第二十四話:騙され勇者
目の前には、数十に及ぶトロル。
彼等は皆重度の武装をしていて。
………魔力と動きを見るに。
僕たちがこれまでに戦ってきたトロル種と違い、明らかに戦闘に慣れている。
緩やかな、しかし完全な包囲。
当然に、退路も塞がれている。
「……てっきり、話を聞いてくれたのかと」
「あぁ、聞いたとも。――が、聞き届けたわけではない」
わぉ、スッゴイ屁理屈。
流石は上に立つ存在だ。
でも、ある意味普通の反応なんだろう。
現代でも、案外新聞に載る話で。
いきなりやって来た外国人が、自分たちの価値観を展開して歩み寄ってくる。それに恐怖を覚えるなというのが無理な話だ。
僕と美緒と康太の三人で。
外枠を、護りを固めて。
じりじりと迫る包囲に意識を集中する。
「話はここまでだ。我らに生かして捕らえるという考えはない。…その武器らは、中々に素晴らしきものだと分かるが、持ち主に価値が見出せぬのでな」
「やはり、トロルさんなのですね」
「宝箱のガワにだって、価値はあるんすよ?」
トロルの種族的特徴が一つは。
価値ある物質が大好きだ、と。
鎧であれ、武器であれ。
貴金属や、宝石とかも。
野生に暮らす彼等はやって来た哀れな犠牲者の体からそれらを剥ぎ取り、着飾る。
その話を思い出し。
僕たちは、完全に口を閉ざした。
「降伏は認めぬが、言い残す事でもあるか」
「「……………」」
「――諦めた…か。それも仕方なき事、か。ならば――」
……………。
……………。
諦めるって――誰が?
その言葉は全然違う。
全くもって的外れだ。
それをワザワザ言ってあげる事もないんだろうけど。
敢えて、指摘してあげることにした。
「――まだ、ですよ」
「………ム?」
「勇者も、冒険者も。ただ立ち尽くして諦める位なら、全力で逃げるべき。師匠にそう教えられました」
「逃げる……では、何故貴様らは」
「そんなの、決まってますよ」
「桐島君、悪役っぽく頼みます」
「……え? えーと……ふひひっ。すいやせんね、諦め悪くて」
「―――――ッ!! 総員! 奴らを――」
いや、もう遅い。
僕たちの中で、一番のびっくり箱。
何故彼女を内側に隠していたのか。
勿論、後衛というのもある。
でも、最たる狙いは、彼女の持つ切り札。
血の滲む様な鍛錬で昇華され、更に強力となった技の準備は……もう出来ている。
「「――春香(春香ちゃん)!」」
「準備OKだよ――“雲蒸龍変”!!」
トロル種の他の特徴としては。
彼等は、属性魔術を扱えない。
使えないという事は、対処が難しいという事で。
逆に、こちらにいるのは。
そのスペシャリストさん。
魔力を練るのに時間はかかるものの、無詠唱の上位魔術を行使できる程に成長している少女だ。
「――面妖な。この怪物は!?」
「「ナァッ!?」」
発生するは水の奔流。
水龍の咢は、周囲の敵を喰らい尽くす。
「「―――――ッ!!」」
冷や水を浴びせる…の最上級。
自分だったら絶対にイヤだね。
二十メートルを超える水流。
伝説上の生物の形をとり。
呑み込めば呑み込むほど、魔力を取り込むほどに肥大化し、強力になっていく魔術。
彼等は声にならない悲鳴を上げ。
厄災に呑み込まれていくものの。
この攻撃は殺傷力という面では運用できず、彼らのタフネスの前では決定打となりえない。
だけど、僕たちの狙いは。
血みどろの殲滅ではなく。
ただ、この場を切り抜けられればそれでいいから。
「む…ぬぅ…! 不覚を――」
「取りました?」
「………ッ! 小僧、キサマ」
慢心、油断…何とか投げ出されたランディアさんは。
魔力欠乏の苦しさに感覚を奪われ。
防具も、水で機動が悪化している。
そんな彼の背後に回り込み。
視界を取り戻したであろう頃に、再び。
「何度でも言いますけど、話がしたいんです」
「……小僧。何故、逃げなかった。今の隙さえあれば、それも可能だっただろうに」
確かに、その手も良いかもね。
でも、もっと良い手があった。
「退路なら、出来てますよ」
「………ぬ?」
退路の確保と、二度目の対話。
その両方を一度に手に入れる。
それが出来るのは、仲間がいるから。
僕が前に出て敵の動きを封じ、後方の皆が道を拓く。“雲蒸竜変”は最後に後方のトロルを蹴散らしていて、その道は康太たちが確保済み。
トロルたちは、先の攻撃を警戒しているのは勿論。
長に剣を突き付けられている以上、気軽に動くことが出来ない。
彼にその気が無いのであれば。
もう後は、帰ることを選ぼう。
僕だけ逃げ遅れそうな距離だけど。
その時は、皆が助けてくれると思うから。
「――何故、なにゆえだ」
「え?」
剣を突き付けられながら。
彼は首だけ動かし、呟く。
激情を感じさせた先の眼ではなく。
こちらの眼を見据え。
淡々と、しかしはっきり言葉を紡ぐ。
「なにゆえ、そこまでの覚悟を張れる。貴様らはエルシードとも、我らとも無関係の人間種。増してや、命の危機に瀕してさえ、自らの命を他人に預けるなど……理解できぬぞ」
確かに、そうかもしれない。
でも、僕には…僕たちにとっては過去の問答。
此処から見える仲間たちの姿。
彼等にも言葉が聞こえたのか。
「何故そんなことを?」
なんて思っていそうな怪訝な顔で、三人は首をかしげていて。
僕の表情も同じだっただろう。
その疑問は、今更過ぎる物で。
「理由なんてありません。ただ、仲間を信じているだけなんです」
「……………」
「一緒なら、絶対に死なないでしょ?」
「…………は?」
完全に呆けた様子のランディアさん。
確かに、言ってて意味不明だけどさ。
誰も悲しまず。
誰も失わせず。
四人全員が納得する答えを拓く。
それは、一般的には難しい――困難な事だけど。
僕たちは、何の根拠もなく信じているんだ。
僕の言葉を聞いた彼は。
随分長く唖然とした顔を見せていたが、やがてその顔を伏せ、ずぶ濡れの身体を震わせる。
顔は見えないけど。
その感情は………?
