのままに言葉を続ける。
「そして、皆さんは完璧な形で試験を突破した。その力量であれば、間違いなく成し遂げることができると私たちは確信しています」
「……でも、竜の討伐なんて」
春香が呟くけど。
僕だって同じだ。
皆が同じ気持ちで。
まともな精神の持ち主なら、気後れするし、恐怖する。
―――が、その時。
「大丈夫だ。今回は最強の助っ人がいる」
先生の声に振り返れば。
彼の視線の先にはゲオルグさんとリディアさんが居て。
……あぁ、知っている。
僕たちは、二人の強さを知っている。
「何なら、俺達が翼をやってやる」
「勝負は、それからですね。飛行する敵との戦闘を学ぶ、またとない機会です」
本当に、この人たちは凄くて。
事も無げに、不敵に言い放つ。
……本当に、凄いなぁ。
……………。
……………。
「――うん。やろうか」
「「……………!」」
「仕組まれた事だったけど、一般のトロルさん達には悪いことしちゃったし。彼らが困ってるのなら、助けてあげたいんだ」
ギルドを通せば。
カレンさんには。
間違いなく、突っぱねられるような難度の依頼で。
身の丈には合わないだろう。
常識を知らぬと思うだろう。
でも、同じなんだ。
彼等S級冒険者だって、最初から強かったわけじゃない。
中には、身の丈に合わないような死線だってあっただろう。イレギュラーだってあっただろう。
それらを潜り抜けたからこそ。
二人は、あれ程強かったんだ。
確かに、圧倒的格上への恐怖はあるけど。
でも、問題ない。
僕の仲間たちなら、きっと―――
「――クソッ、出遅れちまった!」
「あたしが言いたかった!」
「……ちょっと、言葉を選び過ぎましたね」
いや、僕が思ったよりも。
かなりいつも通りだった。
僕が言わなかったとしても。
絶対、三人の誰かが言ってたんだろうね。
「では、決まりですね」
「「ハイ!」」
「じきに、ラン坊から報告が来るでしょう。それまで暫しお休みなさいな」
―――ラン坊、やっぱり気になる。
◇
「「休めって……言われたんですけど」」
何で武装してるの?
何で汗かいてるの?
それより、何より。
「コレも休息みたいなもんよ」
最上位冒険者が。
相対しているの。
絶対おかしくない? おかしいよね。
先生の縄抜け(関節)を見たくはないと。
いそいそ玉座の間を後にした僕たちはしかし、すぐ彼に捕まって…戦士団の修練所へと連れてこられてしまった。
そして、当然に戦わされ。
見事に返り討ちとなった。
「――いや。もう、無理なんですけど」
「流石に限界です」
「……んま、今はこんなもんか」
「「……………」」
「そんくらいの力があれば、十分東側でも通用はする。――が、まだ身体の使い方がなってないな」
それは先生も言っていたことで。
身体能力がある程度限界に成長すれば。
勝負を分けるのは、身体の使い方だ。
どれだけ体が強靭になったとて、十全に行使できなければ意味がないから。
この身体の使い方を。
しっかり覚えないと。
「そこら辺は追々覚えるんで」
「もう、休ませてくれます?」
「明日も早いんです」
「ご飯もまだだし、お風呂とかも入りたいんですよね」
言いながらも、既に準備。
帰る気満々な僕たち四人。
「――お前等、クロウンスで【黒戦鬼】と会ったんだってな」
しかし、背を向けた時。
後ろから声が掛かって。
「……あ、えぇ。会っただけっすけど」
「知っているんですか?」
「もう大分有名な話だからな。――んで?」
どうだったのか…と。
言外に問いかける彼。
「絶望したっていうか、頭が真っ白でした」
「マジで怖かったです」
「恐怖でした」
「絶対に勝てない…そう思わされました」
答えは概ね一緒で、全員が本当にヤバいと思った。
初めて聞いた先生の怒号。
振り返らず全力で逃げて。
本当の絶望を知った。
ある意味では一皮むけて驕りが消え、格上へ邂逅した時の耐性が付いた。
「――俺と正面向き合っても大丈夫だかんなァ」
「「……………」」
「結構成長したわ」
「ラスボスの思考か?」
「言ってる事ヤバい自覚あるのかな」
「――ゲオルグさんも、そういう経験が有ったりするんですか?」
決して届かないと思わされるような。
強大過ぎる敵と邂逅し、振り返りもせずに逃げた経験。
もしかしたら、彼もあるのかと。
僕は気になって尋ねてみるけど。
「……絶望なら、昔一度だけ会ったことがある」
「六魔将です?」
「いや、そっちじゃねぇ…というか、分からねぇ。名乗られたわけじゃねえからな」
彼は静かに口角を上げる。
自分を嘲笑うかのように。
「―――ソイツは、龍だった」
「「りゅう」」
「得意分野ですよね?」
「の、筈だったんだがな。もう逃げる事で頭が一杯になって、俺ぁ逃げた。今迄の経験全てでヤバいって感じ取った。或いは、竜人の本能だったかもな」
「……マジっすか」
「おう。出会って、奴が話しかけてきた瞬間には情けなく逃げてた。当時はまだB級だったけどなぁ」
「喋る……じゃあ、龍」
ゲオルグさんが言ってたのは、そっちか。
先生に何度も学んだけど。
龍と竜は同じじゃない。
種として全く別なんだ。
上位種と下位種であっても。
本能でしか行動しない竜と生まれながらに意思を持つ龍は明確に区別されるし、強大さも桁違いで。
「ヤバいとは聞いてたけど、本当に」
「でも、逃げられたんすか」
「基本的に穏やかな種と聞いていますけど」
「多分、な。こっちが何もしなかったのが大きいだろう。冒険者ってのは、役得な仕事だが、命あっての物種だ」
でも、やはり彼も。
超一流の冒険者で。
幾度の経験を経て。
積み上げられた言葉には、凄い重みがあって―――
「慣れてくりゃタダ同然で旨い飯が食えるし、権力の味も楽しめる。顔だけは良い女も抱けるしな」
「……あの、ちょっと」
「センシティブな話は止めてくれません? 女性陣いるんで」
折角の話が台無しだよ。
軽蔑の視線を感じるし。
「龍って、どんなでした?」
「蛇みたいでした?」
「全然、普通だ。数百年クラスの竜と同じ感じだったが、鱗も通常色の灰色。瞳は黒で……ウチの爺さんみたいな喋り方だったぜ」
「……爺さん」
「隠遁する種だから、なのでしょうか」
「ま、いずれ会う事もあるかもな。……お前等は、俺とは違う景色を持ってる」
「「…………?」」
温和な龍だと良いけど。
景色って、どういう事?
生まれた世界とか。
育った環境による考え方の違いとかの事だろうか。
首を捻る僕達だったけど、やがて納得したように春香が口を開く。
「狂人ですもんね!」
「そういう事――じゃねえ!! ホラ、行くぞ!」
「「何処へ?」」
「メシ以外あるか?」
「……奢ってくれるんですか」
「時間はあるからな。旅の話でも、色々と聞かせてくれや」
そう言って歩き始めるゲオグルさん。
腹ペコな僕たちも。
当然それに続いて。
自分のお金じゃないから。
凄く食べる気だよね、皆。
でも、やっぱりこの人……親しくなると面倒見が良いんだよね。