「「――く……くく」」
「「ク……クククッ」」
「「――フハ…フハハハハハ! あっぱれ! よもや、これ程とはな!」」
片方ずつの言葉ではなく。
両方が、同時に歓喜して。
彼はさも可笑しげに笑っていた。
それは決して嘲笑などに属する物ではなく。
紛れもない賞賛が含まれていて。
「――いや、素晴らしい。流石は異界の勇者なり」
「……………」
「「……………」」
―――やっと、だよ。
やっと、引き出せた。
実はもう諦めかけてたけど。
背中越しに見える向こうで。
皆のヒソヒソ声が聞こえる。
「だよね。知ってるよね?」
「本当に、ようやくですか」
「サイン来た時、マジで意味わかんなかったよなぁ。途中から目的変わってたし」
「ぬ? そなたら……」
今度は、彼が怪訝な顔をする番で。
「そなた等。よもや、我の虚言に」
「はい。実は――」
気づいてた。
なんとなくではなく、確信。
だからこそ、話し合いの光明を見出したんだ。
クロウンスの戦い以降。
美緒の提案で、僕たちは互いの意思を伝えるハンドサインを作っていたけど。
真偽を読み取る勇者と、観察眼に長けた勇者が見張っているのだから、死角などなく。
四人にしか伝わらない信号で。
ずっと会話を続けていたんだ。
確認の為、丁度視線を逸らした時に包囲されてしまったのは反省点だけど。
勇者について「知らぬ」と発した時点で。
僕たちは、彼が勇者の意味を知っていることを悟っていた。
「………異能、か。実に面妖な力よ」
説明を受けた彼は納得したように頷く。
でも、仮に知らなかったとしても。
それでどうしたという訳じゃない。
さっきも美緒が言っていたけど。
僕たちは勇者を知っているか、知っていないか…そして、魔物だから、亜人だからという事だけで敵と味方を区別するわけじゃない。
自分たち自身が見た物を。
ありのままに信じるんだ。
「幸いなことに、嘘を見破れる人間も、悪意に気付ける人間もいます」
「嘘はすぐ見破れるんで……です?」
「騙したいのなら一昨日きやがれ……です」
美緒を先頭にやって来る皆。
戻ってくるのは良いけどさ。
今更敬語は遅くない?
康太とか、戦闘中ずっと挑発してたじゃん。
◇
「そこへ腰を掛けるがいい」
「――あ、どうも」
「やっぱり普通だねぇ」
薦められるままに腰かけ。
僕はゆっくりと息を吐く。
そこは目指していた長屋。
すぐ戦闘が始まったから拝めなかったけど、内装は木製で、凄く質が良い。
「木製のインテリア……温かいです」
「うん。落ち着いた内装ですね?」
「ほう。この良さがわかるか」
「ミナサマ、オチャをどうぞ」
「あ、どうもです」
「モチロン、ドクなど――」
「ウッマ。これ甘くておいしいね」
「うむ。砂糖は我が領の名産なのでな。――くくくッ。看破能力を持っている者が相手なら、毒見はいらんか」
……いや、多分その二人。
気にしてすらいないです。
毒の心配などせず。
緑茶のようなモノが置かれた途端に「待ってました」と戦闘の渇きを癒す僕たち。
……緑茶に沢山の砂糖。
案外美味しいものだね。
「……では、オサ。イカガしましょうか?」
お茶を淹れてくれたトロルさん。
彼もまた、言葉が堪能のようで。
傍らにいる所を見るに。
恐らく、頭が良い感じの――相談役に当たるような人物だ。
「警戒態勢は解除だ。この者たちは、我が客人。一般の者たちにもその旨を伝えよ。解決策が向こうからやって来た……とな」
「おぉ! みなヨロコぶでしょうな」
ランディアさんと話をしてから。
いそいそ長屋を出て行くトロル。
それを見届けて。
居住まいを正した彼は、ガチャガチャと鎧を探り始める。
「弟は、随分愉快なありさまであったな」
「……その節は」
「申し開きなく」
「良い。手加減のしようもなかったという事であろう」
彼の弟…ティアスさんというらしいけど。
不意打ちの時に強かに打っちゃったから。
暫くは安静が必要とか。
でも、実際強そうだったから、アレしかなかったんだよね。
「それで、コレなのだが……む。先の面妖な術で」
「「……………」」
「――まあ、良いか」
「………ふぅ」
「何か、申し訳ない事ばかりだね」
その件はまたお詫びするとして。
彼が懐から取り出したのは……?
紙が、びしょ濡れなんだけど。
大切な物だったら弁償の可能性もあるよね。
「其方等は、我が虚言を見事看破した」
「「はい!!」」
「……二人とも」
「少し遠慮しません?」
「それは、実に見事であったとも。――では。こちらは見破れたか? 勇者たちよ」
広げられたそれは……書状?
僕たちでも読めることから。
この世界の一般的な言語で。
文末には、最近馬車や宮殿で目にしたのと同様の紋様…それを象った朱の印が押されていて。
………あれ?
「――これって、エルシードの?」
「然り、国印よ。あの女の提案を受けた時は、まさかとも思うたが…ここまでとは思わぬかった」
……………。
……………。
いや、待って。
国印? 提案?
―――ようやく話が繋がってきた。
じゃあ、今迄の違和感の正体は。
僕たちが引き受けたこの依頼は。
トロル種の凶暴化なんて。
そもそも発生しておらず。
目の前にいるトロルの長は、突如発生した上位種なんかではなくて、長らく彼らを纏め続けていた存在。
「じゃあ、もしかして俺たち」
「一杯食わされたわけだね。全部仕組まれていたんだ」
彼等とエルシードとは、正常な国交があり。
両者合意の上で成り立っていた騒動なんだ。
……あまりに酷い話だと思う。
本当に、危ない綱渡りじゃん。
もしも何か一つ間違えていれば、それだけで戦争にすらなっていた筈なのに。
恐らく、悪意からじゃない。
僕たちの力量を測るためだ。
何故そんなことを。
僕たちを騙してまでこんな事をしたのかはさておいて。
「――何処まで、御存じなんですか?」
「一般の者は知らぬ。我と、そなたらが会った弟……そして、先の奴など一部の者たちのみ。であるからこそ、そなたらが真に清らかなるものであると分かったのだ」
「あの女狐とは違ってな」
なんて彼は一言付け足す。
どうやら、そっちは本音みたいだ。
一般のトロルさんは知らないから。
当然、加減はしてくれなかったと。
「……というか、なんかあったのかな?」
「仲良いの? 悪いの?」
「冗談のようなモノかと。正式な国交があるので、険悪ではないのでしょう」
「で、結果はどうでした?」
「無論、合格よ。道を切り拓くその勇気、受け取った。時機にこちらから特使を送ることとしよう。……休んでいくか? 手荒な歓迎を約束するが」
彼の大きな言葉が響くなり。
にわかに屋敷の……扉の外が騒がしくなって。
ぞろぞろ入ってくるトロル。
その顔は極めて温和だけど。
スポンジのような物。
凄く大きな酒用の瓶。
美味しそうだけど、巨大に積まれた肉と野菜。
後は、何故か訓練用の木剣なんていうのもある。
何か色々と持ってるし。
凄く、嫌な予感がする。
もみくちゃにされそうだし、お酒飲まされそうだし、決闘申し込まれそうだし、宴会で眠れない事が予想される。
「……あ。僕たち、ちょっと遠慮しておきます」
「日帰りですので」
「門限があるんで」
「急用があるんで」
「――そうか。であるのなら、仕方があるまい」
またしても彼の言葉を皮切りに。
ぞろぞろと解散するトロル。
何しに来たんだろ、本当に。
「――では、ゆっくりと帰るがいい。案内は既に待機している」
あまりに用意周到過ぎるし。
断るって、確信されてたね。
彼が開けてくれたドアを抜け。
外へ出ると、既に戦闘による損害の撤去と舗装が始まっていて。
「……………帰りますか」
「「………うっす」」
凄く、平和なんだけど。
「絶対先生も一枚噛んでるよね?」
「知らない訳ねぇよなぁ。縛り上げて問い詰めようぜ」
本当に、あの人はさぁ。
だから信用ないんだよ。
ああ、もしかしたら、ゲオルグさんだって噛んでいたかも。
問い詰めなければいけないだろう。
―――リディアさんはそんなことしないよね?




